四国安全都市宣言シリーズ第三弾。
もしも、のわゆの若葉ちゃんが老衰で死んだその時不思議な事が起こったら。そんな妄想話です。
いわゆる逆行系というやつで、勇者であるシリーズのネタバレが含まれております。


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 四国安全都市宣言シリーズ第三弾。
もしも、のわゆの若葉ちゃんが老衰で死んだその時不思議な事が起こったら。そんな妄想話です。いわゆる逆行系というやつで、勇者であるシリーズのネタバレが含まれております、ご注意を。
あと申し訳程度ですが、Fate/GrandOrder要素があります。

 ゆゆゆシリーズを汚すな。ネタバレ止めろ。 激しく同意な方はブラウザバックをお願いします。この作品は妄想で出来ております。










RACE IS OVER

 

―例えばこんな乃木さん―

 

 

 

 

 ―――空へと進み往くあの人を、わたし達は眼に焼き付けていた。

 

 この戦いが始まってから、あの人が振るう大刀の刀身をしかと見た者は誰もいない。勝負は鞘の内という言葉が居合使いの極意にあるらしいが、抜かなければ物理的に斬れないのに、これは不可解な事だった。

 

「我が心は不動」 

 

 鳥のように飛び立つ、あの人を奮い立たせている物は一体何なのか。

憎悪か、悔恨か、憤怒か、執念か。あるいはそのどちらでもないのか。

 

 鞘に納まったままの刀と、進み続ける背中、そして赤い太陽光しか見えないわたし達にはそれが何なのか、多分一生判らない。

 

「しかして自由にあらねばならぬ」

 

 あの人は死ぬつもりなのか、生きるつもりなのか。帰って来て、くれるのだろうか。

鳥が太陽に届く事は有り得ないのに。

 

 

 ――――ページが途切れる。ノートを仕舞う。

黄色い髪の親友が何か言おうとして、顔を上げた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 神世紀72年 10月31日 

 

 …眼を覚ますと、私は寝床から起き上がっていた。

老骨に鞭を打つとは言うが、まさか実体験という形でその意味を知ろうとは思いもよらなかった。

 

 大刀を手にし、刀礼を行い庭先に出る。

70年以上前から自身に課し続けている『日課』を、今日もこなす為に。

 

 今日は良い朝焼け模様。足裏に触る玉砂利地面が、相変わらずとても心地いい。ひなたに無理を言った甲斐があったな。

 

「……――…」

 

 正座をして、呼吸を小さく、少なく。聞こえてくる風の音や誰かの物音、目蓋の開閉といった外界音、自分の脈拍、心臓の鼓動、それらを閉じる。

 

目は半眼。

 

「…………―――」

 

そんな静謐の間合に我が信念を落とす。

 

「―――決して忘れない」

 

 鞘鳴りの音も、鍔鳴りの音も無く。居合抜刀の短い風切り音だけが身体に響いた。

天敵が居なくとも、これだけは続けている私の『日課』。

 

「……ひなた、千景、友奈、球子、杏、白鳥さん、藤森さん…」

 

実はそろそろじゃないかと思うんだ。そっちに往く『時』が。

 

「・・・・乃木卿」

 

「―――」

 

 この歳になっても、私は耳だけは良いままだった。背格好や顔はよく見えないが、声の主はどうやら若者らしい。 ……って、こんな年寄りの最期に?

 

私は声の方角に身体を向けた。

 

「何かね?」

 

「久方ぶりに起床なさり、生大刀を手に取り何をと思いましたが、成る程。見事なお手並み。僭越ながらわたくし、感服致しました」

 

「そういう君は剣の覚えがあるのかね?」

 

「大赦の人間として嗜む程度には、ですが。乃木卿の剣腕には遠く及びませぬ。『剣術無双』の勇名は、今もこの根ノ国中に轟いております」

 

「…この歳になると、そんな世辞でも嬉しくなるものだ」

 

「世辞ではございません。 わたくしの本心でありますれば」

 

「この婆の剣に、か?…………本気のようだな。 君、名前は?」

 

