記憶を失くした迷子の物語   作:白昼霧

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第三話 人間と妖怪、時に外来人

 幻想郷。妖怪。

 

 耳に入る単語に憶えも慣れも、全て無い。

 

 この女が何を言っているのかわからない。何者なのかも、何を企んでいるのかも分からない。

 

「なあ、紫、だったか?お前...突拍子もなく俺の前に現れて、一体何が目的だ?俺が知りたい情報をくれるのは有難いがな」

 

 声に含みを持たせて、紫に、ずっと突っかかっていた疑問を投げかける。

 

「藪から棒に何?目的って...暇潰しよ」

 

「さっきから聞いてりゃ『ようこそ』だとか『これから』だとか、まるで俺が、ここの人間じゃないみたいだ。.....一体、俺の何を知っている?」

 

 話の流れから見ても本当に唐突な振りだろう。だが、紫の台詞に違和感を持った途端、それを聞かずにはいられないと悟ってしまった。となれば謎を追求する他はない。

 紫は少年の問いかけに口を噤む。そこへ、少年は立て続けに言葉を繋げる。

 

「俺は今何もわからない。多分()()()()()()()ってやつな。だから、俺がここの人間かどうかすら俺にはわからない。なあ、教えてくれよ。俺は知りたいんだ」

 

 

「....場所を変えましょうか」

 

 

「あ、ちょっ、ちょっと待てよ!」

 

 黙り込んだまま俯いたまま。ようやく口を開いたと思えば、暗い顔で路地を抜けどこかへ歩き始める紫。

 追いかけようと、反射的に両足が動いたが、地面に胡座をかいて座り込んでいたから、足が痺れてしまっていた。つんのめり、肌をまた土で汚す。

 

「痛って...なあ、待てよ!」

 

 人目を気にせず、大声を上げ手を伸ばして人混みを駆ける。人の群れは紫の向かう方向とは逆に波を作って動しているため、簡単に飲まれそうになる。

 

「なに?痴話喧嘩?」「なんだなんだ?」

 

 クスクスクスクス

 煌びやかな洋服を着込んだ女子を追う、小汚い乞食のような風体の少年。祭囃子に負けず劣らず民衆の目を引きつける。

 気がつけば道の端々から俺を笑う声が。羞恥と焦燥から冷や汗が垂れる。

 その女子はそんなことお構い無しに、人群をすり抜けるように前へ突き進む。置いていかれないように精一杯。

 

 

 ───そんな調子を数分続け、人混みを抜けてようやく紫をしっかりと補足したと思えば、たどり着いたのは町外れ。先程までの人気や出店が嘘のようだ。

 

「なんだここ...おい、紫!」

 

 眼前に聳え立つ巨大な鳥居。そして背後には立派な木造の建築物が。

 ()()、恐らくそういう名前だったと思う。

 赤塗りの二柱が紫と少年を出迎える。

 

「お前!よーくもあんな人混みで赤っ恥かかせてくれたなぁ!?」

 

「人の噂も七十五日、よ。着いたわ。...さ、話をしましょうか」

 

 声を荒らげる様子を気にもとめず、華麗に受け流す。紫は悠々と境内を歩き、賽銭箱の横にどっしりと腰を下ろす。

 神域で随分な行いだが、それにつられて自分も賽銭箱に手をやって、紫を再び問い詰める。

 

「の前に、一応、神社に来た理由って教えて貰ってもいいか?人払いってわけならさっきの路地裏でも変わらねぇが」

 

 喧騒に包まれたあの路地裏でも、内密な話をするには十分だっただろう。

 寧ろ、ここの方が聞き耳を立てている輩がいるかもしれないという懸念は多い。

 ならば、紫がここを選んだ理由は?

