神様、もう少しだけ…なんてババアの好きだった昔のドラマのタイトルみたいなことを呟きながら、ジリジリとうるさい目覚ましを止める
明けない夜なんてない
あっという間に火曜日になった
◆ようこそ木須岳通り商店街へ◆
「練習終わったらラーメン食い行くけど倉持どーする?」
「あーおれ親戚んとこ行かねーとだからムリだわ」
いきなり付き合いが悪くなるといろいろと詮索されかねないので、体調の悪い親戚のばーさんの様子を、遠方に住む娘夫婦の代わりに見に行っている、という作り話で誤魔化している
これなら深く突っ込まれることはないだろう
大学から戻りシャワーを浴びて、自分なりに小奇麗だと思う格好をして電車に乗る
客の前に出るのに毎回私服っつーのが面倒だが、相手は今んとこ一人しかいねぇし、まんま同じ格好にならなきゃいいか…と悩んだところで俺の服装なんか気にしちゃいねぇだろうなと思い至る
降りる人もまばらな駅からとぼとぼと歩いて、ここ最近夢でも見るようになった錆びれた商店街が見えてきたあたりで
「あ?ヘタクソなにーちゃん!」
「仲間に入れてやるからキャッチボールしようぜ!」
そう見知った顔のガキたちに声を掛けられた
いつ友達認定されたんだろうか
「俺は忙しーんだよ、あの兄ちゃんは来てねぇの?」
それとなく聞いてみる
「さっきまでいたよ?でも今日は急ぐからってキャッチボールしてくれなかった?」
まじか!!と、声に出そうになったのを抑え、じゃあなと手を振って別れた
ということは今日出勤してて、
いつもより早い時間に予約が入ったっつーことだな
もしかしたら急げば待機部屋にいるかもしんねぇ
ずしんと重かった足取りが期待で軽くなる
あの人がそーゆーことすんのか…おっさん相手に…
なんでこのバイトしてるんだろ…
俺みたいにスカウトされて面白そうだってはじめたのか
または金が必要で…いや、もしかしてオトコが好きとか…
煩悩まみれで歩いているとすぐ事務所についてしまった
「おっ、チイタくんおはよ、はやいね」
ドライバーのサトザキさんがパソコンをいじるのをやめて寄ってくる
マネージャーは不在のようだ
「…おはよーございます」
なぜだか昼でも夜でもここでの挨拶はおはようで、最初は疑問だったがそんなもんなのかと思えば違和感も消えた
「まだはやいから待機部屋にいる?もうプレイルームに行っててもいいけどあそこ暇でしょ?テレビもないし」
「待機部屋って誰かいます?」
「ひとりいるよ、チイタくんと同い年くらいじゃないかな?顔合わせるのNGじゃなきゃ自由に使って」
「じゃあ待機部屋にいます」
きたぞ、これはきた
同い年くらいのキャストで今出勤してるとなるとリーチかかってるぜこれ
ドキドキしながら待機部屋の扉を開く
中は普通のアパートのような造りになっていたはずだ
入ってすぐにトイレ、奥に進むとテレビと大きいガラス製の脚の低いテーブルがあり、その周りを囲むようにコの字にソファーが置いてある
その部屋と連なってもう一部屋、隣の部屋の壁をぶち抜いて繋げたという押入れがタオル置き場になっているコタツの置いてある部屋がある
プレイで使ったタオルやら汚れたものなんかをコインランドリーで洗濯してからここへ持ってくると、待機してる暇なキャストたちが畳んでくれるんだとサトザキさんが言っていた
それなりにキャストも人数がいるので待機部屋はなかなか広いし、泊まっていくキャストもいるらしくキッチンも風呂も備え付けてありご丁寧にゲームやら何やらも揃っていて、俺の部屋より快適だと案内された時に思ったくらいだ
中に入るとテレビの音が聞こえてドキリとする
いる、確実にいるぞ
「お、おはよーございます」
そろりと部屋に踏み込むが姿は見えない
あれ?トイレか?コタツんとこ?