「失礼。 三ノ輪と申します」

 

「下の名は?」

 

「あかがねと申します」

 

「三ノ輪銅か、良き名だね。 では子供には銀と付けるのか?」

 

「申し訳ございませぬ、乃木卿。こればかりは産まれてみなければ、・・・・何と返答したものか」

 

「良い良い、冗談だ。―――どれくらい眠っていた?」

 

 この前起きた時は、もうちょっと暑かった。

今はこの腕のように皺だらけの枯れ木と、落ち葉がかろうじて見える。

 

「ひと月になります。 ご壮健何よりで、」

 

「皆は順調かね?」

 

若人達は大丈夫だろうか。

 

「・・・・・はい。乃木家の御方々は磐石。上里、高嶋、土居、伊予島、鷲尾、赤嶺、東郷等のお歴々もまた、この国に変わらずの奉公をなさっています。新参ながら我が三ノ輪家も、その末席を汚しておりますれば」

 

「そうか。では安泰だ」

 

「皆、乃木卿から教えを受けた者達です。今以上に、この根ノ国を盛り上げてゆかねば恥というもの」

 

 不意に、気管に息が詰まった。溜め息を一つ。咳も出たが、いつもの事だから気にしない。

 

「…そうそう、生大刀の事だが乃木の家に安置させておいてくれないか。いざとなれば、振るっても構わないと」

 

「―――はい」

 

「さてそして、……我が家がなんとなれば、君の家の者にも振るう事を許可しよう」

 

「不敬と存じます。何卒ご容赦を」

 

「他ならぬ私の言葉だ。乃木の者でも他の誰でも、違える事は許さない。証文は書いておくから気にするな。ありがたく受け取っておけ」

 

 懐から藁半紙を取り出し、一筆。老いと期待で最後の文字はひどく乱れてしまった。―――歳を取ったな、私も。

 

「そのような・・・・」

 

「うん?」

 

堪えきれなかったのか。雫が、地面を濡らした。

 

「そのようなご遺言の如き物、わたくしには、受け取れませぬ!」

 

「正真正銘の遺言だから受け取らなくちゃならないんだ。まだ若い君が」

 

「弱気なッ!何を弱気なッ!!! 無礼を承知で申し上げます、・・・それでもあの乃木若葉様ですか!!?」

 

「ここまで無礼だとかえって気持ちが良いね、続けて?」

 

見つめる若者の両拳が、ぎしりと締められた。

 

「かのバーテックスを相手取り!その唯一の生存者である勇者・乃木若葉様!!この国で貴女様を知らぬ者はおりません!!!」

 

「…………」

 

「勇者でありながら大赦の運営補佐しかり若手の育成しかりッ!!乃木卿が成した功績は、必ずや子々孫々にまで語り継がれましょうぞ!!」 

 

「………」 

 

「決して驕らず、常に自己鍛錬と前進を己に課し!剣の腕は並ぶ者無し!!『剣禅一如』なるそのお心はッ何人にも乱されず! 我々常人は、そのお姿を見聞きし育ってきたのです!!!」

 

「………あ~、…その、」

 

「特に武を志した者ならば!貴女様の武勇伝を糧に修業に明け暮れた者は正に浜の真砂ッ、」

 

「こ、……小っ恥ずかしいから止めないか!!」

 

「は!? し、失礼を!少々熱くなってしまいました・・・」

 

「敬ってくれるのは嬉しいが、そこまで語れとは誰も言ってないとゆうに!」

 

「・・・・面目次第もございません」

 

「―――全く。 ?」

 

 おや?と思ったのは笑いが漏れたからだった。この鉄面皮、そして常に閉じているこの口から笑い声が出るとは。

 

ああ、今日は良い日だ。

 

「なぁ三ノ輪銅。 人生には命の使い時ってのがある」

 

最期の教えを教授するには、とても良い。

 

「・・・はっ」

 

「何回かあるそれは、生を謳歌している時には分からない。死ぬ時になって初めて、あの時がそうだったんだって分かるものだ。

――――年寄りの戯言だって顔しているね?」

 

