ようこそ木須岳通り商店街へ   作:デオク・レ・ダークホース

8 / 9
ようこそ木須岳通り商店街へ8

あのプロ野球選手が来なくなって早3ヶ月

怪しいバイトをしていたなんて記憶も薄れそうで薄れず、寝る前に「このまま来ないんじゃね?」「いや、律儀に金払ってるしそんなわけないか」と考えることが増えた気がする

 

 

 

 

 

◆ようこそ木須岳通り商店街へ◆

 

 

 

 

 

亮介さんの接客を体験してから、少し反省した

 

キスだけなんてやってらんねぇ

 

正確に言うと俺以外のキャストはそうではないらしいが、キスして手だけ握って「ありがとう!またね!」なんて、客からするとやってられっかと思うだろうし、そう思った

 

実際俺はやらかしてしまったので、財布は喜んで献上させて頂いたわけだが…

 

それを体験したからこそわかる

あの男は、頭がおかしい

 

来もしないのに決して安くはない金だけを払い込んで、普通の男子大学生の俺に貢いでいるのだ

さらに、来たとしてもプレイ内容は規則に忠実

忠実すぎてキモい

マジで触ってこない

プレイ中にほとんどのキャストが客相手に容認しているようなこともしない

だいたいキスするとき手以外が触れない方がこっちも体勢的にきついから困ってるところだ

「お膝の上に座りなよ」とも言わず、俺がきつくないように気遣ってくれているのもわかってるから変にこっちから行動できずにいる

 

「あ、いいんだ」と思われてなし崩しに色々求められてもそれはそれで嫌なので、向こうが何か言わない限り現状維持でいくしかない

 

出勤のない日が続くため、給料を貰いに事務所へ顔を出した日、はじめて亮介さん以外のキャストと話した

 

「いーよなー太客」

「あーまぁ…」

 

金髪に大きい目が特徴の年齢不詳な、しゃべり方がアホっぽくて軽そうなヤツという印象の男

事務所で鉢合わせて気まずかったが、意外にも所属年数が長く、スタッフが忙しいときには教育係もしてるらしい

来客へ対応中のマネージャーを待っている間、そいつから色々と聞かされた

 

「マジねーわ、普通じゃねーから!」

 

嘆きながら座っている椅子をくるくると回して子供みたいなオーバーリアクションで蛍光灯しかない殺風景な天井を仰ぐ

 

「信じられねぇ…いるんだな最高の客って…」

 

新人の時はこの店の仕組みをちゃんと理解してるつもりでも密室に二人にさせられると断りきれない奴もいて、フェラさせられたり、そそのかされて本番までさせられるようなキャストは少なくないらしい

そういう体験をしたヤツは病んですぐ辞めることになるから店側も強く言い聞かせているとはいうが、いざとなるとどうにもうまくいかないそうだ

そして「俺も新人のときは~」と軽く話しだしたと思ったら、俺とは別の世界の人間すぎて体が震えた

おいおいこの店安全なんじゃなかったのかよ…

それから黙って聞いていると、その金髪の男はこの店の前にも違う店に所属していたことがあるらしい

 

男の男相手のそういう店って結構あるもんなんだな

 

色々聞いてみてわかったことは、他の店と比べると相当ここの治安はいいってことと、アフターケアが最高だってことだった

前にも聞いたことだが、客の紹介で来た奴がそういうことしたら即刻出禁だし連れてきた奴もペナルティが科されるのでそうそう変な野郎は紛れ込まないのは本当みたいだ

警察沙汰になるのは店が嫌がってキャストが泣き寝入りするのが普通だけど、ここは違う!だから強気にいける!最高!と言っていたのを俺は他人事のように聞いていた

 

そして純粋にキスしか許していないのにみんなの数倍も受け取っている自分のほうがおかしいんだと、今更ながら実感する

 

「んで、今日はその客がくんの?」

「いや給料取りに来ただけなんで」

 

もう3ヶ月も来てないし、と続けると再び大きく天を仰ぎ

 

「もーそれ…家でやれよ…」

 

