恋姫†無双 徐伝   作:そこらの雑兵A

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第28話 洛陽

水鏡の下での授業をしてから数週間後、徐庶は今度は漢の首都である洛陽へと入った。今まで訪れた都市の中でも最も大きな都市だ。

先ずは軽く見て回り、宿を決める。

 

「主人、とりあえず二週間ほど泊まりたいんだが、足りるか?」

 

馬小屋付きの宿屋に入り、金を払う。今の手持ちでもなんとか足りたが、残金はかなり少ない。部屋へと入り荷を置き、主人の許可を得て窓の外に棒につるした濃い緑の布を一枚垂らす。

 

「これでよしっと。じゃあさっそく出るか。」

 

いつもの様に貴重品を身に着け町へと歩く。流石都だけあって人通りは多く、それに伴って様々な店が建ち並んでいた。

 

(それだけじゃないな。)

 

どう考えても町人じゃない佇まいの者達が複数目に留まる。だが、物々しい雰囲気ではない。ふむ、と少し悩んで酒場に入った。

 

「いらっしゃい。」

 

昼時を過ぎた時間帯にもかかわらず、ある程度の人数の客がいる中で適当な所に座った。近寄ってきた店員に、適当につまめるものと酒を一杯頼む。直ぐに出された物を受け取り、その代金よりも少しだが多めの金額を差し出し、たずねた。

 

「少し聞きたいことがあるんだがいいか?」

 

「へえ、あたしに答えられる範囲でなら。」

 

差額を袖に入れながら、少し年老いた男がそのまま徐庶の向かい側に座った。

 

「ここ最近何かあったのか?どうも雰囲気が違う輩が多い気がするんだが。」

 

「ああ、その事ですか。近頃あっちこっちで出とった族の頭を打ち取ったとかで、それに関わった官軍とかが報告と褒美をもらいに集まっとるらしいだ。」

 

「へぇ。ならこれで少しは平和になるんかねぇ。」

 

「どうだかなぁ・・・。まぁ、あたしらの生活にはなんの変化もありゃあしないでしょうけどね。」

 

そういってワザとらしい溜息を吐いて男は下がっていった。

 

(やっぱり首領がいたんだな。それが打ち取られたという事は、一先ず反乱は下火になるんだろうけど・・・。)

 

その程度でもう一度漢王朝が安定するとは思えない。恐らくここからは、この乱で頭角を現した者たちによる群雄割拠の到来だろう。

 

(・・・考えても仕方がない。なるようにしかならねぇしな。)

 

 

 

酒を飲み終え、店を出た。そのまま町中を歩くと、やはり酒屋で聞いた通り、大通りから王宮への道で様々な旗印を見かけた。

 

(あれは「袁」に金色の鎧、袁紹の兵だろうな。向こうは「曹」に「鮑」、「孔」。各地から凱旋というわけか。)

 

遠目から眺めるだけでなるべく近寄らないように宿屋の方へと戻った。それから数日、路銀を稼ぐために適当に日雇いしてくれる所で肉体労働を終え、宿屋へと戻った所でその宿屋の前に立つ人物が二人。

 

「おう、刑道栄に陳応。無事に送り届けたか?」

 

スッと拱手する二人に、徐庶は苦笑いしながらは軽く手を振る。

 

「お二方は徐庶殿のご命令通り、無事に送り届けました。」

 

宿に入る徐庶に付き従うように陳応がそう答えた。部屋に入り、窓から吊していた布をしまう。

 

「で、益州方面はどうだった?」

 

刃の所に布を被せた鉞を置き椅子に座った刑道栄に、同じように椅子に座りながらたずねた。

 

「・・・良い所でした!」

 

一言でまとめた答えに思わず徐庶がこけそうになる。なんとか姿勢を戻し、今度は陳応を見る。

 

「えー・・・。荊州と比べても、遜色のない程度には安定していたんじゃないですかね。ただ、やはり道中は少々道が悪い所があったので、そういう意味では荊州より少し不便ですね。」

 

陳応が少し考えながら答えた。この二人の答えを聞いてまず確実に分かった事が一つ。

 

(こいつらあんまり頭よくねぇな。)

 

「よし、わかった。まぁ、益州は別に後回しでいいな。」

 

徐庶は深く考えるのをやめた。

 

 

それからまた数日、三人がそれぞれ適当に日雇いの仕事をし、路銀を稼いでいた。そんなある日の事。午前中のうちに適当な仕事を終えた徐庶が町中を歩いている。

 

(どうやら論功行賞は終わったらしいな。)

 

日に日に旗印の数や兵の数が減っていき、今となっては軍旗は一つも残っていない。どうやらいつもの日常の雰囲気となっているようだ。

 

(といっても、都だけあって普段からある程度賑わっているのは当然か。)