「滅相もありません」

 

「ふふ、年寄りの話は聞くもんだ若いの。これが最期だからね。―――気合、根性、魂。 言葉は何だっていいが、今私はそれらを発揮していた時を鮮明に想いかえしてる。満足は、…………まあいいか。 つまり、」

 

「・・・ここがそうだと?」

 

「ああ、そうだ」

 

 千景。

 

ひなた、友奈、球子、杏。白鳥さん、藤森さん。………私は忘れていないぞ。

 

今も、今も。

 

だって、

 

「私達はな、君達現代人には信じられないモノを見てきた」

 

「・・・」

 

「天から降ってくる異形の星々、根を焼く光冠。それに抗い、友の為家族の為、大切な何かの為に闘う勇気の炎を見た……」

 

―――手を握られた。

 

「それらは全て『時』が来れば失われる。雨の中の、涙のように」

 

いやに恥ずかしい。

 

「あいにく今日は快晴です、乃木卿。これからもずっと」

 

「私の心はずっと雨さ。あの日から」

 

かきくらし 時雨るる空をながめつつ 思ひこそやれ神なびの森

 

「その『時』が来た」

 

 ―――勇者・乃木若葉。

西暦の生き残りにして、バーテックスを見た最後の人間がその日散った。生大刀を手放すことはついに無く、たった一人の従者だけに看取られ、正座のまま人生を全うしたと云う。 

 

 寂しげな最期とは裏腹に、一所懸命な子供のような笑顔を浮かべていたと、三ノ輪家には秘して伝えられている。

 

 

 

 

 

 

「――――あれ?」

 

 気が付くと、私の手には生大刀。声は軒昂、目も見える。腕はいやに瑞々しい。

 

…死んだら全盛期の姿になって彼岸に向かうという都市伝説は、どうやら本当であったらしい。――では果たしてここがあの世なのか。ひなたは、皆は居るだろうか? 

 

「ここは何処だ?」

 

「地球よ。 よく来たわね、乃木さん」

 

「………何だと?」

 

この声は。

 

「―――千景?」

 

「どうしたの? 敵が攻めて来てるっていうのに呆けるだなんて、勇者としての自覚が足りないんじゃない?」

 

私を守って死んだ、綺麗な黒髪のあの戦友。郡千景。

 

「戦いのショックでおかしくなったか? 相手はただの塵芥だ!どうってことない!」

 

「でも敵は恐ろしい相手ですよ? タマっち先輩」

 

「タマに任せタマえッッ!!!」

 

死が二人を別つまで、姉妹のように仲が良かったあの戦友。土居球子と伊予島杏。

 

「…妙ですね、敵の進行が穏やかにました。時間稼ぎでしょうか?」

 

「怖いかクソッタレェ!当然だよ!! 現役勇者の私達にバーテックスが敵うもんか!!!」

 

誰よりも、勇気と優しさに溢れていたあの戦友。高嶋友奈。

 

「試してみましょうか?高嶋さん。 二人でやっつけましょう…!」

 

「行くぞー!ぐんちゃん!!」

 

「―――な、何だこれは。 一体全体どうなって……?」

 

 どうもおかしい。この風、この肌触り、大昔に体験したあの戦場そのものだ。球子と杏が散ったあの日の一大決戦。 そう考える私を他所に。勇者各員、敵の迎撃を開始。

 

 ―――あ!そうか! これは夢、もしくは走馬灯だきっとそうだ。そんなモノが世の中にはあると聞いた事がある。死に往く私はそれを見ているんだ。

 

だって死んだら過去に行きますだなんて、古臭いB級映画みたいじゃないか!

