今回は過去回です。
6話 追憶の“あの日”
小学校三年生。それは周りとの違いを意識し始める頃である。故に違いに対して敏感になりイジメと言う形になりやすい。
白雪夢乃という少女は良くも悪くも異質だった。人よりも勉学が得意。人よりも運動ができる。顔の良さもまた要因の一つだったのかもしれない。けれど何よりも、表情の機微が小さく何を考えているのか分からない。それが大きかった。
人は分からないものを排除しようとする生き物だ。故に彼女が環境変化によるストレスの捌け口になるのは必然だったのだろう。
最初はクラスの数人が、次にそれに便乗してクラス全体が…そしていつの間にか学年全体が彼女の排除に動き始めた。
彼女の友人達は俺を除いて全員離れていった。集団の力と言うものは本当に恐ろしいものでいつの間にか先生すら彼女の味方をやめた。
そうやって精神をすり減らした彼女は学校に来ることすら出来なくなって…。
「…また寝てる。」
彼女は一日のほとんどを寝て過ごす様になっていて、会話ができるのも稀だった。それでも俺は毎日彼女の元へ通い続けた。
心配だったと言うのもあるが、こんな状態になっても何も出来ない罪悪感。それが一番だった。近くに居たはずなのに、結局は無力で…守る事はおろか寄り添うことすら出来ていなかった…そんな自分への嫌悪感。
何かに苦しむ様な彼女の寝顔を眺めながら、「何故あの時ああしなかった…」と言う不毛な後悔ばかりを思い、無駄な時間を過ごしていた。
「なあ、お前あいつの事好きなの?」
大して仲良くも無いクラスメイトの奴からの言葉。最初は流していた。けれど…
「あんな何考えてるか分かんない気持ち悪い奴、どこが良いんだよ。」
鈍い音が教室に響く。音源にいたのは固く拳握りしめた俺と、頰を抑えて呻く男子。
口より先に手が出る、と言う言葉の意味がハッキリと理解できた。人も所詮動物で、怒りが頂点に達したときに理性は獣性に隠れるものなのだろう。
「お前にあいつの!夢乃の何が分かる!」
その言葉が皮切りだった。ただからかうだけで済むはずもなく、俺は夢乃に代わって彼らのストレスの捌け口となった。
もちろん暴力生徒を庇う教師はいない。俺は孤立し、いつしか心もボロボロになっていた。
そんなある日、いつも通り彼女の部屋に入ると珍しく彼女が起きていた。
「久しぶり、こーちゃん…。」
「おう…。」
最初はただ雑談をしているだけだった。けれど、彼女が俺の学校生活について訊ねてきた時、決壊した。
俺は今俺に起きている全てをぶちまけた。怒りのままに怒鳴り散らした。
その挙句…
「全部、全部お前のせいだ!」
自分勝手なその言葉。
未だにその時の彼女の顔を忘れられない。滅多に感情を顔に出さない彼女が、久しぶりに見せた感情。傷ついたと言うよりも申し訳ないと言う感情の方が強い、そんな顔だった。
そして…
「夢乃が…家出…?」
「…ええ、朝起こしに行ったらいなくなっていたらしいの。」
嘘ではなかった。そんな嘘、吐く理由もないしまず冗談で口にして良いことでは無い。
当然探しに行こうとしたが親は学校に行ってこいとだけ言って探しに行ってしまった。
「俺の…せいだ…。」
幼心でも理解出来た。確かに溜まっていた物はあるのだろう…けれど結局は俺の言葉が皮切りに爆発してしまったのだ。そう思ったら、大人しく学校なんか行っていられるわけなかった。
俺が初めて学校についた嘘。
「風邪を引いたので休みます。」
今思えばあんな元気な声でそんなこと言われても仮病だとバレるだろうに…でも俺を取り巻く環境が作用したためかあっさり認められた。まあその環境が全ての原因な訳だから感謝はしないが。
それから俺は走り回った。心当たりのある場所をとにかく探していった。いつもの河原、小さな寂れた公園、肝試しに行った墓場…。とにかく人の少ない場所を探し回った。行ったことがある場所をしらみつぶしに探した…。だが夢乃は見つからず、もう親に任せようかと、そう思いながら空を見上げ…
夕陽が目に映った。
「…あった。」
その光景がきっかけ。故に思い出す事ができた。