そう呟いた

店を介しているのはみんな「安全を買っている」のだからそんなことをするのは本末転倒だが、俺にそう言いたくなるのもわかる

なんとも言えず苦笑いでその場を凌ぎ、その男が時間だと出ていくまで愚痴を聞くはめになったが仕方ない

どれだけ自分のいまの状況が異常で優遇されすぎているかを理解することができたのだ

そして理解したからこそ怖くなって、一体あの男は何がしたいんだ…と、それから数週間俺は悩むことになった

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

もう無理だ

ほんと無理

なんであんな奴らのせいで俺までこんなことに…

 

 

チイタくんと最後にキスしてからずいぶん経ってしまった

賭博で捕まった球団の先輩のおかげでイメージ回復のためになんだかんだと色んな番組に押し出されるし子供と触れ合わされるしでグッズの売り上げも人気ランクも首位です

おかげさまで

 

一応問題を起こしたのは先輩ではあるので、そんなイライラは顔には出さずに見も心も荒んだままウォームアップをしていると、全員に集合がかけられた

普段の練習には姿を現すはずのないお偉方まで勢揃いの部屋に集められ、ぐだぐだと長ったらしい何度も聞いた注意と賭博関係者の処分を他人事のように聞いていたが

 

「であって、マスコミのほうも~…」

 

その長くつまらない話が終わりグラウンドに戻った俺が見た景色は三十分前とは全くの別世界になっていた

 

そう!

自粛期間が終わったのだ!

 

「あ、今日予約いいですか?!」

 

すぐさまトイレへ駆け込み例の店へ予約をいれる

 

「…~だからといって週刊誌に載って困るようなことは慎むように」なんて言われたそばから風俗店へ電話しているが、もう限界なんだ、許してくれ

 

チイタくんの予定もあるので一旦こちらから時間を指定して切った

あとはメールに予約完了なのか別日になるかの詳細がくるようになっている

 

ワクワクと練習に戻り、あからさまに爛々としていると面倒な先輩から絡まれるので顔に出さないように注意しながらバッティング練習に励む

心なしかチームの空気も明るい

まぁみんな同じようなもんだろう

すました顔してバットを振る

だが、あまりの調子の良さに打撃コーチを驚かせてしまった

 

おちつけ、おちつけ俺!

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

久々に見た商店街は、やっぱり寂れていた

 

さすがに今日の今日なので週刊誌を気にして、三駅前に車を停めてから無駄にタクシーを乗り継ぐ

帰宅したのは早い時間だったのだが、下半身が元気すぎて何発か抜く時間が必要で、気付けば出る予定の時刻になっていて焦った

 

それでも彼にキモいとか思われるのが嫌で、いや、思われてるかもしれないけど最小限に抑えたくてそこの処理は疎かにできない

それに全然会えなかったが、この期間で財力は見せられたと思う

むしろ会わずにお金を払ってる方が好感度上がるんじゃ…と虚しい気持ちにもなるが、キスはしたい 

イメージアップのためテレビに出る機会が増えていたから、もしかしたら見てくれていたかもしれない

彼は仕事のことを一切聞いてこないが「野球選手の御幸さんですよね?」と聞いてこないのは俺に気をつかってのことだと信じている

 

いや野球好きで俺を知らないなんてまずありえない!はず!

それくらいの知名度はある!はず…!

と、信じたい!

バラエティーにも出たし、恋愛の話を振られても誠実な俺をアピールできた

好みのタイプなんか「小柄すぎるより170センチくらいある方がいいかも」なんて言ってみちゃったりもした

君のことだ

「ショートカットも好きかな」とか付け加えたら勘違いした芸人たちがスポーティーな女子アナを挙げてきて苦笑いするしかなかった

君のことだ

だから安心して

ヘラヘラするのを抑えて商店街の奥の角を曲がる

 

「お待ちしておりました、どうぞ」

 

VIP御用達控え室へ通されるのも懐かしい

ああ帰ってきたんだ、と風俗店に感じるのはまずい気がするが、現時点で俺の人生の癒しはここだけなのだから仕方ない

 

端末を操作して彼の写真を堪能する

ああ、感無量

この写真は一枚いくらで買えるんだろう

今度それとなく店長へお伺いをたてよう

それくらいの信頼は築けているはずだ

 

