関羽に斬られた華雄だが、その後に部下達に担がれ汜水関とは逆の方へと逃れて行ったらしい。追撃隊は出たのだろうが、おそらく補足は出来ないだろう。
「奇襲を破り、猛将華雄を撃退」の報を受け、その夜連合軍本陣では宴がおこなわれていた。 その声を遠くで聞きながら、たき火を前に陳応と徐庶は羹をすする。そこに、右い腕に包帯を巻いた邢道栄がやってきた。徐庶の隣に座り、鍋の中身を手にしていた碗に注ぐ。大した傷では無いようだが、一応徐庶がたずねた。
「腕の調子はどうよ?」
「余裕、とは言えないっすね。だけど、いつもの斧じゃなけりゃ行けます。」
「しばらく後方に下がってもいいんじゃないか?」
陳応が水の入った筒を渡しながらたずねるが、邢道栄は首を振った。
「下がってもやる事は変わらんでしょうよ。あいつ等は義勇兵の事なんて考えてない。」
「全くなのだ!華雄の奴を倒したのは愛紗なのに!」
プンプンと腕を組みながら、張飛がやってきた。心なしか、頭の虎の飾りも不機嫌な顔をしているように見えた。その後ろからは、苦笑いしながら関羽もやってきた。三人はスッと立ち上がり、拱手をする。
「楽にしていい。先の戦いでは、貴公の御かげで華雄を撃退する事が出来た。礼を言わせてほしい。」
そう関羽に言われ、邢道栄が照れながら頭をかいた。その様を見て張飛と関羽も顔を見合わせ笑みを浮かべた。
「その腕前と言い、今の礼と言い、御三方はもしかしてどこかの軍に所属してい事があるのか?」
その問いに、邢道栄と陳応がチラッと徐庶に視線を向けた。別に隠す事では無いが、話してもよい事なのだあろうか?その視線を受け、徐庶が頷く。
「自分は違いますが、こちらの二人は荊州軍の兵卒をしていた時期がありました。」
「成程。部隊を率いた経験は?」
「私は什長を務めたことがありますが・・・。」
陳応がおずおずと手を上げながらいう。それを聞いた関羽が笑みを浮かべた。
「それはありがたい。正直なところ、兵をまとめる事が出来る人物が圧倒的に足りていなくてな。三人には近いうちに改めて任命するかもしれないから、その時にはよろしく頼む。」
関羽がそう言って軽く頭を下げた。そこに一人の男が速足で駆けてきた。
「関将軍、なんか、曹操殿が用があるとかで。」
「堅苦しいのは無しで良いわ。こっちが勝手に来ただけだから。」
そこには曹操と、その部下と思われる瓶を持った者が数名。トンと置かれた瓶の蓋を開けると、そこから香るのは酒の匂い。邢道栄が思わずゴクリと喉をならす。
「曹操殿、態々このような所に。それは?」
「先の戦い、論功の一功は間違いなく貴女よ。にもかかわらず、諸侯は其れには一切触れないもの。呆れてしまったわ。だからこれは私からの贈り物よ。といっても、兵たち皆で分けたら一人に一杯程度しかないのだけれどもね。」
軽く肩をすくめながらそう言った。そしてスッと鋭い視線をむける。
「貴女ほどの者をこんな所で埋もれさせるのは勿体ないわ。私の所に来ない?」
「ありがたいお誘いですが。」
その誘いに、関羽が即答して会釈した。曹操が微笑みながら小さく息を吐く。
「そう。ならまた今度声をかけさせてもらうわ。せめてこれぐらいは受け取りなさい。私からの褒美よ。」
杯を取り出し、酒を注いで関羽へ渡す。流石にこれを断るのは悪いと思い、関羽も微笑みながら受け取った。そしてその場で一息で飲み干した。
「ありがとうございます。中々の美酒ですね。」
杯を返すが、曹操はそれを手を振ってうけとらなかった。
「褒美といったでしょ。持っておきなさい。それ自体もそこそこの物だから。なんだったら売って軍資金の足しにでもしなさい。」
そう言って曹操は帰っていった。それと同時に邢道栄が置いてあった杯を手に取りさっそく酒を飲む。
「うぉ!?なんだこれ!?すげぇ美味い!」
その声につられるように、一斉に周りの兵らが集まった。そんな中を手にしていた羹をこぼさないようにそそくさと徐庶が離れていく。集まる兵らを見ながら溜息を吐いた。
(やれやれ。まさか将軍に目をかけられるとは。少し動きにくくなったな。)