今日は雨だった。
朝から天気予報でそう言っていた。
俺にとって雨は憂鬱の対象だ。なぜかと問われれば、もう理由は一つ。
「はぁ、夢乃にカッパ着せるの面倒クセェ。」
いつもと変わらぬ日が終わり、放課後やっぱり寝ている彼女。いつもと違うのは外に見えるのが夕陽ではなく分厚い雲と土砂降りの雨ということぐらいだ。
普段から大変なのに一手間加えなきゃいけないというのは…。
広めの傘は持ってきているが幾ら何でも背負っている彼女を全く濡らさずに帰るのは不可能なため、予防策として着せている。
ただ、立ったまま寝ている彼女はいつ倒れてきてもおかしくない。それを支えながら、カッパを着せるのは割と大変だったりする。
憂鬱に思っていた時、天の助けがやって来た。
「よう、康助。ねむ子にカッパ着せるんやろ。手伝うで。」
「リツ!助かる。」
橋下 莉津華。
俺の数少ない女子の友人であり、何より夢乃の親友。俺が体調を崩した時、夢乃を任せることのできる人間は今の所彼女しか思いつかない。
健一はいくら夢乃が懐いているとは言っても…いやむしろ懐いているからこそ、その…安心できない。
まぁとにかく、これ以上頼もしい援軍はない。
カバンのの中からカッパを取り出し、莉津華に渡し、いつも通り夢乃を椅子から立たせて支える。その間に莉津華がカッパを着せる。
普段の半分くらいの時間で着せ終わった。やはり二人いると違う。
「ほんとありがとう…助かった。」
夢乃を背負いながら礼を言う。
「いやぁ、かまへんよ。それよりいつもは手伝えんでごめんなぁ…」
そう言って申し訳なさそうな顔をする莉津華。だが俺としてはたまにでも手伝ってもらえるだけありがたい。それに彼女の事情も多少は知っている。
そこでふと…
「そう言えば、リツは今日は良かったのか?早く帰らないで。」
彼女は普段、仕事で帰りの遅い両親の代わりに下の兄弟達の面倒を見ている。
なのでいつもは学校が終わり次第すぐ帰っているのだが…。
「ああ、昨日から婆ちゃんが来とるんよ。やから急いで帰らんくても面倒見といてくれるねん。」
嬉しげにそう言う莉津華。
まぁ、彼女は普段働きすぎなのだ。たまにはゆっくりする日が無いと駄目だろう。
そしてそんな貴重な休みの時間を夢乃の世話に使わせてしまった事に罪悪感を覚える。
「すまんな…貴重な休みに手伝わせて…。」
そう言って頭を下げると…
「いや、なんで謝るんよ⁉︎ウチは親友の世話しただけやで。そんなん苦痛になるわけ無いやん。むしろ可愛い眠子を久々に世話できて嬉しかったわ!」
夢乃の方を笑顔で見つめながらそう言う。
「…ありがと、りっちゃん。」
…起きてたのか。と言うかよく気が付いたな。寝起きの夢乃なんて寝てる時と大差ないと思うのだが…。
「おはよう、夢乃。たまには歩いても良いんだぜ?」
まあ答えは分かっているが一応言っておく。
「…ん。…じゃあ…玄関まで。」
…今、なんと?
「すまん、夢乃。お前今、なんて言った?」
「…玄関まで…歩く。」
衝撃が走る。隣を向くと莉津華も驚愕の表情をしていた。
「な、なぁ?夢乃、俺の聞き間違いじゃなかったら、今歩くって言ったか?」
「…ん。」
聞き間違えでは無い。頰をつねってみても…痛い。夢じゃない。
背中から重みがとれた。
振り向くと、夢乃が…自分の足で立っていた。
「…どした?」
呆然としている俺たちを見て、不思議そうに首を傾げる夢乃。
俺は莉津華と目を合わせる。すると彼女も頷いた。きっと考えている事は同じだろう…。
「「明日も雨か…。」」
見事にハモった…。
そんな俺たちの様子に夢乃はまた不思議そうに首をかしげるのだった。
…。
そんな一大事が起こったが、三人で雑談をしながら廊下を歩く。学校で二人と話すのは本当に久しぶりで、新鮮に感じた。
階段も普段より楽に降りることができたし、玄関でも靴を履かせずに済んだ。普通のことに感じるかもしれないが、俺にとっては数年ぶりの事だった。その後も自分から背中に乗って来てくれたおかげで随分楽だった。あとは夕陽でも出ていてくれたら完璧だったのだが…まあ贅沢は言うまい。
…。
帰り道、今日はグラウンドもびしょ濡れで、当たり前だが運動部の影はない。
「…寝てもうたな。」
「そうだな。」
背中から気持ちよさそうな寝息が聞こえる。だがさっきまで起きていた事を考えると彼女にしては頑張った方だと思う。
「いやはや、それにしてもやっぱ眠子はかわええなぁ。」
そう言って莉津華はすっかり寝ついた夢乃の頬をつつく。
「ああ、本当にな…。」
ため息が一つ。
「康助。まだ眠子に告らんの?」
「ッ!」
突然そんな事を言われ、硬直してしまう。
「…まだだよ。まだだ。まだダメだ。」
「…ふぅん?」
莉津華も立ち止まって探るような目で俺を見つめる。
静寂。雨の音だけが響く。
…。
先に口を開いたのは莉津華。
「なぁ、康助。なんで今日夢乃が起きたか、分かるか?」
質問の意図が分からなかった。ただ分かるのは、彼女は試していた。証拠に、彼女は背中で寝ている少女を“夢乃”と呼んだ。普段は眠子と呼ぶ彼女が。
少し考える。…分からない。
「…そうか。」
俺が答える前に、もう分かったという語調で。
「鈍ちんめ…。」
ボソッと何かを言ったが、雨の音にかき消されて聞こえなかった。
「ほら、行くで。」
そのまま踵を返し、校門へ早足で歩き始める。俺はしばらくそれを見ていたが、すぐに我に返って追いかける。
いつもと違う、変わった放課後だった。
一日としては大差ない日。けれど、確かに大きな違いがあった。
俺たちは変わって来ているのかも知れない…。
漠然とした不安が募る。
変わってしまったら、どうなるのだろうか。今の幸せは、どうなってしまうのだろうか。
想像もしたくない。今の幸せを壊したくない。
ふと立ち止まり、空を見上げる。
そこに夕陽はなく、ただ黒く分厚い雲が重々しくあった。
それを見ていると、不安は更に高まって行く。
先を行く少女、背中にいる少女。
俺は祈る。
どうか今この幸せな日々が、変わらず続きますように…。
いつも通りの帰路。水を吸った靴がひどく重かった。
どうも、おはようの方、こんにちはの方、こんばんわの方。作者のみかん箱@黒歴史です。
2話とある雨の日、楽しんで頂けましたでしょうか。もしそうなら幸いです。
なんとかG.W.中に書き上げられました。普段はこんな早くは書けないと思います。
さて、前回の題材は「二人のあまり変わらない日常」でした。ですが今回は彼らにとってはいつも通りと言い難い日の話です。このお話は一話で完成するものではないので出来れば長くお付き合いして頂ければと…。まぁ、取り敢えずは完結が目標ですね…。
前回を読んでくださった方も今回をチラ見してくださった方も本当に有難うございます。
よろしければ感想、ご意見を書き込んでいってください。今後の励みになります。
それでは、また出来れば次回…。