今後の計画をたて、いつもの通りのコースを選択しようとしたその時

 

「お久しぶりのご来店ですよね?」

 

今まで無駄話なんかしなかった若い店員が話しかけてきた

 

「え、あ、はぁ」

 

驚いて身構える

 

「きっとチイタくんも楽しみにしていると…」

 

一体なんなんだ?今更セールストーク?と黙っていると、スッとその店員が端末のある部分を指さす

 

★★★オプション★★★

相互咀嚼[※別途料金がかかります]

できる子とできない子がわかれているので

プロフィールをご確認の上

・指名したいキャスト

・何を食べさせたいか

を予約の際に必ずお伝えください。

食べ物については安全を考慮して当店でご用意できるものの範囲(または要相談)でお願い致します

★氷(えっちな雰囲気も出てキャスト人気ナンバーワン!)

★アイスクリーム(トロトロとろける感触がふたりをエッチな雰囲気に!)

★アメ玉(何味のキスがお好きですか?ハッカ味が苦手なキャストもいるので事前に何味かお伝えください!)

★その他(要相談)

 

 

「へっ」

 

一瞬にして彼とのさまざまなプレイが過るが、これは…ちょっと嫌がりそうじゃないか…?

こんなことしてもらえなくても俺は指名をやめない

金も払う

 

「いや、あのこれは…今まで通りで」

「んんんっ」

 

咳払いの下手な男だ

なんだ?もしやスタッフにもノルマとかあったり?いやでもそれはあってもキャストの方だと思うし…

 

俺が不信感を募らせていると、うんうん考えていた男は何か諦めたようにため息をついて

 

「チイタくんがお待ちです」

 

小声でそう言うとオプション欄を再度指さして"早く押せ"とジェスチャーをした

 

そこから記憶が曖昧だ

一瞬で弾けとんだ

え?チイタくんがこれをしたいって?そういうことだよな?

ええ?彼が?ほんとに?俺を逃がさないための露骨なサービスだよな?金はちゃんと取るっぽいけど!

 

ふらふらとしているうちに部屋の前へ到着

チャイムを押す指が震えている

 

おいおい御幸一也、おまえ風俗の子相手になにを…なにをそんなに緊張することがある

ここを出たら俺はプロ野球選手、彼は普通の学生だぞ?

そう普通の一般人!男子大学生とか専門学生だろう!

もしかしたらフリーターなのかもしれないし!

俺はプロ野球選手だぞ?

そんな俺がこんな仕事をするただの学生相手に…

 

おっわ、ふはは…

 

…こ、興奮するな俺!バカ野郎!

 

自分の緊張をほぐすために彼を蔑んでしまった

反省だ、こんな考えはいけない

しかも逆にテンションが上がってしまうとかなんなんだ

落ち着こう、落ち着け俺

 

ふうふうと息をととのえていると突然目の前の扉が開いた

 

「お久しぶりです」

はやく入って、と手を取られ引きずり込まれる

「すいません、来てるのわかってたんで」

待てなくて開けちゃいました、と笑う彼

 

ドッドッド

 

アホみたいに心臓が脈打つ

カーッと頭に血がのぼって耳が熱い

何か、何か言わないと

俺は何も喋れてないんじゃないか?

気持ちが焦っておどおどと視線を動かしてしまう

 

「いろいろあって、これなかったんだ」

 

あー!違うんだよ!

別にそんな言い訳しなくてもいいのに俺の口はうまく動かない

 

「はい」

 

そんなしどろもどろの俺にちゃんと"聞いてますよ"と相づちをうってくれる

 

「それで、えーと、急に予約入れてごめんね」

 

「大丈夫です」

 

「なんか突然時間できたからさ、それで」

 

「はい」

 

「それで…」

 

「はい」

 

手をそっと握られて、ハッとした

ゆっくり深呼吸をして、ちゃんと彼を見る

 

「ずっと会いたかったんだ」

 

やっと言えた

語尾は小さくなったけど言えた

 

じっと見つめていると、彼は口の端をくるんと上げて

 

「俺もです」

 

笑った

 

う、だめだ、ほんと

かわいー…

 

