恋姫†無双 徐伝   作:そこらの雑兵A

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第34話 汜水関の戦い その2

「敵襲!」

 

誰かが大声を上げ慌てる。それが部隊全体へと伝播していった。

 

前日と同じような睨み合い。多くの兵が「今日も昨日と同じか」と、気を緩めた夕暮れ時。陣太鼓が鳴り響き、山の上から董卓兵が姿を現した。その旗印は『華』。突然の出来事に、多くの兵が戸惑いを見せる。その中で最も早く動いたのは孫策軍であった。

スッと一糸乱れぬ動きで僅かに後ろへと下がる。それは即ち―――。

 

「・・・まぁ、そうなるよな。」

 

徐庶が溜息を吐きながら槍をくるっと一回転させ、構える。山から下りてきた董卓軍が義勇軍に突っ込んできた。それだけではない。汜水関の門が開き、城内からも打って出てきた。

 

 

 

 

 

「引きが速い・・・読まれとったか。せやけど、ここで引くわけにはいかん。行くで!ウチに続けぇ!!」

 

張遼が馬腹を蹴り、先頭で飛び出した。下がられてしまった分、奇襲には程遠い。だがここで出なければ華雄を見捨てることになる。なんとか先鋒である『孫』軍に多少なりとも被害を与えておかなければ。

偃月刀を力任せに振りぬく。その一撃で目の前にいた兵を三人まとめて吹き飛ばした。そのままの勢いで今度は振り下ろす。だが、その一撃は飛び出てきた女性に受け止められた。

 

「ほう。ウチの一撃を真正面から受け止めるか。張文遠や。あんた、名は?」

 

「甘興覇。」

 

馬上でニヤッと笑う張遼に対し、地上で無表情のままの甘寧が力任せに薙ぎ払った。

 

「面白い。でも残念や、今は一騎打ちしとる余裕は無いんや!」

 

大きく振りかぶり、力を溜めた一撃を振り下ろした。先ほどよりも重い一撃を受け、無理やり後方へと押しのけられる。僅かに顔を顰めた甘寧を無視し、張遼は駆けていった。

 

 

 

 

 

「雑魚にかまうな!将を討つぞ!」

 

華雄は焦っていた。当初の予定では、「連合軍が来る前に汜水関の外に兵を伏せ、気が緩み始めた所で奇襲をする。」という策だった。この策は、結果として半分は成功した。連合軍の本陣の方は慌てているという事が遠目でもわかる。誤算は、先鋒に効果がなかったことだ。こちらの動きに合わせるように下がり、正面と側面からの挟撃を防いだ。そして誤算はもう一つ。

 

「くそ!こいつら、思ったよりも強い!」

 

旗印が無いという事は、義勇軍だろう。所詮は民兵の集まりだ。大した事はない、という予想は直ぐに覆された。一人一人は弱い。だが連携がすごくしっかりしていた。最低でも二人一組で動き、互いに背中合わせ。決して無理に攻撃をしようとせず、守りに徹している。

 

「だが、その程度ではなぁ!」

 

大きく振りかぶった斧を地面に叩きつけた。その衝撃で目の前に兵が吹き飛ぶ。このままの勢いで進もうとした華雄の背後から大斧が振り下ろされた。それを振り返ることなく上段で受け止める。

 

「へぇ。お前も斧か。奇遇だな。」

 

「おうよ。俺は邢道栄ってんだ。あんた、華雄だろ?どっちが最強の斧使いか、この場ではっきりさせようや!」

 

振り返りながらニヤリとする華雄に、邢道栄が両腕に力を籠める。だが華雄がグッと腕に力を入れ、その斧をはじき飛ばした。

 

「面白い!かかってこい、格の違いを見せてやる!」

 

自身の得物を片手でぶん回し、構えを取った。その気迫に、邢道栄の背筋が冷える。

 

(こりゃやべぇ・・・。死ぬかも。)

 

