織斑千冬の半生を綴った自伝より抜粋。
「はぁ…」
その日、一夏は自分以外誰一人として居ないIS学園男子更衣室にてため息をこぼしていた。
「ウホッ」
「あれ?セシリア…」
室内に突如響いた獣の鳴き声に戸惑う一夏、振り向くとそこに声の主は居た。IS学園の青ゴリラことセシリア・オルコットその人だ。
この学校の男子更衣室を使う人間は一夏ただ一人。そんな所にわざわざ入って来る人間の目的は物取りか、それともただ迷い込んで来ただけかの二択だ。一夏はセシリアの姿を確認すると彼女が後者である事を悟った。
「もう、駄目だろセシリア。こんな所に迷い込んできちゃ」
「ウホウホ?」
「あぁコレ?これは…」
セシリアは一夏のロッカーの中にあるハンガーに吊るしてあるボロきれが気になり、そのボロきれの正体を一夏に尋ねた。
「オレのISスーツだよ」
セシリアの質問に苦々しい表情で答える一夏。あの忌々しい『銀蛸』に陵辱される直前に『銀蛸』の触手によって引き裂かれたISスーツは事件の後本来ならば一夏本人たっての希望で廃棄される予定だったが。ある組織から待ったの声が掛かった。
その組織とは『IS委員会』だった。ISに関わる事業に関してかの組織は強い発言権を持ち、それはISを操縦する操縦者個人にも決して無視出来ない権限を持つ。
事件後に学園にやって来た委員会からの監察官曰く。
「ISスーツに付着している『銀の福音』から分泌された粘液のデータを調べる」
という事でしばらくの間一夏本人に預かってもらうという事だった。こんな薄汚いボロきれなど一夏は一刻も早く捨てたかったのだが、監察官と姉である千冬からも頭を下げられ仕方なく一夏はこのボロボロのISスーツを未だ所持する事となったのだ。
もっとも、そのデータを調べるというのもあの事件後の事後処理により多忙を極めるIS委員会の現状からも一体何時になるのかは未定なのだが。
「ウホーウ…」
「そうなんだよ…おかげでISの実技の授業も体操服で参加する事になってるしさ…」
世界初の男性IS操縦者である一夏のISスーツは特注品であり、おいそれと複製も出来ぬ程の高価な代物らしいという事をあの事件後に一夏は初めて知った。監察官のボロボロになったISスーツを見た時のあの青ざめた表情は一夏の脳裏に未だ焼き付いている。
「ウホ!ウホホッ」
「え、何?わたくしが何とかするって?」
想い人の切迫した事情に立ち上がるセシリア、その目には原人に堕ちてもなお彼女の内に宿るノブレス・オブリージュの精神が垣間見えた。
「ウホ!」
「あ、セシリア!?」
決意の篭もった表情を浮かべたセシリアは踵を返すと一夏に背を向け走り去った。その後ろ姿を一夏は呆然と見ていた。そして何よりも。
「オレ、今セシリアの言葉がわかったぞ…?」
セシリアの話すゴリラ語を解し、ごく普通に会話を成立させてみせた自分自身に一夏は愕然としていた。
「おはよ、う?」
一夏がセシリアとの種の垣根を越えた対話を果たしたその次の日、いつもの様に教室へと入った一夏を待っていたのは青ゴリラことセシリアと、学園の影の女王本音と。そして見慣れぬ生徒数名だった。
その生徒達はそれぞれ学年を表す制服のリボンが異なっており、彼女たちが上級生である事を一夏に示していた。その内の一人が一夏の姿を見るやいなや、一夏の手を両手で握りしめ上下に勢いよく振った。
「来たわね織斑くん!」
「えっと…どちら様、ですか?」
一夏は朝っぱらからハイテンションの彼女にされるがまま、取り敢えず一夏は彼女の素性を知るべく質問をぶつけた。
「よくぞ聞いてくれたわね!私たちは手芸部の者よ!!」
そして私は部長よと言葉を続けた。IS学園は文字通りISの知識や操縦技術を学ぶ世界的に見てもかなり特殊な場所だ。しかし教育機関の体をしている以上は当然こういった部活動は存在する、無論PTAもだ。
「青ゴリラちゃんから織斑くんが困っていると聞かされて私たちも何かできないかなと思ってね」
「青ゴリ…あ、セシリアの事か」
「ウホッ」
学園内をバナナ片手に毎日徘徊しているセシリアは、その習性ゆえか妙に顔が広い。一夏から話を聞いたセシリアが真っ先に向かったのは手芸部の部室だった。
突然のゴリラ乱入に部員達は当初困惑したものの、セシリアから事情を聞くと彼女らはノリノリでこの計画に参加したのだった。
「おりむーのピンチとあれば私たちも黙っては居られないねー」
「みんな…」
いつしか一夏の周囲にはクラスメイトたちや他のクラス、果ては上級生までが集結していた。その数は凄まじく、教室の外の廊下にまで溢れかえっている。