じぃぃん…と感動していると

 

「忙しかったんですよね?疲れて、ます?」

 

独特な笑い声を含ませて尋ねられる

ここへ来れると決まった瞬間からハツラツとしてる俺に疲れの色なんて見えないのだろう

でもね

「うん、死ぬかと思ったよ」

君に会えなくて

「それは…まずいっすね」

そうなんだ、大変まずいことになってた

ヤバいと言いそうになって言葉を選んだ彼に頬が緩む

 

「疲れてるかなって思って…」

 

ニコニコとチイタくんの顔だけを見ていた俺は彼の視線に誘導されて机に目を向ける

そこにはお菓子や皿に少しずつ盛られたフルーツ

 

「あの、勝手に持ち込んだらダメって言われるし荷物もチェックされるから…それで仕方なくて、すいません」

 

俺の勝手でお金を払わせちゃって、と彼が謝る

 

そうだ、そうだった

今日のコースは相互咀嚼とかいう大変エッチなオプションがついていたのだ

しかも、彼からの提案で

 

「いや!気持ちだけでも嬉しいよ!ぜんぜん!ぜんぜん全然大丈夫だから!」

 

俺は強がった

誰よりも紳士であろうと

彼はきっと嫌々こういったサービスをしているに違いない

もしかしたら店側から指導が入ったのかもしれない

そんなこと聞く必要はないよ!

もし俺じゃないオッサンにこんなことしたらどうなるとおもう?!

ダメだダメだ!

君はそんなことしなくていいんだよ!

 

「あ、そうですよね、すいませんなんか勝手に…」

 

え?!俺が嫌がったみたいになってない?!ええ?!!

違うんだよ!!!

しゅんとしたチイタくんかわいー…ってそうじゃない!

なんて気の利かない男なんだ俺は!!!

 

「まずさ、普通にチイタくんを味わってもいいかな」

 

あーーー!!なに「まず素材の味を」とか言って何も付けずに寿司食う意識高いやつみたいなこと言っちゃってんのおれ?!!引かれるやつ!なんか言い回しが引かれるやつ!

 

「あ…はい」

 

そんな気色の悪いオッサン相手に何も言わず、くんっと顎を上げて目を閉じてくれる

 

俺が挙動不審で二人とも部屋で立ちっぱなしのままでごめんとか、色々用意してくれてたの嬉しいんだよとか伝えないといけないことは沢山あるのに、なにも言えないままむしゃぶりついた

久々の彼の唇は少しかさついてて、じわぁと心が暖まる

変にぷるぷるでもなく、ベタベタと化粧品を塗りたくってもいない自然な唇なのが嬉しい

んちゅ、とかわいらしい音をたてて唇を離す

俺の唾液でてらてらと光ってしまっている唇を見て腹の下がじんわり危険な予感を兆している

さっきから唾液の分泌が止まらなくて、チイタくんに飲ませるのは可哀想だからごくごくと自分で彼の唾液も一緒にブレンドして飲み下しているせいか心も体も満腹だ

 

 

こんなキスひとつで満たされるなんて…

ふぅ、これが幸せか…

幸せってやつか…

 

目をゆっくり開いたチイタくんに自然と微笑んでしまう

 

いつもならこの後は座ってゆっくりなんてことない話をしたり、軽くキスしてイチャイチャしながら残り時間を楽しむ

立たせたままでごめんね、座ろうか?と彼の手を握って腰を下ろす

ふと、口数がいつもより少ない隣の彼を見ると、俯いて何か考えているようだ

話しかけていいかな?と少し考えてから

「どうしたの…?体調悪くなった?」

責めないような声色を心がけて尋ねる

「あの」

顔をあげたチイタくんの目が濡れているように見えて、ドキッとしてしまう

かわいい…けど何事だ?

今度は俺がうんうんと話を聞く側に徹する

「のどが」

え?痛い?風邪?シーズン中じゃないからうつしていいよ!

「…渇きませんか?」

ああ!

「暖房きいてるよねここ、何か頼む?」

確か自販機よりもかなり割高になるが、持ち込むのは出来ないので数種類の飲み物だけは後からでも頼めるシステムになっていたと思う

「いやあの、んー」

きゅっ、と眉間が寄る

ヤンキー丸出しの眉が動くのが好きだ

かわいい

「め…」

え?