 

「―――ちょっと。見て分からないの? ここは現在絶賛プランDよ、乃木さん。いつも通り敵は多勢でこちらは無勢。だからそこに立ってないで早く参戦してもらいたいんだけど」

 

「……ピンチって事か。千景、援軍は?」

 

「一体何言ってるの?そんなモンないわよリーダー。 私達は最初から片道切符の、」

 

「危ないッ!新型バーテックス現出!直上ーーーッ!!!」

 

 杏の声を聞いたその刹那、誰かの両手が勝手に動く気配がした。刀の柄に、鞘に、そして敵に。

 

「………、え?」

 

刀身の根元、ハバキを鯉口に納める。

 

「? ……新型バーテックスは何処だ!? 杏ッ!!」

 

「へ? い、いえ、あの……」

 

 ……妙だな。こと戦闘において、私が知る限りあの伊予島杏がうろたえた事は無い。いつ如何なる時でも分析を忘れない心強い旧友の顔は、強い動揺に満ちていた。

 

「ねえ乃木さん。 ――いつ、抜き打ちしたの?」

 

? いつって何の事だ? 

 

「乃木さん」 

 

「そんな事より、皆防御体制を。あの新型の化け物は今の我々では互角に太刀打ち出来ない奴ばらだ。 まずは防備を固める!」 

 

 そいつによって私は戦友を二人も失ったのだ。かけがえの無かったのに。無二の友達だったのに。 

 

だから今度こそは―――

 

「だから…………、乃木さん。 何でそんな敵を、あなたは両断出来たの?」

 

 下を指差す千景にそう言われ、ふと瞳を下げると化け物の死骸がそこにはあった。大きいな。そして、気持ちの悪い事だ。

 

―――これを斬った?私が?

 

「え、いや、………よく分からん。年の功、かな?」

 

「私の方が年上よね? 乃木さん」

 

 私が千景に嘘を言う訳がないのだが。・・・・ともかく状況を整理しよう。半眼でいつもの『日課』のように周りを見渡すと、仲間達に負傷者はいないようだった。

 

 球子も杏も無事な様子。間に合って良かった。あの時は守れなかったから。

蠍のような尻尾を持っていたバーテックスの残骸を粉微塵に斬り潰し、私は安堵した。

 

「ッ!? バーテックス、依然増加中!!!何て数………」

 

「下がれあんずッ!!」

 

「タマっち先輩!?」

 

 球子が杏をかばう様に前へ出た。何故なら彼女は唯一の盾持ちで、杏は遠距離支援タイプの勇者。依然苦境である現状を、盾持ち(スキュータ)であるのならば全力で切り開くしか道は無い。

 

 宿す想いは一つ。大切な人を守る事。その為なら、この命が燃え尽きるとも惜しくは無い。悲壮な決意。絶対の意志。

 

「若葉ッ、作戦は!?」

 

―――だけど。

 

「その前に球子。 ここは何処だ?」

 

「また何言ってるっ!?」

 

「ここは何処だと、ここには誰がいると聞いている」

 

「? ここには…………、」

 

 血走った目玉を横におくる球子の瞳の中には、杏が映っていた。四国の大地が、千景が、友奈が、私が映った。

 

球子、お前は一体何処にいる?

 

「……、皆がいる。 ここは皆の、タマ達の居場所だ」

 

「流石は勇者。落ち着いたみたいだな」

 

深呼吸を一つ。クールな眼差し。勇者・土居球子は頷いた。

 

「ここを守る為には戦わないといけない。そして戦場は、カバー命だ」

 

「連携力ってことだね? 若葉ちゃん!」

 

「ああ。私達はたった五人しかいない勇者。戦って、ここを守って、仲間を守る事が出来るのは私達しかいないんだ」

 

「何を今さら。 当然じゃない、乃木さん」

 

「落ち着いて、視野を広くって事ですね。若葉さん」

 

「よし、気合充填!あんずも!皆も!!タマに任せタマえ!!!」

 

「皆さんも、タマっち先輩も。―――私が守ります!!」

 

「ぐんちゃん、皆。………背中、お願いしていい?」

 

「勿論よ、高嶋さん」

 

「心強いとはよく言ったものだな。―――作戦内容は、一対一をではなく五対一を何百回何千回。往くぞ皆!!!」

 

「応ッ!!!!!」

 

一対一では負けるかもしれない。二対一では難しいかもしれない。

 

三体一では厳しいかもしれない。四対一では油断するかもしれない。

 