キョロキョロしてると
「新人?」
いきなり声がして振り向く
手前のソファーに寝転んでいたらしいそのキャストはひょっこりと頭を出してこっちを見ていた
「あっ!!」
思わず大声を上げてしまう
「なに、ウルサイよお前」
ビンゴ!!
「あの、俺あのっ」
心の準備はしていたはずなのに、何故か好きな女の子の前でどもる童貞みたいな反応をしてしまった
なに男相手にあがってんだよ自分!おちつけ、おちつけ
その人はどもる俺を変な目で見るでもなく、
はいはいゆっくりいいよ、と優しく待ってくれている
ああそんな優しくされると俺ぇ…!と更にもじもじしていると
「あれ?あの時のヘタクソじゃない?」
見覚えあるかも、と思い出してくれた
嬉しくて思わず
「はいっ!そのヘタクソです!」
そう叫んでしまい、鏡を見なくても真っ赤になってるのがわかった
「なにそれ、落ち着きなって」
そう言って座りなよとくすくす笑うその人ともじもじと黙って座るしか出来ない俺は、まるであの日のプロ野球選手と自分のようだった
◆
「俺ここではアニって呼ばれてるから」
よろしく、と微笑まれかなり照れた
大丈夫か俺、キモくないか
「ふーんチイタって言うんだ、あぁお前だったんだ噂の新人って」
挨拶もできてないのになんで知ってるんだとアニさんの方をチラリと見ると、なにか端末をいじっている
その画面を覗き込むとトンデモナイ姿の自分の写真がドーンと表示されていて思わず白目を剥きそうになった
「あ、あーーーー、ちょ、やっ!!!」
端末を取り上げようとしたらヒョイと避けられる
「すごいね、今月の予約全部埋まってるからこのページしかみれないじゃん」
「そ、そうなんですかっ…?ってやめて!みないで!!」
今月はあの男がおさえているからなのか、俺のプロフィールは閲覧が限られているらしい
「残念、他にどんな写真撮ったのかみたかったな」
その言葉で撮影した写真は全部使われているんだとわかって、あのくそマネージャーをぶん殴りたくなった
ちょっと待てよ、もしかしてそれにはアニさんも載って…
えっ、ほぼ裸のエッチな写真が、ここに…
「アニくんもうそろそろ時間です」
邪な考えをしていると入口からサトザキさんの呼ぶ声が聞こえ、我に返る
「じゃあ、またね」
野球のことを話したいと思っていたのに何一つ聞けないままチャンスをのがしてしまったと気付いたのは、アニさんが出て行ってからだった
俺は馬鹿か、なにしてんだよ…
いやまてまて進展はあった
またね、って言われたしここにいる限りチャンスはまだある
…いまからあの人は…オッサンと…
ってダメだすぐ煩悩が!ここはそういう場所だ、俺だってあと三十分後には男とちゅっちゅしなくちゃいけねぇ
自分の置かれた状況を思い出してテンションが下がってきた
ふぅ、とため息を吐いてから机の上に置いてある端末を手に取った
ここのメニューやキャストのプロフィールなんかはネットに公開されておらず、店にあるこの端末でしか見ることが出来ない
どうやってそれで客を集めてるんだか…そう思いつつ一人なのに実家でAVを見る時みたいな落ち着かない気分で画面を見る
名前順に表示しなおし、すぐに『アニ』という名前を見つけた
大前提として、
俺はホモじゃない
ちょっとあの人に興味があるだけだ
「はっ…」
そう、ホモじゃない
「…あっ」
あの人に
「クッ…」
興味があるだけ
「うっ」
まぁ正直に言って
勃起した
それくらいスゴイ写真だった
俺の恥ずかしさなんて目じゃねぇ
顔はモザイク処理で隠れているのに妖しく笑ってこっちを見ているのがわかるし、小さめのパンツをはかされているのか尻に食い込んでズレているのを指でなおしている
