ガンダムSEED DESTINY -レクイエムは誰が為に- 作:西のファントム
「私はラクス・クライン。プライベートで人に自己紹介するのって久しぶりかも」
「ミネルバ所属、シン・アスカであります」
上階のレストランへ向かうため、ラクスと名乗った少女――"ミーア"とシンは、共にエレベーターに乗り込む。
「私のこと、ラクスって呼び捨てにしていいからね。敬語もナシ。堅苦しいのは、あまり好きじゃないから」
初対面の相手に、こうも気安く接することができるのは、ミーアの美点或いは欠点と紙一重の気質だった。
シンはそれを好ましく感じるタイプの人間だったから、二人の性格的な相性は良いと言えるだろう。
「わかった。俺のこともシンでいいよ、ラクス」
親しみを込めて口に出した名が、彼女の本当の名ではないとシンが知るのは、もう少し先のことだった。
***
レイはデュランダルに招かれ、宿舎内の一室を訪れていた。
「やあ、レイ。先程はゆっくり話す時間もなくて済まなかったね。さあ座ってくれ、なにか飲み物を用意しよう」
「はい、ありがとうございます」
最高評議会議長のために用意された部屋だけあって、室内の調度品は一級品のものが揃っていた。
だがレイの心に安らぎを与えたのは、ベルベットソファーの座り心地よりも、デュランダルが淹れた一杯のコーヒーだった。
上品な香り、ほどよい酸味と苦味が、戦いに疲れたレイの心に染み渡っていく。
「美味しいです、ギル」
「それはよかった」
こうして二人でコーヒーを飲みながら、とりとめのない話をする。
レイにとっては、この上なく幸せで大切な時間だった。
「ミネルバの活躍は報告で聞いているが、それだけでは味気ないだろう?レイの口から、色々と聞かせて欲しくてね。例えば、アスラン…彼はミネルバにどんな影響を与えてくれただろうか?」
「そうですね…不器用な方ではありますが、不器用なりに部下とも向き合って、信頼関係を築いています。アカデミーでは教官と衝突してばかりいたシンも、ザラ隊長には心を開いているようです」
「ほう…」
「戦力的な意味でも、彼の存在は大きく、ミネルバにとって不可欠なものになりつつあると思います」
「…ならば、いいのだが」
デュランダルの反応があまりかんばしくないのを、レイは不思議に思った。
「気になることでも?」
「…オーブの姫君がフリーダムによって攫われたことは、君も聞いているだろう?」
「はい」
「その後、彼らに目立った動きはない。このまま大人しくしてくれていれば、それでいいのだがね。ただ…もし彼らが戦場に出てきたら、アスランは一体どちらに付くのかな?」
「ザラ隊長が、裏切ると…?」
「想像もしていなかった、という顔だね。だが、彼は一度ザフトを裏切り、アークエンジェルに付いたこともある。全く可能性が無いとは、言えないのではないかな?」
数秒の沈黙があった。その数秒の間に、レイは決断をした。
彼にしては、少しばかり長い逡巡だった。
「…であれば、監視をつけるというのは?」
「監視…か」
「そして、その役割には自分が適任であると考えます」
シンとルナマリアには任せられない、とレイは思った。
能力的な問題ではなく、アスランの監視を続けるうちに、 知らなくていいことまで知ってしまう可能性があるからだ。
例えば、今プラント側にいるラクスの正体であるとか。
「だが、君にそんな真似をさせてしまうのは、心苦しくもあるな」
「少しでもギルの不安を取り除くことができるのなら、やらせてください。俺は、あなたの力になりたくて軍に入ったのですから」
***
運ばれてきた高級料理の数々は、シンが普段口にしているものとは比べ物にならないほど美味だった。
ミネルバの艦内食もそこそこに豪華なものではあるが、戦艦で大勢のクルーに支給される食事には限界というものがあった。
「ね、来てよかったでしょ」