 ・・・五対一では、

 

「負ける気がしないわね」

 

 

 

 

 戦いは一進一退を繰り広げていた。

進化体よりも巨大なバーテックスを屠ったのが、功を奏したのかもしれない。皆は私が斬ったと言っていたが、当の私は全く知らぬ存ぜぬ。

 

いやだって、覚えていないものは仕方が無いだろう。

 

 …様々な敵を斬り殺しながら、私には分かった事があった。それは敵が学習してきているという点だ。少しずつだが、奴らは私の斬撃を予測して行動し始めている。 不様に地を這い蹲るだけな人の剣と技を、もう見たと。飽いたと。

 

「……そう、か」

 

―――そうか。解ったと言ってるのか、その顔は。

 

「…飽きたのか」

 

捕捉したのか、この太刀を。

 

「見えたのか」

 

見切った。 とでも云うか化け物が。

 

「抜かすな」

 

 私の剣を見切ったと? 不可能だ。人間を超えて生まれた貴様らには、もう不可能なんだ。

 

人の剣術を理解する事は!

 

「勇者は、負けない」

 

 互いに頼り、互いに庇い合い、互いに助け合う。一人が五人の為に、五人が一人の為に。だからこそどんな所でも生き残れる。敵を斬れる。

 

「…勇者は負けない」

 

この想いを失わない限り、手放さない限り、

 

「勇者は負けない!」

 

 裂帛の、今も聞こえる仲間達の声に耳を傾ける。私は良い友を持った。これが、今際の際に神樹様が私に見せている夢だったとしても。

 

本当にそう思う。

 

「…………、太陽」

 

「え?」 

 

「―――ぐんちゃん?」

 

瞬間、私の間合に歪な熱気が侵入した。

 

「乃木さん。 ここから先はわたしが先頭に立つ。皆は周りの雑魚をお願い」

 

 七人に増えた千景が天に向かって吶喊しようとしている。 そして私は見た。それは彼誰時にのみ見える陽の色。赤く、どす黒く燃える炎の化身。

 

古来から我々人間が仰ぎ見る、太陽だった。

 

「千景」

 

襟首をむんずと掴む。私の友を、死の端から掴み上げる。

 

「ッ!?!」

 

 責任感の強い彼女の事だ。超長距離から放たれたあの偽の太陽を、何とかして逸らそうとしたのだろう。

 

 千景の切り札、精霊・七人御先は強力だ。自分が七人に増え、その七人全員を同時に消される以外に負けは無い。

 

 ・・・・どんなに強大な敵が相手でも、七人いれば何とかなるかも。

七人で当たれば、その命全てで当たれば、犠牲は最小で済むかも。

 

「これがベストよ、乃木さん」

 

「それは悪手だ、千景」

 

そう、それでは駄目なんだ。

 

「わー、すっげー…。七人分の千景をとっ捕まえやがった」

 

「今日の若葉ちゃんってエネルギッシュだね!」

 

「……あの~タマっち先輩、友奈さん。 今の見えました?」

 

「全然!」

 

「ですよね………」 

 

「でも、うん。―――今の若葉なら、千景を何とかしてくれるかもな」

 

・・・すまない皆。この場は私に任せてくれ。

 

「速いわね、乃木さん。…刀剣使いは足が命。本当ゲームみたい」

 

私の腕の中にいる七人の千景が一人になる。

 

「ここはゲームじゃない」 

 

「だから犠牲は付き物よ。何の対価も犠牲も無く大事を成すなんてフィクション、勇者様でも神樹様でも不可能だわ」

 

「…だからって、今お前が犠牲になる事はない」

 

「ッハ。―――大勢の人間が幸福な生活を送る為には、少しぐらいの犠牲は必要よ。自分を『少数の犠牲』の側に置く奴は見た事が無いけどね。 だからわたしがやるのよ。勇者である、この郡千景が」

 

「………。親友の友奈の為か?」

 

「さあね。―――あなたも感じたでしょう? 今すぐにも太陽が降ってくるわ。恐らく発生源はさっきあなたが斬ったバーテックスの超進化体と同類。…いえ、それ以上かも。わたし達五人が束になっても勝てるわけが無い」