閃いた一つの思い出。夕陽が照らす海の光景…。きっと親では見つけられないであろうその場所。
それからは一心不乱に走って、走って…竹藪を抜けて…崖。
「…待ってたよ…こーちゃん。」
そこには美しい少女がいた。
夕陽に照らされ、どこか幻想的でどこか切なさを覚える…その少女。
「…やっぱり、ここだったか。」
この場所は本当に小さかった頃、夢乃に連れられて町の探検をしていた時に見つけた場所。あの日も夕陽に照らされた海を眺めていた。だからだろうか、夕陽は色々な思い出の宝箱なのだ。
「よく…分かったね。憶えて…たんだ…。この場所。」
「いや、正直に言うと忘れてた。だけど思い出したから来た。」
誤魔化しはしたくなかった。いや、誤魔化すなんて器用な真似は出来なかった。
「ふ、ふふふ…そう言うこと…黙ってれば…良いのに…。」
心底愉快そうに笑う彼女。本当に久しぶりに見た、彼女の笑顔。白雪夢乃という少女は、夕陽に照らされた笑顔で、俺を隣へ来るよう誘う。
神話や物語とは、この感動から出来るものなのでは…本気でそう思う程の光景。誘蛾灯に誘われた虫の様にフラフラと彼女の元へ吸い寄せられていく。
「あのね…こーちゃん。私…怖い…。」
「…怖い?」
海に沈んでいく夕陽を眺めながら、夢乃はポツリ…ポツリと語り始める。
「私にとって…こーちゃんは…大事…。だから…怖かった…。私の所為だって…嫌われたって…。私の…隣から…みんな離れてった…。だから…こーちゃんも…離れて行くって…そう思って…。」
嗚咽が漏れる。
イジメを受けても決して涙を流す事のなかった彼女。けれど今は、喪失への恐怖で涙している。
俺の存在が彼女の中でそこまで大きくなっていた事に驚きを覚えながら、けれど不謹慎だが、同時に喜びもあった。
「…大丈夫だ。」
そう言ってそっと手を握ってやると、驚いた様子で見つめてくる。
「夕陽に誓ってやるよ、俺はお前の側を離れたりしない。お前が逃げたくなったんなら逃げればいい。迎えに行ってやる。お前は寝てれば良い、世話は俺が焼いてやるからさ。」
「こーちゃん…。」
俺の誓いのせいか、いよいよもって涙が止まらない夢乃。けれどその涙は、決して冷え切った涙では無くなっていた。
******
帰り道、夢乃の要望で手を繋いだまま歩き続け…すっかり暗くなりかけた頃、俺たちは家に帰り着いた。そして叱られた。それはもうこっぴどく。特に俺、何故か学校をサボった事がバレていて散々に叱られた。
それからこれまた夢乃の要望で俺は彼女の家に泊まることになった。ほぼお隣といっても良い距離の家に…だ。まぁ実はこれが初めてでは無いのだが。
「ハァ…疲れた。」
風呂も上がった俺は夢乃の部屋に居た。もちろんやましい気持ちなど持ち込んではいない。無いったら無い。
「ふふふ…お疲れ…。ありがと…ね?」
「いや…俺が悪かった部分も大きいから…。」
と言うか夢乃は全く悪くない。俺は責められこそすれ、感謝される道理はない…のだが、やはり夢乃は夢乃なのだ。どこまでも分かりにくいが、どこまでも優しくてお人好し…。
だからこそ俺は、彼女への理不尽に怒ることができた。
「さて…と、じゃあそろそろ俺は寝るから…。」
そう言って立ち上がろうとすると、寝間着の袖を掴まれた。
「…夢乃?」
「もうちょっとだけ…ここに居て?」
上目遣いにそんな事を言われたら、揺らがない男子はいないだろう…。
仕方なく夢乃が寝るまで部屋にいることにした…のだが、気が付けばそのまま寝ていたらしい。朝起きたら俺の足を抱き枕にして寝ている夢乃の姿があった…。一体どんな寝方をしたらこうなったのか…。疑問は絶えない。
お久し振りでございます。蜜柑箱@黒歴史です。
今回はちょいちょい話に出てきていた“あの日”についての話です。相変わらず拙い文章力ですがこれからも生暖かい目で見守ってください…。
さて、ついに次話で序章の終了です。やっとほのぼのした毎日がやってくる…はずです!
相変わらずの不定期更新ですが長い目で見守ってください。あと感想、ご意見は相変わらずお待ちしています。酷評でもなんでもいいので是非書いてやって下さい!