「一夏、お前が困っているというなら私たちは協力を惜しまないぞ」
「箒…」
姿勢を正し、凛とした目で一夏を射抜く箒。その姿は『銀蛸』を圧倒したあの性欲魔人と同一人物とは思えない。
「私もお手伝いするよ、一夏」
「シャル…」
ラウラをだっこしながらシャルロットも協力を進言した、ぐずるラウラをあやすその様は完全にシングルマザーのそれだ。
鈴は呼吸器の診察のため今日は休みだ。
教室内にはいつしか、ある種の一体感が生まれていた。一つの目標に集団で向かう使命感、困難を集団で打破する為の団結。その全てが内包された一体感に一夏は圧倒された。
「みんな…ありがとう!」
自分のためにこんなにも多くの人間が協力してくれる、その事実と感謝に一夏は頭を下げた。まったく一夏は素直で可愛いな。
「おりむー顔を上げて」
「のほほんさん…」
一夏の目の前に本音が歩み寄る、周囲の生徒たちは本音の歩みを阻まぬように左右に道を空けた。
その姿は一夏の目にモーゼが紅海を割った奇跡の再現のように映った。だとするならば布仏本音はモーゼの生まれ変わりだというのかと一夏はその思考をあらぬ方向に持って行きかけたが、他ならぬ本音本人からかけられた声でそれを中断させた。
「さあみんな!おりむーのISスーツを作る為にがんばろー!」
「おー!!」
かくして、織斑一夏専用新ISスーツ開発計画。通称『プロジェクトO』がここに発動したのであった。
この辺りを『地〇の星』をBGMにして読むとプ〇ジェクトX感が出て良いよ。by:作者
一夏のISスーツ制作は困難を極めた。いくら天下のIS学園の生徒とはいえ使える素材や生地、予算など学生が使える上限や範疇はたかが知れていた。
取り敢えず生徒達はボロきれと化していた一夏のISスーツを資料とし、それをモデルとして制作の参考にしようと考えた。
「これが…」
「ズッタズタね」
「なんか…エロい」
もはや服としての機能を一切果たさなくなったボロきれ、それは一夏が受けた陵辱の淫景を彼女たちに想像させるのには十分なものだった。
「ISスーツって破けるんだ…」
1人の生徒がボロきれを手に取りながら胸元の部分に大きく開いた穴に指を出し入れする。
『ISスーツは破けない』
それはISに日常的に関わる彼女たちにとって常識と言っていい程の知識だ。ISを用いた戦闘で着用される事を前提として作られたISスーツはたとえ至近距離からの銃撃に晒されても、たとえ鋭い刃物による切断や刺突を受けても、絶対に損傷する事はない。
常日頃ISを使用し、その構造を熟知している彼女たちだからこそ、このISスーツの惨状は衝撃的だった。
「うわ…これもうおっぱい丸見えじゃん」
「こんなにおっきい穴…」
「…ンふッ」
このボロきれを着用した一夏の姿を想像する彼女たち。扇情的な姿に思わず鼻から血が垂れた。これはいけないと首を激しく振って正気を取り戻し、改めて一夏のISスーツ開発に取り組んだ。
使える資材も予算も限られる彼女たちの取れる手段は自ずと絞られた。まず第1案として、このボロきれを修復するという案が挙がったが、これは没となった。
ISスーツとはテクノロジーの塊だ、そして世界で唯一の男性IS操縦者である一夏のためだけに作られたスーツとなると、素材やそれを加工する技術は最新鋭のものが使用されている。未熟な学生の身に過ぎない彼女たちにそんな最新テクノロジーの塊を修復出来るかというと疑問符が付く。
第2案として持ち挙がったのは、既存のスーツをベースとして、それを男性用に改良するという案だ。これは途中まではいい線を行っていたものの。これもあえなく没となる。
没となった理由は、作りが違いすぎるという事だった。あまり言いたくはないのだが、その。一夏の”ソレ”は日本人の男子高校生の平均を超える、立派な”モノ”だったからだ。その事実を知った彼女たちの頬が真っ赤に染ったのは言うまでもない。
かくしてプロジェクトOは形になる前から頓挫してしまおうとしていた。
「どうしたものかなぁ…」
IS学園手芸部の部室に流れる空気は重い、勢いよく立ち上がった計画がいきなり出鼻をくじかれたのだ。無理もない。
重苦しい空気を一変させる存在が現れたのは突然の事だった。
「ここね?織斑くんのISスーツを作っているという場所は」
「あ、貴女は…」
彼女こそプロジェクトO成功のカギであり、後の証言において彼女の協力なしで計画の成功はなかったと言われる女だった。
IS学園生徒会会長『更識楯無』
彼女の登場が、プロジェクトの進行をより迅速に早める事となる。
これ以上やるとなんだが長くなりそうなのでここで区切りを付ける形で投稿します。
後編をお楽しみに。