「メロン」

はい?

首をかしげる俺に、ぷん!とわかりやすく怒った彼は、机の上の皿を取って押し付けてきた

「ん!」

あっ、ああ!察しの悪い男でごめんね!

慌ててカットしてあるメロンをひとつ食べさせた

ぱくん、と口にいれてもぐもぐする…かわいいな

もうひとつ取り待機していると

「じゃなくて…」

む、とまた怒った顔をするチイタくん

ちゃんと飲み込んでから話し出す彼に、親御さんの躾が垣間見える

「うん、ごめんね、わかってる…いいの?」

ははは、と笑って尋ねた

相互咀嚼プレイのお誘いなのはわかる

今までの察しの悪い振りも彼の反応が見たくて遊んでいただけで、わざとだ

こっちが逃げ道を作っているんだから無理しなくていいのに、根が真面目なのか頑張って誘ってくる彼がいじらしくて堪らない

「はい、でも嫌だったら」

「そんなわけない」

即答して口にメロンを咥えて顔を寄せる

口のなかに入れて噛んだのを食わせるのは、それこそ彼にとったら罰ゲームだろう

球団のファンイベントで「男たちのお菓子口渡し50mトライアル」という毎年恒例の気色悪いゲームがある

それで培った、なるべくモノに触れないように咥えて唇に当たらないように渡す、という技術が生かせるときがくるとは…

彼にはキスしまくっているので唇くらい当たるのは今更だが、人の口についた食べ物飲み物は無理、という人間は一定数いるのだ

それにそなえての配慮も怠らない

どうぞーと笑うと、ゆっくり口を寄せてきたチイタくんが

ぷちゅ、と音をたてて俺の口全体を覆うように噛み付いてきた

ンンン?!!

そのまま咥えていたメロンの半分をかじって、じゅるじゅると果汁が垂れないように吸われる

固まっている俺をよそに、残りの半分は舌で押し込まれて口の中

え、飲み込んでいいのかな?!

展開に着いていけずにおろおろとすると、彼が少し離れて軽く口を開けた

 

え、えええーーーーへへえーー?!??

 

唾液がじゅわっと出た

ハッとして急いでキスをする

こんな俺の唾液まみれのでごめんね!と噛まないように舌で運ぶ

ダメだ、俺はもう彼の前ではへりくだるしかない!

気持ちの悪い虫ケラです!

あなたの奴隷です!という気持ちにもなる

俺のような男の汚い唾液にまみれたものをそんなっ…なんて思ってしまう

よし、これからは毎回空きっ腹で来て、彼の唾液を飲んで満たそう

大丈夫、俺が飲むよ!君に俺のような男から出た体液を飲ませるなんて…!

そんな馬鹿みたいなことをぐるぐると考える

まぁ俺が飲みたい感じたい味わいたいだけなのだが

こんなことを考えていると知られたらきっと引かれるから、これ以上気持ち悪くならないように取り繕う

 

彼は毎回きちんと歯磨きをしてガムでも噛んでいるんだろう

若さもあるのかもしれないが、唾液はとても爽やかだ

俺としてはここに来る前になに食べたかわかるくらいの生活感は欲しいのだが、仕方ない、彼はここではプロなのだ

そのプロ意識が悲しい

 

