先生。
先に生きると書く職業だったり偉い人に対して使われる言葉だ。医者も弁護士も漫画家も色々な職業で使われているが、先生という職業も存在する。子供の頃から関わりがあって煩わしいと感じる人が多い先生。
学校の先生。教師という職業だ。
当然動機が軽い為に真剣みが足りないかと思いきや、この男は案外行うことに関しては真面目なようで教師として必要な知識を必死に身に着けて、見事に教師としてとある学校に就職することができた。
インフィニット・ストラトス。通称ISが世に出てからというもの、ISを使える女性こそ選ばれた存在、女性は男性よりも強いとして女尊男卑の風潮が蔓延している今の世の中においては男性の就職率は若干の低下が見られている。やはり女尊男卑の影響で女性は全てにおいて優れていると採用するなら女性を優先的にといった部分が腫瘍のように就職に関わってしまっているというのだろう。
その中にあって青湖は教職を勝ち取ったのだ。おお、やればできるものじゃないの、と楽観的に考えながらも。
そんなんだから就職先をよく調べていなかった。
就職先が女尊男卑の巣窟たるIS学園だったことに。
「そして今も元気にやっています、と」
教職も六年もやってれば多少も慣れてくる、とは青湖の言葉である。たとえそれがIS学園での教員生活であってもだ。
確かに、世間の風潮に染まった女子から嫌がられることはあるのだが、大人の余裕を胸にほぼ全ての悪意を受け流すことができる。たまに刺さることもあるがチクっとする程度だ。
たまに過激な手段に及ぶ女子もいるのだが、そこは女が強いという風潮をへし折るかのように叩き潰してきた。
幸い、同僚たちは人格的に真面じゃない方が多いので無事に叩き潰してやることができた。IS学園がどの国の法にも当てはまらないが故に、問題になりがちな体罰が許されるのだ。
「どうかされましたか、水泉先生」
同僚の織斑千冬が書類整理しながら聞いてくる。
織斑千冬。
IS学園内で最も知名度の高い教師であり、幾人かの例外を除いて逆らえる者がいない絶対君主だ。IS学園への進学者の多くが千冬見たさにやってくるのだからいかに有名であるか分かる。
生徒たちの間では、世界最強教師だとか、千冬の顔も三度までとか様々に言われているが、教師としての手腕も相当なもので、決して知名度だけの教師ではない。
「どうもないですよ。ただの独り言です」
「そうですか。また変な風に吹かれた生徒にちょっかいでもだされたのかと」
「いいえ。どうしてそう思いました?」
「水泉先生はそういう面倒ごとが終わった後に言っているからですよ。口癖でしょう」
「口癖は認めますが、何も何かある度に口にしているわけでもないですよ」
「そうですか。それよりも今年は面倒なことになります」
「なりそう、ならいいんですけど。まさかのなります、ですか。織斑先生は未来予知でもできるんですか」
「予想はできますよ。私の愚弟が馬鹿やらかしてISなんて動かしたものだから大変なんですよ。やれ調べさせてくれだ国で保護する代わりに協力しろだ。対応する身にもなってもらいたいものです」
ため息を吐く千冬。
ついこの前、女性にしか動かせないとされていたISを男が動かしたと世界を震撼させた。それだけならばいいのだが、まさかの千冬の弟が動かしたのだ。
織斑一夏。世界をひっくり返す因子を身に抱いた不幸な少年の名前。普通の人生を歩むのは不可能決定。青湖はここで人生平穏無事は難しいな、としみじみ思うことしかできない。対岸の火事に近い。
「確かに。身内がやらかすと責が降りかかりますよね。幸いボクはそんなことないですけど」
「ない方がいいです。ま、アイツには今回の件を糧に警戒心の一つでも持ってもらえればいいですが。きっと無理でしょう」
「無理なんですか。ずいぶんと弟さんを信頼しているようで」
「一緒に生きてきたわけですから。アイツの危機感や警戒心のなさは言って聞かせてもいまだに治りませんよ。持って生まれた性質と割り切るほかありません」
「ほほう。持って生まれた性質なら仕方ないでしょう。これからも頑張ってくださいね、織斑先生」
「そんな愚弟が異性ばかりのココに入ってくるのですから、きっと同性に飢えますよ。教師らしい対応をお願いします、水泉先生」
マジか。
青湖は頭を抱えたくなった。女子が薄い本で興奮してしまう。材料になる。
「といってもどうせ織斑先生の担当でしょう。姉である先生に頼るんじゃないですか」
いまだ対岸の出来事。そうであってほしいのが青湖の願望だ。
「非常に残念なお知らせですが、アイツは私には迷惑をかけたくないと考えるタイプですから、頼ってくることはありませんよ。それで他人に迷惑をかけていい、みたいな思考はやめてほしいですけど」
