思えばどうしてIS学園へと入学したのか。
IS学園が好きすぎて心の底からIS学園に入学したいと思って奮起したのか。
答えはノーだ。
ナギにはIS学園に対する魅力などない。あるはずもない。
原作を知っているからこそ魅力がない。
だってイベントごとに襲撃されんじゃん。
毎度中止されるイベントが辛すぎる。
心底楽しめない人生がきつすぎる。
思えば、最初のイベントであるクラス対抗戦は一試合目にして無人機ISの襲撃を受けて終了。一組と二組がちょいちょいと戦うだけでほかのクラスは何もできず、ただ命の危機に晒されただけの誰得イベントだった。誰が得したかといえば一夏の土壇場経験値が上がったことくらいだ。
二つ目のイベントの学年別タッグトーナメントも臨海学校も何もかも襲撃だらけ。穴だらけ警備体制が織り成すデンジャラス学園生活をお楽しみください。
ナギがIS学園への進学を求めていないかったことは確かだ。
だが、現実としてナギはIS学園での生活を始めてしまっている。
原因は母親がしつこいほどIS学園進学を推してきたからだ。強すぎて洗脳されたんじゃないかってくらい最後はすんなりと言われるがままに試験を受けに行ってしまったほどだ。
おかげさまで、初日から楽しい楽しい学園生活の空気を満喫することになる。
まずは幼馴染との再会。
篠ノ之箒が一夏を連れて廊下での逢引。
周囲の野次馬根性に負けじとナギも教室から顔を出して眺める。
「すげーな。どんな返しだよ」
箒の照れ隠し発言の酷さ。思わずツッコんでしまうほどに理不尽極まりない言葉のチョイス。もはや才能だ。
二人の会話に興味をそそられるが、それよりも廊下の人だかりの一角にいる双子の方が気になってくる。顔を真っ青にして膝から崩れ落ちそうになるのと、それを支えて心配そうに声をかけているもう一人。
気になる。
耳を傾ければ、ナギの元に集まる情報はまさかのリア充発言の数々。彼氏持ちなど、彼氏いない歴と年齢がイコールで結ばれているナギからしてみれば呪い殺したくなるほど羨ましい。
かつては男子として生き、そして今は女子として生きているナギは、既に身の心も乙女と化している為に、精神的BLとか男なんて好きになるわけない、とかはもう思うことはない。郷に入っては郷に従え。つまりは完全に女子になったというわけだ。
「リア充いえーい」
「リア充イエーイ」
リア充ハイタッチをかます双子が滅べばいいな。死んでくれればいいのにな。
さすがに口に出せるほど肝は据わっていない。ささやかな抵抗として舌打ちするくらいだ。見方を変えれば一夏と箒の掛け合いに舌打ちしたようにも見える。
予冷が鳴ればイベント終了。
ナギはそそくさと席へと戻り授業の準備を始める。
時間になれば千冬と真耶が入ってくる。
始まる授業に難なくついていく。
入学前に叩き込んだ内容なので苦戦することはない。不本意なIS学園進学であっても入ると分かれば真面目に行くべきだ。入学までの短い期間を遊びを犠牲にして勉強に費やしたナギにこの授業は簡単すぎた。
なので、ナギは暇を持て余して教室真ん中最前列で挙動不審な態度を見せる一夏を観察していた。
全体の中で不審な動きは嫌でも目立つ。隣の女に目移りしたり、捲る必要もないタイミングで参考書を捲ったり。
ああ、分かってないなアイツ。
バレバレだよ、ナギはそう思いつつも見なかったことにしてノートを取る。真耶の解説が分かりやすいな。
挙動不審な一夏は当然なことに真耶の目に留まる。
「織斑くん。どこか分からないことはありますか。なんでも聞いてください。なんだって私は先生ですから」
胸を張って頼れる先生アピールをする真耶。頼れるかは置いておいて先生なのは事実。
何も分からずに途方に暮れている一夏には女神にも見えたのではないだろうか。胸は女神級だし。
「先生!!」
意を決した一夏と嬉しそうに「なんですか」と構える真耶。
「ほとんど全部分かりません」
超が付くほどのエリート校にしてこの発言。最初から分かっていたナギは大丈夫であったが、とんでも発言が響いた教室は静まり返った。
考えろ。その発言がもたらす効果を。あまり変な言葉を使うな、間抜けに見えるぞ。
「……お、おぅ。全部ですかぁ?」
どう反応していいのか分からなくて苦笑いを浮かべる真耶。思いのほか冷静に見えるが、教科書を持つ手が震えている。未知との遭遇に震えているのか、それとも怒りに震えているのか。
ナギ的見解を申し上げるのなら怒りに震えていて、これから圧倒的なバストを利用してボインチョップでもかましてくれればいいな。
「織斑くんの他にこの段階で分からない人はいますか」
もちろんいなかった。いるわけがなかった。
ナギはノートに書いた内容を読み返してみた。内容ばっちり理解できた。
「織斑。入学前に渡された参考書はどうした?」
千冬が口を開く。呆れが含まれた声音だとナギは思った。
ゆっくりと一夏へと近づく姿に誰もが息を飲む。迫力満点恐怖も満点だった。ああ、織斑人生終わるってよ。