 

 

「──あら、()()()()()のね紫。獲物は捕まえたの?」

 

 

 その答えを聞き出す前に、どこからか少女のシルエットを想起させる澄んだ声が。

 

「ええ。よかったら貴方もこの話に混ざって頂戴。霊夢(れいむ)

 

 姿無き声に返事をする紫。又それに返事をするように、呼応して正面の襖がゆっくりと開く。

 

「あら、思ったより普通ね。アンタが飛び出していくほどの男、どんなものかと思えばただの人間じゃない」

 

 ...酷評を受けた気がする。

 傷ついた少年の真正面、賽銭箱の後に声の主が姿を現す。

 

 紅白がよく目立つ巫女服を着込み、頭には巨大なリボンを付けた少女。身長からも顔つきからしても、歳は俺と大して変わらないくらいに思える。

 

「っと、俺も歳分かんねぇんだった」

 

 とにかく、幾ばくに大人一歩手前と言ったところか。霊夢と呼ばれたその少女、紫と並べば、その黒い眼と髪がよく映える。

 

「で、紫さんよ....ここまで戻ってきた理由はこの巫女さんか」

 

「ご明察。この子は博麗霊夢(はくれいれいむ)、博麗の巫女で名が通っているわ。人間にも、妖怪にも、ね」

 

「わざわざ紹介どうも。なんとでも言いなさいな、お賽銭払ってくれるならなんでもいいわ」

 

 片手に御幣、お祓い棒を持ち、瞑目しながら悪態めいた口調で鈴緒を掴む霊夢。服の着こなしに真面目そうな印象を受けるが、その口ぶりはどことなし面倒くさそうだ、調子を示すようにからりと鈴が鳴る。

 

「──じゃあ、話を始めましょうか」

 

 

 *

 

 

「私が結界...この世界の防壁に異変を感じたのは、貴方と出会う十数分前の話よ」

 

「それが、俺がこの世界に侵入してきたタイミング、ってとこか?」

 

 話をする内で、ある程度この世界への認識も深められた。

 この世界、幻想郷は外界と結界で隔離された異世界であり、時折何らかの原因で潜り込んで来てしまう人間や動物、文化があるらしい。それらは、総称して幻想入りと呼ばれる。

 

 そしてその結界を管理しているのが紫である、と。

 

「だから、俺が幻想入りしてきた外界人だって分かってたのか」

 

「あんまり(コイツ)の言うこと信じちゃ駄目よ。なんならアンタのこと、無理やり外から引き込んできたかもしれないんだから」

 

 紫の説明に納得を得たと思えば、霊夢が静かに一蹴。これには紫も苦笑いを浮かべている。

 

「いくら何でもそんな不用心な事はしないわ、霊夢。私はいたずらに幻想郷に危険は呼び込まないわよ?」

 

「さあ、どうだか」

 

 霊夢の信頼度ゼロの発言に、紫はどこか嬉しそうに話す。冗談をかまし合うような彼女らの会話を見れば、腐れ縁のようなものなのかもしれない。

 紫は首をこちらに向けて、話の腰を改めて座り直す。

 

「それでも、なかなかその異変の痕跡を見つけ出すことは出来なかったわ。しかもやっとのことで手掛かりを見つけたかと思えば、」

 

「そこにいたのは記憶喪失の木偶の坊だった───か」

 

 つまるところ、紫は結界に起きた異変の確認のために人里に出向き、記憶喪失の小汚い男。つまり俺。

 俺がビー玉で自爆したりすっ転んだりしてる時間を考えても辻褄は合う。

 OK、ある程度状況は把握した。

 

「全く、お名前もおうちもわからないときたら、犬もとい動物のおまわりさんも半泣きだぞ」

 

「何言ってんだか、んでそこの....名無しでいいか」

 

 ここで紫の『貴方』に加え、少年の代名詞に霊夢の『名無し』が追加された。実に安直なネーミングだが、なるほど的確に的を射ていると言えるだろう。

 

「....でもやっぱり適当だなおい。っても、名乗るモンも覚えてねーんだから仕方ねぇけど。なんだ?巫女さん」

 

「アンタ、これからどうするつもり?」

 