我に返りそうになっていると

んはっ、と小さく声を上げて彼が離れた

ごくりと喉が鳴る

俺の口の中で俺の唾液に浸かっていたメロンを、彼が飲み込んだ音だ

興奮しすぎて冷静になった俺はその一部始終を一生忘れまいと必死に記憶した

ふう、と息を吐いた彼は

「ぬるかった」

と笑い、どこから取り出したのか普通にペットボトルのジュースをごきゅごきゅ飲みだす

「あ…飲みますか?」

口つけたんですけど、と今更なことを言った後に「あー、そうか」と口にジュースを含んだまま膝立ちになって口移しで飲ませてくれた

ぼへー…とされるがままでいた俺の口から溢れたジュースを、あわあわとシャツの袖で拭いてくれる

そこで意識を取り戻した

「は!あ、ごめんね!シャツ汚れたよね?」

安物だし大丈夫だと言う彼に、持ってきていたプレゼントを渡す

俺は服も小物も選ぶセンスがないので、人気らしいブランド店に入って「二十歳くらいの男の子が好きそうなやつ持ってきて」と店員に任せ、その中からチョイスした

後輩にあげるにしてもこの金額どうなの?という視線を感じて「親戚の子が成人するんで~お祝いで~」なんてウソをつく

ああ!それなら~と甲斐甲斐しく選んでくれる店員を横目に、次は違う店にしないとな…と思った

その中にシャツがあったはずだ

金額なんて覚えてもないが、服に金をかけない自分が着ることのないようなシャツだったと思う

無地とかシンプルなものが好きだからこういった柄物の良さはわからないが、彼はそういうのが好きそうだから俺の好みなんかどうでもいい

チイタくんは袋を眺めながら「これ好きな店だ」と言っていたので心の中で大声で喜んだ

よくやった俺!

都内にどのくらい店舗があるかわからないが、地方に出たときも調べて各店舗を巡り「親戚の成人祝い手法」で色々と買いそろえよう

 

チイタくんに「シャツ入ってるから着替えなよ」と言うと、ゴソゴソと中を見ては嬉しそうにしていて、こんなので喜んでくれるなら安いもんだとその様子を眺める

 

「あ!」

 

これ!とキレイにビニールで包んであったシャツを広げ、キラキラとした目で見つめているチイタくん

 

「ほしかったやつ!」

 

その笑顔、俺のほしかったやつ!

わーかわいー!と内心大騒ぎの祭り状態だが、あんまり気持ち悪くならないように心がける

「そっか、よかった」

とへらへらしながら言うと、俺が思っていたよりテンションが上がっていたのか、俺の目の前で着替えだした

首元のいくつかのボタンだけ外してからバサッと勢いよく脱いで現れたのはピッチリした黒のインナー

ぼんやりと茶色の間接照明が照らす彼の姿は眩しすぎた

引き締まっている身体に張り付くようなインナーに浮かぶ

 

ちくび

 

危うく声に出すところだった

まじで危なかった

鼻息が荒くならないようにスーゥとゆっくり呼吸をする

 

ちっちゃいけどしっかりと存在を確認できてしまう彼のちくびが!目の前に!

おちつけ!おちつくんだ!写真で何度もみてるだろうが!

くそー!なまじ2Dで見ているから色味が手に取るようにわかってしまう!それに加えて焦らすように布の下に存在していることだけを見せつける3Dの威力っ…たるや…

 

大興奮の俺をよそに、チイタくんはシャツのタグを取り、脱ぐときとはうってかわって丁寧にボタンを外してから袖を通した

目がキラキラしていて、ああ本当に欲しかったやつだったのかと安心する

ニコニコしながら眺めてる俺の存在に気付いて接客中だったと思い出したのか、何度もお礼を言われた

「ちくびの形を見せてくれてありがとう」なんて言うわけないが、用意してくれたオプションのことと合わせて俺もお礼を言って、残りの時間はお互いにお礼を言い合って終わった

 

やばい、めちゃくちゃ楽しかった

癒されたどころの騒ぎじゃない

ああ…

 

帰り道に夜空を見上げて幸せを噛み締める

 

まだこの気持ちに浸っていたくて一人のマンションへ帰る気にならなかったので、途中に見かけた立ち食いそば屋で遅い晩飯を気分よく食べたのだが

 

そこを週刊誌に撮られた

 

散々注意されていたのにまさか本当に撮られるなんて思っても見なかったので店のことがバレたのかと焦ったが、たまたま浮かれた俺が天そばを一人で食ってるところを見られていただけらしくてホッと胸を撫で下ろしつつ

 

なんでこう、いつも格好つかないんだ…

 

と、すっぱ抜かれた内容が内容で恥ずかしくてたまらない

せめて彼がこの手のニュースを見ないでいてくれることを祈りながら、俺は少し泣いた

 

 

 

 

 

 

「一杯380円!イケメン捕手の寂しい私生活!?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。