「ち、畜生!それもこれも、鄧茂の所為だ!あの野郎が来てりゃあこんな事にはならなかった!」
僅かの部下を率いて走る。煙が上がっている砦は目前だ。だが、その煙の量から考えると、今更戻っても何もできないだろう。
「クソぅ・・・!こうなったら、ここを捨てて隣の・・・冀州か并州で他の奴らと合流するかな・・・。」
「ほう。他の州にもいるのか。是非詳しくお聞かせ願いたいな。」
突然の声に驚き振り返る。そこには赤い二股の槍を構えた妙齢の女性は微笑んでいた。
官軍ではないと思い、ホッと胸をなで下ろし、思わず笑みを浮かべる。だがその笑みはすぐに凍りついた。
その女性の足下には、先ほどまで自分の後ろを追いかけていた男達。
「あ、あ・・・。」
「どうやら貴殿があの砦の将の様だな。どうする?せめて一矢報いるか?」
「あ・・・ぐ・・・あああああ!」
「遅い!」
大声をあげて大刀を振りかざす。だがその刀は、握られた腕と共に明後日の方向へ飛んで行った。そしてそのまま胸を一突き。
肘から先を無くし、胸から血を流しながら、程遠志はその場に崩れ落ちた。
「っと、しまった。捕らえて色々聞くべきだったか。まぁ、良い。大将首を上げたのなら、報酬に多少色を付けてくれるかもしれんしな。」
槍を振って血潮を払い、肩に担ぐ。振り返った視線の先では、砦を落とした兵達が歓声をあげていた。
「よし、ここにある物資は全て城へと運べ。周囲の警戒は怠るなよ。」
砦に入った公孫瓚が指示をする。あっちこっちから煙がまだ上がっているが、焼かれていない小屋の中から物資を部下が運んでいた。
その隣で徐庶が物資の量や内訳を竹簡に書き込んでいた。
その公孫瓚の元に趙雲がやってきた。
「おお、趙雲。いやぁ今回は本当に助かったよ。」
笑いながら手をふる。趙雲も手を挙げた。
「ところで、ここの将と思われる男を討ち取ったのだが、特別手当の一つでもでないかな?」
趙雲がクイっと首で指す。その方向を公孫瓚が見ると、確かに厳つい男の亡骸が一つ、塀に立てかけてあった。
「なんと。うーん、そうだな。処理が終わった後で良ければ追加で何か出すよ。」
その答えに満足した趙雲が腕を組みながら笑顔で頷いた。その趙雲の頭を徐庶が竹簡で叩いた。
「なんで俺が後処理やらされてんだよ。ほら、そこの倉庫の内訳済んだからあとはあっちのまとめてこい。」
竹簡を押し付けられた趙雲が渋々倉庫の方へと歩いて行った。すれ違う兵達が皆ピシッと背筋を伸ばし頭を下げている。その様だけを見るなら、相当立派な将軍に見えるだろう。
事実、この一戦だけで、兵卒の中での趙雲人気は跳ね上がっていた。
「単福殿もご苦労だったな。改めて礼を言わせて欲しい。貴殿のおかげで、短時間で片付けられた。ありがとう。」
「いえ。実際に動いてくれた兵達の練度、指示をしてくれた将軍達のおかげです。私は大した事はしていませんから。」
「そう謙遜されると、逆に嫌味に聞こえるな。」
首を振る単福に公孫瓚は笑った。徐庶も笑う。
「このまま正規に将官として支えてくれる気はないか?将軍として優遇するが。」
「申し訳ないですが・・・。」
単福が頭を下げる。間髪入れずに返されてしまっては、どうしようもない。残念そうに公孫瓚が微笑んだ。
そこに駆け込んできた馬から将軍と思われる男が降り、拱手。公孫瓚に報告後、単福に向かって笑みを浮かべた。
「やぁ、単福殿!実に見事な策だった!」
「ど、どうも。」
バシバシと徐庶の背を叩く。少しフラつきながら微笑んだ。だが、男は申し訳なさそうな顔をする。
「私は厳綱という。正直に言うと、最初、私は君たちを疑っていた。すまん。」
そう言って頭を下げた。慌てて徐庶は肩を取り顔を上げさせた。そして笑顔を向ける。
「あなたの判断は正しい。私があなたの立場でも、突然現れた人物の話を簡単には信じない。だから気にしないでほしい。」
そう言って手を差し出した。厳綱はそれを見て笑みを浮かべ、互いに固く手を握り合った。
砦を落とした翌日。とある場所。黄色い頭巾をつけた千人程の集団が歩く。そこに騎馬が一騎駆け込んできた。その男は慌てて馬から降り、その集団の中央へと走っていく。
「なんだと?」
馬から降りて報せを受けた鄧茂は、耳を疑い思わず聞き返してしまった。ボロボロの姿の男は一度大きく息を吐き、呼吸を整える。
「て、程遠志様は討ち取られ、砦は焼かれた。もう、幽州方面への足掛かりは絶たれてしまった!」
「信じられん・・・。」
公孫瓚が無能とは思っていないが、程遠志も武に秀でただけでなく決して無能ではない、と言うのが鄧茂の見解である。それにもかかわらず、こうも容易く砦が落ちるとは。
「・・・仕方がない。このまま進む訳にもいかなくなった。近くの村で食料の調達でもするか。」
そう言うと周りの兵らから小さな歓喜の声が上がった。酒だ、肉だと下賎な笑みで嬉々としている。
「略奪か。こうなっては見過ごせんな。」
突然の声に鄧茂が振り返った。いつの間に合流したのか、全く覚えの無い一団。その先頭にはボロボロの外套を羽織った者たちが4人。そのうちの1人が外套を脱ぎ捨てる。そして手にした偃月刀を振りかぶった。
(美しい・・・)
靡く、長く美しい黒髪。それが鄧茂が最後に見た物だった。
兵数で言えば、二百対八百。だが勝敗はアッサリ着いた。八百の内、半数以上が討ち取られ、残りは一様に縛られている。
「どうしますか?賊の討伐が終わってしまった以上、公孫瓚殿の所に行く必要性が薄くなってしまった様ですが。」
先ほど鄧茂を一閃した女性が偃月刀に付いた血を拭う。
「だったら、他の所で賊退治なのだ!」
小さな少女が、えいえいおーっと自分の身の丈の倍はあろう蛇矛を振り上げた。
「うーん、どうしようか御主人様?私としては久しぶりに白蓮ちゃんに会いたいなぁ。」
振り返り、顔の前で両手の指を絡めながら上目遣いで見る。
「うーん、そうだなぁ。今のうちの勢力じゃあ不安だし、一度何処かの勢力と合流しといた方が良いかもな。(うまく行ったら趙雲とも会えるかもしれないしな。)」
そう言って、白い衣をまとった青年が北の方に目を向けた。