 新たな名付け親となった霊夢からは、俺が第一に考えなければいけない問題を提示される。

 

「これから、ねぇ。なんせここは妖怪が闊歩する世界なんだろ?出来ることなら、さっきの街でなんとか宿とって暮らしていきたいとこだけどな。平和そうだったし」

 

 ひー、と軽い悲鳴の真似事をして手刀で首を斬るモーションを表現。

 皮肉と理想論を兼ね備えた嫌味な返答。この短時間で相当いたぶられて因縁付きの紫だけならいざ知らず、ほぼ初対面の霊夢まで前にしてよくもまあこんな口が聞けたもんだ。先刻の紫の忠告もすっかり忘れている。

 

「.....まあ、わざわざそんな事聞くぐらいだ。そうもいかないんだろ?」

 

「察しがいいようで結構──その通り、私達はアンタを人里(あそこ)へ戻すわけにはいかない」

 

 ()()に腰掛けながら瞑目し、これまで大儀そうにしていた霊夢が開眼、声のトーンが突然落ちた。細く鋭い眼光に、心臓を締め上げられる。

 

 空気が揺れる。ギィィと、背後で木枠の大扉を閉められた感覚。

 閉じ込められたと察するのは簡単だった。だが、何故、とは思わなかった。

 

「まるで動じないのね。みっともなくじたばたされるよりかは幾分マシだけども」

 

「想定の範囲内ってやつさ。因みに理由ってのは、聞いても差し支えねぇか?」

 

「控えてもらえると嬉しいわ、それで納得しろってのは少々酷かもしれないけどね」

 

「いんや。そちらさんにもそちらさんの事情がある。あんがとよ」

 

 何のために、紫がここまで俺を連れてきたのか。

 ひとえに話をするため?それもあるだろう。この巫女と会わせるため?まあそれもあるかもしれないな。

 

 だが一番は、この不審来訪者を人里から隔離するためだと思われる。

 

 仮説を立てた。理由は二つ。

 ひとつ、言動予測不能な外界人がここの人間が接触し、いたずらに革新を煽る行動を防止するため。

 そしてふたつ、単純に妖怪側で外界人を管理するため。知識を、理解を、強者で独占するため。

 

 これまでも、これからも。そういうルールで幻想郷は守られてきたのかもしれない。

 

「.....本当に聡明な男、さっきの発言は撤回させてもらうわ」

 

「何もしてねぇのに評価上がったか?まー、これで野営が決定した訳だが...ここら辺でも、人を襲うような妖怪とか出んの?」

 

 肌を撫でる夕風に鳥肌立つ。空を見れば蒼穹は、はるか空の端へ追いやられ夕焼けに染まっている。

 

「呑気なものね。ホントに異論も無いの?」

 

 紫は予想外を全面に打ち出している。

 

「んー。強者には従え、弱者らしく生きろ、ってか?逆らってもいいことないんだろ。んで?」

 

 一度境内をぶらぶらと、鳥居の辺りまで戻ってみるが、やはり見えない壁が。嘆息気味にノックする。割と軽快な音が響いた。

 

「答えはNoね。霊夢がいれば、おおかた安心だから」

 

 目の前の、紫の返答と胴の前に出された×印に、胸をなで下ろす。

 まあ、言うほどそんなに心配はしていなかったが。しかし寝首を神出鬼没の化生にかかれる、なんてのは御免被りたいからな。

 

「──でも、そこらで寝泊まりするつもりなら黙認するわけにはいかないわね」

 

「....は?って、おまっ」

 

 背後から声が。慌てて振り返ると、さっきまで距離を開けて正面に立っていた紫が、そこには立っていた。

 

「そう、勝手に野宿なんかさせないわよ。アンタの生殺与奪は私が握らせてもらう」

 

 そこへ、霊夢が真正面へ回り込む。後にも先にも逃げ場はない。

 

 つまり、挟み撃ち。

 

「.....おいおい、物騒な話だな」




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