(下手こいたな・・・。)
小さな茶店の席に着きながら徐庶は頬杖を着く。その向かい側に座っているのは賈詡、字は文和。現在洛陽に駐屯している董卓軍の軍師を勤めている人物だ。
六博をした後日、今度は町の本屋で。その後も城壁周辺で、練兵場のそばでと、徐庶が興味本位で見にいく先々で賈詡と出会ってしまった。不審に思った、賈詡が徐庶を呼び止め、話をした所で董卓軍所属である事が判明した。
(・・・どうしたものかねぇ。)
未だどこかに士官をする気がない徐庶は、なるべく政治や軍事に関わる人と話す事をさけてきた。そのような人物と話をするときはなるべく偽名を名乗る事にしている。(諸葛瑾は妹弟子の姉、戯志才、程立らはまだ在野だったので本名を名乗ったが)。
故に、本名を名乗ってしまった上に、この状況。あまり好ましくない。
賈詡にとっては、別の意味でこの状況は好ましくない。徐庶が他勢力の斥候の可能性が高いからだ。最初に出会った六博の試合で、徐庶が頭の切れる人物である事は分かっていた。それこそ、下手をすれば自分以上かもしれない。この場でいくつか言葉を交わした中でも、有能な人物である事はわかる。そんな人物が、軍事関係の所に現れたのだ。当然、警戒すべき事なのだろう。
(出来る事なら、仲間になって欲しいのだけれど。)
徐庶が斥候であった場合は問答無用で捕らえるべきだ。そんな警戒心を察した徐庶が両手を軽くあげる。
「別に何所ぞの密偵とかでは無いから安心してくれ。不用意に見物しに来たのは悪かった。」
本来なら軍事機密。容易く近づく事さえ許されない。というか、普通は近づけない。そこに平然と立ち入ってしまった事をサラッと謝る姿に賈詡は頭を抱えそうになる。
「あんたねぇ・・・。簡単に言ってくれるけど、こんな所にほいほい入ってきている時点で問題よ。あんたがまだ無所属だとしても、ここの情報を持って他の所に士官しに行く可能性だってあるんだから。」
御尤もな意見。だが、この場は信じてもらうしか無い。
「・・・実は、彼方此方見て回っていて、荊州、揚州、豫洲方面の情報もいくつかある。」
その言葉に、賈詡が僅かに身を乗り出した。だが、徐庶は首を振る。
「残念だが、その情報を教える訳にはいかない。同じようにここの話も他所には漏らさない。って事で信じては貰えないかな?」
普通は逆だろう。情報を明け渡す事で便宜をはかってもらうべきだ。だが、徐庶はそうしなかった。それは自身の義に反するからだ。賈詡があからさまに大きなため息をはいた。
「それを証明する方法はなにかある?無理でしょ。あんたが悪い奴ではないって事はわかったわ。でも、残念だけどこっちも一応軍人なわけだから、はいそうですかと、簡単に見逃すわけにはいかないの。」
そう言われてしまえば、徐庶には何も言い返すことは出来ない。腕を組んで考え込んでしまった。その態度から、完全に仕官する気がない事がわかってしまった賈詡は、もう一度溜息を吐く。
「しょうがないわね。洛陽からの追放。それで手打ちにしてあげる。」
その答えに今度は徐庶が困惑した。どう考えても賈詡にメリットがない。だが、理由はわからないがどうやら見逃してくれるのだから、それに素直に甘えることにしよう。
「悪いな。恩に着させてもらうよ。」
笑みを浮かべた徐庶に、賈詡が視線をそらす。そのまま徐庶は茶店に金を払って去っていった。
その後ろ姿を見送る賈詡の背後の柱の陰。さらしを胸に巻いた女性、張遼が腰の剣から手を離しながら、声をかけてきた。
「えかったんか?あの男、このまま逃がすんは少々勿体ないと思うで。」
あの男、徐庶はこちらの存在に気がついていた。僅かに漏れた殺気を察しつつ、それを受け流していたのが張遼にはわかった。
(打ち合えば当然ウチが勝つが、逃げに徹されたら追いきれんかもな。)
無手の様に見えて、懐に複数の短刀を忍ばせているのがわかる。立ち振る舞いにも隙は感じられない。恐らく隠密寄りの人物だと、張遼は評していた。
「今は仕方ない、信じるしかないわ。それに、近いうちに他所が攻めてくる。よくわからない相手に時間を割く余裕はないの。なるべく巻き込まないように、町の住人にも同じように洛陽から避難するように呼びかけないと。」
董卓のもとには、袁紹から書簡が届いていた。そこに書かれているのは有りもしない董卓の悪逆非道と、帝を解放するようにとあった。
だが、賈詡は知っている。すでに諸勢力に檄文が発されている事を。
董卓に対する連合軍が組まれる事はもう避けられない。
正直、自分が賈詡の立場なら、問答無用で疑わしきは罰する。
徐庶「!?」