しかもその隙間がいい具合にあいていて、見えちゃうんじゃないかと期待させる
俺と同じくらいの体格だとおもったが、腰の細さと色の白さが目に悪い
更に一番最後のなんて、四つん這いの後ろからのアングルで溶けかけの白い棒アイスを太股に挟んでいて、そーゆーことを連想させるえげつねぇ写真だ
ここはそういう店だと錯覚するエロさだった
こんなの見せられてキスしかできねぇとか辛すぎる
客に同情さえするぜこれは
男に勃起してしまったことに冷汗をかきつつ、ほかのキャストのプロフィールを見てスゥっと興奮がおさまってきたのに安心した
いや、それもどうかと思う
どうかと思うけど深く考えるのはよそう
『どんな人の好みにも対応できる…』マネージャーのその言葉は確かに間違いじゃねぇな
本当ににただただ好みだとしか言えない
男にも男相手に『この人ならイケる』というのは行動に起こすかどうかは別として、珍しくない
容姿だったり憧れだったり色々あるが、俺はどちらもドンピシャだった
またアニさんのプロフィールを開き、いけないと思いつつスマホを取り出してパシャっと画面を写真に収めた
ほんの出来心だった
「おやおや、いけませんねぇ」
「ヒッ」
いつの間にか背後に立ったマネージャーが俺の肩に手を置き
「今すぐ消して働きますか?
消して出禁になりますか?」
そう呟く
「ご、ごめんなさい、消します、働きます」
与えられた選択肢は一択だ
よし!というふうに肩をパンッと一度叩かれる
「おはようございますチイタくん」
「オハヨウゴザイマス」
緊張をほぐすように肩を揉まれながら、ここはリラックスできるでしょう?と話しかけられるが、今は全くできそうにない
「気になりますか?アニくんが」
「あ、いや、あの、もうしません」
万引き犯みたいな言い訳しかできない俺に
「チイタくんが、お客様に愛想を尽かされないようにつべこべ文句を言わず接客を頑張ると約束してくれたら…」
悪魔が囁いた
「お客様として彼を指名する権利を特別に差し上げますが…」
どうします?
そう聞かれる前に俺の口は勝手に応えていた
◆
「あ、あのこれ、チイタくんに」
男から俺でも知ってるブランド物の紙袋を渡される
「え、俺に?開けても?」
「あっうん、えっと、ほらこの前パーキングでさ…」
うんうん、と笑顔で聞きながら中身を取り出すと
「あの、さ、こういうのが趣味なのかなって…」
すっげーパンツが出てきた
「も…しかして、あれ自分のじゃなかった…?!ご、ごめん!キモイよね!」
俺の顔が一瞬引きつっていたのか慌て出す男
「ビックリしただけです…俺こんな感じなのに、こういう下着好きってバレたの、恥ずかしいし」
今度これはいてきますね、なんて照れ笑いしながら男の手をそっと握り
「ありがとうございます、嬉しいです」
なんて言ってみると最初から真っ赤だった顔を首まで赤くしながらゴニョゴニョとよくわからない言葉を発している、抱かれたい男ナンバーワン(某雑誌調べ)の今をときめくプロ野球選手
かなりキモイが絶対に離してやるものか
自分にも鳥肌が立ちそうだが、こういうのがお望みならば応えよう
この男から俺は何が何でも金をむしり取らなくてはならないのだ
いや、とってやる
笑顔の裏でメラメラと闘志という下心を燃やしながら、目の前の男に"次会える時は、俺がなにかプレゼントしますね"と指を絡めた
「お客様として指名する権利を特別に差し上げますが…」
そう囁かれ、これは悪魔との契約だと知りながらも俺は即座にこう応えたのだった
「なんでも、やります」