「身内云々もそうですけど、他人に迷惑をかけない思考を持ってほしいものですね」
他人様に迷惑をかけるんじゃありません。子供のころ母親に怒られたことを思い出す。いまだに他人様に迷惑をかける人生を送ってしまっている青湖。母の名言は棚に上げておこうと思った。
「頼られても困りますよ。私は四組の副担任なんですから。今年は織斑一夏くんのおかげで波各国から素敵な生徒さんたちが送り込まれているんで。こちらはこちらで手一杯です」
「それ全員同じですよ。みんながみんな大なり小なりピリピリとしていますから。イストリャがさっきからペンをカチカチカチカチとうるさいの原因なんですけど」
「なるほど。道理でさっきから妙にイライラすると思ったら」
音の発生源に目を向ければ赤褐色の肌と抜群のスタイルが艶かしい教師が高速でペンをカチカチしている。
うるさいな、と思いつつもスルーで済ます。
「四組は日本の代表候補生の更識が入るらしいじゃないですか」
「更識簪。あの生徒会長さんの妹さんですか。姉みたくぶっ飛んでなければいいんですけど」
「内気です。姉が社交的過ぎるせいでより一層に内気に感じられますよ。それと姉にコンプレックスを抱いているとか」
「完璧が似合う人ですからね姉の方は。身内は大変だろうと思ってましたが、やはり大変なんでしょうね。ボクだったら自信なくします」
「貴方が自信をなくす姿が想像できません」
「確かに。だから何って感じで終われると思います」
「そっちの方が想像しやすいですね。更識妹も受け流せれば簡単だったんでしょうけど」
「どだい無理ですな。織斑先生みたく強いわけではないんでしょ」
「なぜ私を引き合いに出したかは置いておくとして、精神的には弱いと言えましょう。ま、あまり他人の目を気にするタイプではなさそうですが」
「とにかく四組にもトラブルの火種がいるわけですか。副担任も辛い仕事」
担任でないだけマシ。そう思わずにはいられない。
書類を整理し、コーヒーで眠くなりつつある意識を現実に復帰させる。青湖としては苦いものは求めていないが、眠いときは苦手なものでも口にして刺激を与えるのが一番だ。ちょっと不愉快指数が上昇。
千冬はコーヒーに塩を入れるタイプらしいが、青湖は砂糖たっぷりタイプだ。真逆だ。戦争が起きても不思議じゃない。
しかし、青湖と千冬は仲は悪くない。親密でもない。ちょうどいい距離感だ。誰も付き合っているとは邪推しない程度の仲で、二人も互いを気になる異性としての認識はない。そもそも青湖のタイプではない。コーヒーに塩入れる奴は無理。
「ならば山田先生と飲みにいけばいいでしょう」
コーヒーに塩を入れる千冬。見てるだけで口内の水分が奪われていく錯覚を覚える。
「まさしく。山田先生ならウェルカムです。結婚したいですね」
山田真耶。後輩教師だ。まだまだ新米の域を出ない女性教師だが精神面の弱さを無視すれば授業の組み立てが上手く、生徒からも分かりやすい覚えやすいと好評を得ている。
そして最も大事な情報として水泉青湖が恋焦がれる女性であるということ。
「ああ、あのあのあの……嬉しいですけど恥ずかしいですよぉ。水泉先生も変なこと言わないでください」
真耶が好きだと公言する青湖は鋼の精神を持つ。故に本人を目の前にして平気な顔してアピールできる。間違えればセクハラで追放されかねない。しかし青湖はセクハラではないと弁明する。
ちなみに相手が不快に感じればセクハラになる。幸い真耶は嬉し恥ずかしで顔を茹だこのように赤らめて俯いてしまうだけで、決してゴミ屑を見るような目をすることはない。されたら青湖も潔く諦める。
「変なことではないでしょう。山田くんにどストレートな愛を告げているだけでは」
千冬もまた真顔で援護射撃。茶化すわけもなく。
「そうです。ボクは変なことを言ってはいないです。というわけで山田先生。仕事終わったら食事なんてどうです」
青湖。ステータス上昇につき作業効率5割増し。
「ええと、お食事してお家に誘われてそしたらいきなり…………はひゃあ!?」
妄想が行き過ぎて壊れた悲鳴を上げて停止する真耶。千冬が小突くと机におでこをぶつけて気を失ってしまった。
青湖が真耶をノックダウンするのは教員室ではおなじみの光景だった。べったりでもなくじれったいわけでもない関係らしく、やっかみは少ない。ないわけじゃないが。
「山田くん。自分の仕事を片付けてから意識をとばせ」
真耶の持ち分を奪って処理を始める千冬。これもいつもの光景だ。
「山田先生は可愛いですね」
青湖は想い人を一瞥して仕事の処理を続けるのだった。