 

「やってみなくては分からん」

 

「感知できたのはわたし達だけなのに? あなたはこの四国にとって必要な勇者よ、今までもこれからも。だからわたしが何とかする。わたしは一人だけど、七人でもある。きっと何とかなるわ」

 

「……友奈が悲しむ。私も杏も、球子もひなたも、お前の家族も」

 

「遺書はあるわ。暇な時にでも読んでって伝えて」

 

「千景ッ!!!」

 

 犠牲というのは生きていれば必ず出てくる。人はそんなに強くない。

でもだからこそ、この剣の届く範囲の人々は守りたい。

 

………それはいけない事なのか?

 

「いけなくもないし、嫌いでもないわ。でも、勝てないわね」

 

「ッ!」

 

「―――ぐんちゃんっ!!!」

 

 友奈が千景に駆け寄る。彼女も気付いたのだろう。天空の異常に。………親友の心に。

右手はグーで左手もグーで。 勇者・高嶋友奈は拳を振り上げた。

 

「一人で抱え込むなってんだこの大バカっ! でも手を貸せるバカも私達しかいないよ!!!」

 

「高嶋さん………」

 

 友奈の拳が千景の頬にぶち当たる瞬間。その固い拳は解かれ、眼前の親友の手に添えられた。

この手は離さない。何が相手でも必ず、こちらからは絶対。

 

「ごめんなさいね。 ……わたし、バカだからこうする事でしか、貴女達を守れないの」

 

「バカには友達が必要だ!」

 

「…さようなら、高嶋さん。今までずっとありがとう。 これを貴女に直接言えて、わたし本当に――」

 

「バカには仲間が必要だ!!」

 

「………」

 

「バカには私達が必要だ!!!」

 

・・・・。

 

「バカにはダチが必要だッ!!!!」

 

 友奈は叫びながら千景を抱きしめた。そして示し合わせたわけでも無いのに、私達も同じく。誰も犠牲になんてしたくない。誰も死なせやしない。 だって私には、貴女が必要だから。

 

「………っ、―――!!」

 

 千景の膝がついに折れた。 目蓋は閉じられ、一瞬下を向いたがそのまま顔を天空に上げた。風が彼女の頬を優しく撫でて、小さな水滴は風に乗って何処かに消える。

 

空に浮かぶ金色の明星は、彼女を照らし続けていた。

 

「お前を。大切な人を、目の前で失くしたくなんて無い!」

 

「私達の明日にはっ、ぐんちゃんが必要なんだよ!!」

 

 ……私達は皆信じている。今日も明日も明後日も、お婆ちゃんになっても、

皆一緒にいるんだって。

 

「勇者が犠牲を出すわけないだろ!タマに任せタマえ!!」

 

「タマっち先輩だけじゃ駄目ですよ。 皆で闘って守らないと!!!」

 

「皆でやれば、―――皆で為せば!なんとかなーるっ!!!!」

 

「…………皆」

 

 千景の綺麗な瞳を見て、私達は頷く。――――綺麗事を言っているのかもしれない。勇者だって人間。出来る事と出来ない事は必ずある。 

 

 でもだからこそ。

 

「う、ぉおおおおおおオオ!」

 

 この場の人間達が突撃する。胸に炎を宿し、誰かの為に大切な何かの為に闘う防人が。その炎の名を、勇気という。

 

 …新種のバーテックスが撃ち出した偽の太陽は、最早この場の誰もが視認出来る距離。

避けられるか?捌けるか?矮小な、ただの人に? 