「うん。けど、なんで俺を誘ってくれたの?」
「それはね、面白そうって思ったから。私のことを知らないなんて言うザフトの兵士さん、初めて見たわ」
「俺、オーブの出身だから、プラントの有名人にはあまり詳しくないんだ」
「…あっ、他にも理由があって、アスランのお話が聞きたかったの!彼、軍務のときはどんな感じなのかなって」
オーブという国の話は、シンにとって愉快なものではなかったから、ミーアがすぐに話題を変えてくれたのはありがたかった。
ミーアが意識的にそうしたのかどうかは分からなかったが、それでもシンは心の中で感謝した。
「うちの隊長は凄い人だよ。モビルスーツの操縦も上手いし、この前も大胆な作戦立ててさ」
シンはローエングリン・ゲートを突破したときのことを、機密の漏洩にならない範囲で説明した。
ミーアはそれを、料理を口に運ぶのも忘れて真剣に聞いていた。
「凄い…!」
「ああ。隊長がいなかったら、誰もこんな作戦考えつかなかったと思う」
「ううん、アスランも凄いけど、今私が言ったのはシンのことよ」
「俺…?」
「アスランがその作戦を立てられたのは、大事な役割を任せられる人が…シンがいたからでしょう?ガルナハンの人たちのために命懸けで頑張ったのも、ちゃんと成功させられるだけの力があるのも、本当に凄いと思う」
「そんな、褒めすぎだって」
シンは、顔が熱くなるのを感じた。
アスランやデュランダルから賞賛されたときとは少し違う、くすぐったさがあった。
「ガルナハンの人たちだけじゃない。シンの力に助けられてる人、たくさんいるわ。私だってそう。私は歌うことはできても、戦うことはできないもの」
「歌…?」
「昼間のライブ、ミネルバの人たちも見てくれたんでしょう?」
「…ひょっとして、あのとき歌っていたのって、ラクス?」
「もっと早く気づいてくれてもいいのに…」
ミーアは、少女漫画のヒロインさながらに頬を膨らませてみせた。
「ねえ、ラクス・クラインを知らない人から見て、私のライブはどうだった?」
「みんな元気づけられてたし、良かったと思うけど…でも、普段はプラントで歌ってるんだろ?どうして地球に?」
「今シンが言ったじゃない。みんなを元気にしてあげたいからよ!」
「そのために、わざわざ危険な地球に…?」
シンは驚きを隠せなかった。今の地球は、戦争の中心地だ。
単なる地球軍とザフトの対立ではなく、ナチュラル同士の争いも起きている。
このディオキアという街も、地球軍に占領されそうになっていたところをザフトによって解放されたばかりなのだ。
「シンだって、地球に来てるじゃない」
「それは俺が軍人で、やらなくちゃいけないことがあるからで…」
「私も同じよ。自分にできることを精一杯やっているだけ。こんなときこそ、みんなにはラクス・クラインが必要なの。私の歌で少しでもみんなを癒せるなら、どこでだって歌うつもり!」
「ラクス…」
屈託なく笑う少女の言葉には、なんの打算も、嘘偽りも感じられなかった。
軍人である自分とはまた別の手段で、平和のために力を尽くしている人がいる。
その事実は、ロゴスへの憎悪で暗く沈み込んでいたシンの心に、希望の火を灯してくれたような気がした。
***
食事を終え、ミーアを部屋まで送り届けた際に、「付き合ってくれたお礼ね」と、シンは一枚のCDを手渡された。
収録されているのは"Quiet Night C.E.73"。今日のコンサートでミーアが披露した曲だ。
それを自室で聴きながら、意図せずも彼女との邂逅のきっかけを作ってくれたアスランに、シンは感謝した。
「みんながラクスを好きになるの、わかる気がするな…」
そう呟いたシンは、"みんなの見ているラクス"が、自分の見ているラクスとは違うことを知らない。
本物のラクスを知らず、ミーアに触れて、その在り方を好きになったシンは、きっとミーアのファン第一号だった。