「古い電話帳と間違えて捨てました」
原作でも思ったのが、ナギにはどうしてもこのセリフが下手な言い訳にしか聞こえないかった。古い電話帳ならよれよれだろうし、表紙の確認もせすに分厚さだけで電話帳と判断する奴がいるだろうか。それも一夏は家事全般が得意なキャラとして認識されているのだから、なおさらこの言い訳がおかしく感じる。
もしやIS学園入学のショックで現実逃避の一環として参考書を捨てたのではないだろうか。それならまだ納得できるとナギは分厚い参考書を指で突いた。
「必読と書いてあっただろう。それに渡されるときに必ず目を通すように言われたはずだ」
千冬は「馬鹿者」と口にするだけで手は出さない。またしても出席簿アタックはない。ただ、隣の女子が二回目とつぶやいたことにナギはわずかに注意した。隣の人も転生者だったりして、と思ってしまった。
「後で再発行してやる。一週間で覚えろ」
「待ってくれよ千冬姉」
「織斑先生だ。公私混合するな。場を弁えろ」
「わ、わる……すみませんでした。でも織斑先生。あの厚さを一週間以内は」
「無理と言いたいか。時間はあったはずだ。それを無駄にしたのはお前だ。事前に渡された参考書を捨ててしまったのなら、学園に連絡の一つもしないか。そうすればこうはならなかったはず」
「いや、でも」
「そもそも見る気はなかった。答えが見えるぞ。望んでいないと思うのは結構だが、状況は受け入れろ。そして相応の対応をしろ」
「う、分かりました」
「ならばいい。山田先生。中断して申し訳ない」
「いいえ。とんでもないですよ」
「コレに関しては自業自得なので気にせずに授業を続けてください」
「マジですか、ちふ……織斑先生」
「ええと……分かりました」
織斑姉弟のヒエラルキーがよく分かる一幕を終え授業が再開する。
酷い有様だ。ナギの視線の先ではサクサク進む授業に全くついていけずに頭を抱えている一夏がいる。IS学園入学一発目の授業から置いてきぼりを食らった彼が不登校にならないことを祈るばかりだ。
頑張れ主人公。
モブ転生者に過ぎないナギは心の中で合掌して授業に集中するのであった。
授業が終わり一夏がぐてっと机にへばりついていると、一人の女子が優雅な歩みで近づいていく。
豊かな金髪を縦ロールにしたいかにもいいところのお嬢様なスタイルを見せる女子。一夏を見る目は完全に見下していて、昨今の女尊男卑の思想を隠そうともしていない。
遠目から事の成り行きを見守るナギをしても、目の前のお嬢様はいい感情を抱いていなかった。
「ちょっとよろしくて?」
高飛車だ。お嬢様だ。
ナギちょっとだけ感動。初めてみたお嬢様は険悪だけど煌びやかだ。
「ん?」
ぐでぐでな一夏はのろのろと机から体を離して聞く姿勢を取るが、当然ながら受けがいいわけない。ナギとしては一点を加点したいところだけど。
「まぁ、なんですのそのお返事は」
「え、悪い」
「これだから男というのは嫌になりますわ。このわたくしと同じクラスになれただけでも幸運だと言うのに」
嫌悪感をため息と同時に吐き出している。
「まぁ、貴方が態度を改めてわたくしに泣いて縋るのであれば、ISのことを教えてあげないこともなくてよ」
「……あー、そのさ」
「品性のない返事ですわね。しかし、わたくしは寛大ですから許して差し上げますわ。それでなんでしょう?」
「あんた……誰だ?」
「知らない? わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを知らない?」
「おう」
おう、じゃねーよ。馬鹿だろ、正直に言いすぎだろ、傷つくだろ、とナギは頭を抱えたくなった。
原作の一夏よろしく配慮も言葉選びも足りない。鈍感キャラなんて言葉で片づけるには酷すぎる。いくら、両親がいないからって、姉が忙しくて相手できなかったからといって、ここまでの出来になるか。
呆れるほどに対人スキルが低い。
こりゃ朴念仁なんて言葉がかすんで見えるぞ。
ナギは怒りに震え始めるセシリアが不憫に感じられた。特にこんな奴を好きになってしまうところに。
「信じられませんわ。極東にはテレビもないのでしょうか。いいえ、きっとこの男が例外なだけで。でも男なんてどれもこの男みたいに無知で至らない生き物に違いありませんわ」
「テレビくらいあるぞ」
そこじゃねーよ。テレビのところに食いつく一夏のズレた感性はきっとナギだけでなく他の女子のツッコミすら引き出せたのではないか。
呆れてモノも言えないクラスの雰囲気を打ち消すように鳴り響く予鈴に、セシリアは侮蔑の目で「また来ますわ」と言葉を叩きつけて席へと戻っていった。
また来ようとするセシリアの根性に称賛を送りたくなる。ナギなら二度と関わるまいと無視を決め込むものだ。
「なんなんだよー」
一夏がぐったりと机にへばりついた。
「アンタがなんなんだよー、だってーの」
ナギもまた机にへばりついてため息を吐くのだった。