 

―――百人が百人見て、無理と断ずる事は明白だろう。でも、だからこそ。

 

私達勇者はここにいるんだ。

 

「 ―――参る 」

 

綺麗事を現実にする為に。

 

 

 

 

 

 

 神世紀300年 10月31日

 

―――ノートを広げて親友は、随分とヒドイ話を語っていた。

 

「ってな話を考えてみたんよ~、わっしー」

 

長い黒髪と頭を抱えながら、鷲尾須美は目頭をぎっしりと押さえて、吼えた。

 

「罰当たりだわ、罰当たりよ!! そのっち!!!」

 

 ここ讃州中学・勇者部部室には今、三人の部員達がいる。実際には更に多くの部員がいるのだが、時刻は放課後になったばかりの頃。まだ部員は集まりきれていない様子だった。

 

「…園子。 そのあと初代様たちは、皆、……無事に生きたのか?」 

 

「銀!?」

 

「あったりまえだよ~!ミノさ~ん!!」

 

「……グス。その話、あとで皆に聞かせてやろうな…」

 

「何で泣いてるの?銀。こんなデタラメな話を聞いて? ねえ何で?」

 

「乃木卿………っ」

 

「卿!?」

 

「おお~!何だか好評だ~! ゆーゆ達が来る前に話せてよかったよ~。だって格好良いもんね~」

 

 黄色い髪を揺らし、乃木園子が今回の話を纏めていたであろう古ぼけたノートをしまう。……気のせいだろうか。彼女ではない誰かの名前が見えたような。

 

 ―――何処かからインスパイアでもされたのかしらね?

鷲尾須美は同級生達と部の先輩が来るのを待ちながら溜め息を一つ付くと、何と無しに部室の棚に置いてある本を数冊抜いて、校舎の壁を見た。

 

 ここ讃州中学は、経年劣化で朽ち果てた丸亀城の資材を使って建てられたと聞いた事がある。上里家が全面的に支持したそうだ。

 

 ――もしかしたら三百年前の何かが、ここに残っているかも。

…私、疲れているのかしら。親友の妄想小説に感化されるなんて。

 

「―――でもまさかね。 あるわけがないわ」

 

「おっはよー!!須美ちゃん!銀ちゃん!園ちゃん!」

 

 親友の声が聞こえる。

ズドンっと勢いよく開かれる扉の音の方向に振り向くと、綺麗な桜色の髪をした同級生がこちらに笑顔を見せていた。須美は駆け寄り、挨拶をする。 

 

本が何冊か崩れた気がするが、最早どうでもよかった。

 

「今日は何をしようかな!」

 

「風先輩達が来たら、皆で一緒に考えましょう?」

 

「ミノさんの弟くんのお世話とか~」

 

「何でアタシん家限定なんだよ!? もっと視野を広く持ってくれませんか園子さん!!?」

 

「おー、今日も元気にやっとるねー君達~」

 

「お姉ちゃん………何だか年寄りみたい」

 

「煮干しならあるわよ?あげないけど」

 

「食べるか!そんなんに頼らんでもあたしゃまだピチピチのッ」

 

「部長!今日は一体何を致しましょうかっ!!」

 

「部長!!」

 

「部長!!!」

 

「んん?何だか釈然とせんが……。 皆やる気のようね?」

 

「為せば大抵!なんとかなーる!!」

 

「いよっしゃあッ!だったら全員あたしに付いてきなさい!! さあ今日は――――」

 

 勇者部全員集合。それは掛け替えのない楽しい部活の時間。たとえ彼女達が大人になっても、お婆ちゃんになっても、楽しかったこの時を忘れる事は無い。四国の平和を生涯の友と一緒に守ったあの日々を。

 

 ・・・だから現れたこれを、現代の勇者達はちょっと先の未来で見る事になる。

 

 

 

 神世紀元年一月 此処二我ラノ勝利ヲ誓ウ    

 

 乃木若葉 高嶋友奈 郡千景 土居球子 伊予島杏

 

 

 

 

 

 

 ◆例えばこんな乃木さん―エンピレオ―

 

 

 ―――自分達の仲間、わたし達のリーダーが使う神器・生大刀の刀身切っ先は、一体どんな形をしていただろう。

 

 進路上のバーテックスを両断しながら空へと進み往くあの人を、わたし達は眼に焼き付けていた。大中小の敵を物ともせず、ただの一刀でもってその全てを斬り払っているその様を。

 

――――嘘でしょう?

