夏侯淵が馬を駆る。主人である曹操の命令で先遣隊を率い、可内の小さな町へと向かっていた。そしてその城壁が見えて来た所で、違和感。
「あれは、戦闘か!」
視線の先。常人には僅かな点にしか見えないであろう距離に上がる砂埃。
「秋蘭様!」
隣にいた小さな娘、許褚が僅かに不安そうな顔をする。夏侯淵は頷くと声を上げた。
「伝令!馬を潰してしまっても構わん、華琳様へ急ぎ伝達!」
すぐに後ろにいた兵がスッと手を合わせると同時に方向転換し、駆け出した。
「我らはすぐ防衛戦に入る!行くぞ!」
その声に合わせ、部隊の速度が急激に増した。
東の門に残っていた僅かな賊らを瞬く間に蹴散らし、門をくぐる。どうやら賊は引いていったようだ。馬をおり、ホッと胸をなでおろすが、すぐに表情を厳しくする。
(だが、こちらの兵は少ない。すぐにまた戦闘となれば、苦しい戦いになるだろうな。)
「すぐに防衛準備を。李通殿。」
「おう。」
返事をした、若い男が近くにいた兵達に指示をする。指示を受けた兵達が散らばると同時に、義勇兵と思われる男が寄って来た。
「こちら任せろ。夏侯淵殿と許褚殿はそちらへ。」
「ああ、任せた。」
案内を受け、夏侯淵と許褚は部下を数人率いて町の中央にある広場へと向かった。
日除けの布が広げられ、机や椅子やらが並べられている所で、女性が3人。うちの2人が何やら言い争っていた。
「だから、これはウチらの戦いや!巻き込むわけにはいかんやろ!」
「ちょ、落ち着くの2人とも!」
「わかっている!だが・・・それでも勝つ、いや、負けない為にはあの方の力が。」
「ウチだってわかっとるわ。でも、あの兄さんにとっては、ウチらは所詮他人。命をかけてもらっても、こっちから返せるもんがない。」
視線を落とし、空気が僅かに重くなる。だがこちらに気付くとその空気が変わった。
3人がサッと拱手し、頭を下げた。
「頭を上げてくれ。私は夏侯淵。こっちが許褚だ。曹操様の命により、先遣隊としてここに来た。状況を説明してほしい。」
「はい。私は楽進と申します。こちらが李典と于禁。ここで義勇軍を率いていました。」
楽進がチラッと横を見る。于禁が机に地図を1枚広げる。李典がそこにいくつか駒を置いた。
「先程、賊の一軍との交戦がありましたが、なんとかそれを退けた所です。」
「でも、もう一回来られたら危ない所だったの。」
「不幸中の幸いやったんは、曹操軍が間におうてくれた事と、敵将らしき男に傷を負わせられた事やな。」
3人の答えに感心した。成る程、義勇兵を率いるだけの事はある。
「将を負傷させられたのは大きいな。すごいじゃないか。」
素直に賞賛する。だが、楽進が表情を曇らせ俯いた。それに気付いた許褚が首をかしげる。
「どうしたの?」
「・・・今回の事は我々の力ではありません。」
そう答える楽進。李典も困ったような表情を浮かべていた。
「どういう事だ?」
「徐福という旅の方が、我々に策を与えてくれました。」
「ほう。詳しく聞かせてくれるか?」
楽進が出会い、策を立てて隊を率いた話をする。
李典が北門で敵将の目前まで迫った話をする。
(咄嗟の判断でそこまで考え、そして動くか。華琳様が聞けば、是非手に入れたいというだろうな。)
感心しながら思わず感嘆の声を漏らす。そしてチラッと夏侯淵が視線を遠くに向けた。その先、ハッキリは見えないが、二階の窓からこちらを見る何者かの姿があった。
徐庶「・・・この距離で視線に気付くとか、化け物か?」