 

適当な店を覗いてみても、やはりある程度の人が娯楽や嗜好品などに手を出す余裕がある生活を送っているのがわかる。

 

(お、六博か。)

 

とある店で行われていた小規模だが六博の大会。スッと覗いてみる。ちょうど試合が始まるところだった。

 

「へぇ。」

 

思わず声が漏れた。目の前で行われている試合。難しそうな顔で汗を流している男の前には、涼しい顔で座っている緑がかった髪を左右に三つ編みで下した眼鏡の少女。終始少女が圧倒していた。

ここまでくれば勝敗はもう覆らないだろう。少女の圧勝だ。男が負けを認めた所で拍手が起こる。

 

「さぁ、これで4連勝!お次の相手はどなたかな?」

 

店員が声を出すが、流石に4連勝となると、皆尻込みする。相手がいないとなると店側も困るのか、主人が客に声をかけ始めた。だが、皆一様に首を振る。まぁ当然だろうと、胸を張って笑みを浮かべる少女。

 

「それじゃあそこのお兄さんはどうだい?」

 

声をかけられた徐庶が壁に掛けられた札を見る。それを読むと、5連勝すると、なにかしら景品が貰えるというものだった。

 

「・・・まぁ、いっか。」

 

徐庶が少女の向かい側に座った。周りから小さな歓声が上がる。

 

「とりあえず茶が一杯欲しいんだが良いか?」

 

向かいの少女と主人に声をかけ、出されたお茶を口にする。程好い熱が喉を通る。ホッと一息吐き、賽を手に取った。

 

「先に振っても?」

 

「ええ、良いわ。」

 

 

 

 

 

徐庶から始まった六博。交互に駒を動かすこと6回目。

 

(こいつ、ふざけてるの?)

 

目の前の男を睨みつける。ここまでの駒の動きが先の試合と全く同じだ。これはどう考えても意図的にそうしているとしか思えない。見ている客の何人かも気が付いたのか、少しざわめきが起こる。

 

(ふん、まあ良いわ。このまま続けるならどうせボクの勝ちだし。)

 

そう思って、駒を進めた。だが、次の一手は先の試合とは違う駒を動かしてきた。それを見て少女の顔色が変わる。

 

 

 

 

 

(これで先の先を取ったわけだが。)

 

実は先ほど少女と打っていた男の打ち筋は、決して悪いものでは無かった。少なくとも前半は。途中で少女が打った布石に対応できていなかったのが敗因。徐庶はその布石に気が付いていたため、打たれる前にそれを塞ぐように駒を動かしただけだ。

 

(さぁ、ここからどう対応してくるかな?)

 

少女の目が鋭くなる。その視線を受け、徐庶もニヤッとした。

 

 

 

「勝負あり。俺の負けだな。」

 

試合は長引き、今日の中で最も長い試合となった結果は、少女の勝ちとなった。徐庶は立ち上がり、小さくポキッと音を立てながら首と肩を軽く動かす。客からは拍手が起こるが、目の前の少女は納得いかなかったようだ。

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

店を出て歩いていると、背後から先ほどの少女が呼びかけてきた。足を止め振り返る。

 

「どういうつもりよ、あんた!」

 

「何のことだ?」

 

徐庶が首をかしげる。少女が鋭い目つきのまま歩み寄り、徐庶の胸に指を突き立ててきた。

 

「あの打ち方、どう考えても手を抜いてたでしょ!あんな結果、ボクは納得できないから!」

 

前の試合での布石に気が付けるような人物だ。一手目からもっとちゃんと打っていたらなら、結末は違ったかもしれない。

 

「手は抜いてない。ちゃんと本気で打ったさ。」

 

ただ全力ではなかったが。実は、徐庶は六博事態は好きではあるが得意ではない。というのは、こういう類は妹弟子の龐統が突出しており、徐庶が打つ相手は異常に強すぎる相手か、または格下である事が多かった。その結果、ある程度力量がわかった相手と打つときは自然と力量を合わせて打つ癖があった。

 

(まぁ、これ自体はあまり良い癖とは言えないよなぁ。)

 

徐庶自身、六博は勝敗よりも相手の手の内を見定めたり、相手の出方や対応を見て楽しむものだと思っている節がある。故に、本気で勝とうとする気が起こらないのも、原因の一つかもしれない。今回も、先手を取られた相手がどのように動くかが気になった故の行動だった。

 

「・・・ボクの名前は賈詡。あんた、名は?」

 

「ん?俺は徐庶だ。」

 

「徐庶ね。次に打つ時には、絶対あんたに本気をださせてやるんだから。」

 

そういって賈詡は去っていった。残された徐庶は頭をかきながら苦笑いを浮かべ、宿屋へと戻っていった。


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