 

 戦いの最中だというのに、わたし達は皆呼吸を止め、全身の動きすらも止めた。一瞬の油断、硬直が命取りとなる戦場においてそれは最も悪手であるがしかし、

 

 わたしと他の勇者達三人も、そうせざるをえなかった。……極端に速い物体を、人間は無意識に眼で、全身全霊で追うものだから。

 

「………」

 

 この戦いが始まってから、彼女が振るう大刀の刀身をしかと見た者は誰もいない。勝負は鞘の内という言葉が居合使いの極意にあるらしいが、物理的に抜かなければ斬れないのに、これは不可解な事だった。

 

 何故なら彼女の居合は抜刀・納刀が速いとかいう次元を、遥かに越えている。 まるで人が修練の先に至った境地、いわば入神の御業であるかのよう。

 

「 我が心は不動 」 

 

 鳥のように飛び立つ、あの人を奮い立たせている物は一体何なのか。 

憎悪か、悔恨か、憤怒か、執念か。あるいはそのどちらでもないのか。 

 

 鞘に納まったままの刀と、進み続ける背中、そして赤い太陽光しか見えないわたし達にはそれが何なのか、多分一生判らない。

 

「 しかして自由にあらねばならぬ 」

 

 必殺と必死の間合に入った。 ここからでも感じられる太陽熱が、一切万物骨すら残さないと語っている。あの人は死ぬ気なのか、生きるつもりなのか。帰って来て、くれるのだろうか。鳥が太陽に届く事は有り得ないのに。

 

 

 ―――敵が、バーテックスが、私の友の命を奪った奴ばらが見える。

 

貫かれる、姉妹のように仲が良かった二人の勇者。

 

私をかばって死んだ、独りきりの勇者。

 

誰よりも使命に燃えていたあの桜、あの勇者。

 

 ―――私は覚えている。断じて許すわけにはいかない。

 

 『日課』と同じく、両手両足が勝手に動く気配がした。刀の柄に、鞘に、そして敵に。………ここが過去なのかは分からないが、今、傍らには友がいる。

 

「 即ち是、 」

 

なら守るだけだ。

 

「 無念無想の境地也 」

 

―――その『時』まで。

 

 

 ここを守った後で聞いてみようと、わたし達は思った。迫り来る偽の太陽が切断され、その奥の天敵すら一切両断されていくのを見ながら、

 

この場にいるわたし達は、皆こう思った。

 

「 剣術無双・剣禅一如 」

 

此処に我らの勝利を誓う。

 

 

 

 

 了  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ページが途切れる。ノートを仕舞う。

黄色い髪の親友が何か言おうとして、顔を上げた。

 

「…これは没収する」

 

「? 何かいけなかったかしら?」

 

「小っ恥ずかしい」

 

「緻密な取材に基づいているノンフィクション作だったのに、残念ね」

 

「……いい歳して近頃足繁くひなた達に会っていたのはこの為か…」

 

「皆元気よ?だって記憶力抜群だったもの」

 

「私にはこんな事を言った記憶は無い」

 

「ついにボケたの? あの戦いの後、貴女がわたし達に教えてくれた事じゃない」

 

「………そうだったか?」

 

「もう歳ね」

 

風が吹いた。縁側に座る二人の女性の、和服が揺れる。

 

「ねえ乃木さん。 …わたしは、貴女の事がずっと嫌いよ」

 

「とうの昔から知っている」

 

「でも嫌いなのと同じくらい、ずっと貴女に憧れてた」

 

「………」

 

 声が聞こえ始める。

今日は久々に皆で集まる、待ちわびた時間。

 

「こうして、貴女と同じ場所で同じ風景を見る事が出来てよかった」

 

「それはこちらの言葉だ。 お前とこうして、今も一緒に話せて良かった」

 

雨の気は無し、天気は快晴。

 

「実はわたし、貴女みたいになりたかったのよ。好きだからかしら」

 

「どうだろうな。でも私は、お前の事がずっと好きだった」

 

―――神世紀のいつ頃か。

 

眩しい日差しが、彼女達を照らし続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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