この時点で華雄は二つ、過ちを犯した。一つは邢道栄との一騎打ちに乗ってしまった事。奇襲部隊に兵を率いる事が出来る将は華雄しかいない。故に、この時点で部隊の足が止まってしまう。そして二つ目は、連合軍の本陣の中に混乱していない部隊がいた事に気が付けなかったことだ。

 

「よし、このまま突っ込むぞ!」

 

公孫瓚が馬上で剣を振る。それを合図に、白馬の一団が華雄隊の側面へと突っ込んだ。奇襲をかけた筈の部隊が、逆に側面からの奇襲を受ける。これで完全に優位性は失われた。あとは、各個撃破されるだけだ。

 

「なに!?」

 

邢道栄へ斧を叩きつけながら焦る。視線を周りに向ければ、既に自分の隊は分断されてしまっていた。

 

「くそ!なんとか、汜水関へ!」

 

「逃がさんぞ、華雄!」

 

邢道栄から離れ、向きを変えた華雄の前に立ちはだかるのは、黒く長い髪をなびかせた女性。

 

「貴様!邪魔をするな!」

 

華雄が斧を振りかぶり駆けだす。同じように駆け出し、手にしていた偃月刀を一閃。華雄の肩から胸にかけ、一筋の赤い痕。

 

「む・・・無念。」

 

「敵将、関雲長が討ち取った!!」

 

 

 

 

 

戦場を覆い尽くす歓声。それが意味するもの。

 

「まさか!?・・・しゃーない、下がるで!」

 

孫策軍を突破仕切れなかった張遼が手綱を引き、馬首を返す。それと同時に視界の端に青い軍旗が入った。その一軍が門の方へと向かってくる。サッと血の気が引いた。

 

「『曹』の旗印・・・。いそげ!」

 

声を荒げると同時に、一斉に城門の方へと駆け出した。

 

「逃がすかぁ!張遼!!」

 

曹操軍の先頭を走っていた将、夏侯惇が一騎飛び出し、張遼へと迫った。そのすぐ後ろには、馬上の夏侯淵が弓に矢をつがえているのが見える。

放たれた矢は夏侯惇を追い越し、先に張遼へと届く。咄嗟に偃月刀ではじくが、姿勢が崩された。その隙を逃がさぬよう、絶妙なタイミングで夏侯惇が目前へと迫る。

 

「でええぃ!!」

 

振り下ろされた太刀。躱せる筈が無い。間違いなく一撃で首をはねる筈だ。だがそれは空をきった。

 

「なんのぉぉ!!」

 

姿勢を崩していた張遼は、そのまま重力に従い馬から下りた。そして一度だけ地面を大きく蹴り、再度馬上へと戻った。

そのまま夏侯惇とすれ違い、門をくぐる。からくも曹操軍を躱しきり、門を閉じる事に成功した。

門の内側では、張遼が馬からおり、息を切らしながら膝をついた。そこに一人の偉丈夫で無精髭の男、胡軫が歩いてきた。

 

「今のは・・・死ぬかと・・・思ったわ。」

 

「だが、無事でよかったわい。しかし奇襲が失敗したとなると・・・。」

 

胡軫が張遼に水の入った竹筒を差し出した。受け取った張遼がそれを一息で飲み干し、大きく息を吐く。

 

「せやな。華雄には済まんが、今夜中に虎牢関に引く。」

 

 

 

 

 

「まさか、今のを躱されるとは・・・。」

 

「くそ!次こそは!」

 

夏侯姉妹が馬足を揃え、曹操のもとへと下がっていった。その曹操は、後方から今の戦いを見て笑みを浮かべていた。そこに李通が馬を駆って来て、隣に降り立った。

 

「どうした、孟徳殿。えらい上機嫌だな。」

 

「ええ。それで、文達。そっちはどうだったのかしら?」

 

腕を組みながら目線だけを横に向ける。

 

「華雄を討ったのは義勇軍の関羽だ。たしか、長い髪を左側に束ねていた子だな。」

 

「関雲長に、張文遠。実に良いわね。欲しいわ。」

 

そう言って舌なめずりをする。また悪い癖が出たかと、李通は表情は変えることなく、内心で溜息をついた。


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