翌朝。それはあまりにも静かすぎた。そんな徐庶の所に雛里が小走りでやってくる。
「これは軍師殿。朝早くからお疲れ様です。」
徐庶が意地悪そうな笑みで雛里を迎えると、顔を赤くしながらふくれっ面で裾を掴む。
「侠懐兄さま、ひどいです。」
「悪かったって。それで、何か動きがあったのか?」
徐庶が頭を撫でると、雛里は一度小さく深呼吸をして表情を厳しくした。
「朝から、炊事の煙が一切上がっていませんでした。恐らくですが汜水関はもう、もぬけの殻だと思われます。」
「撤退?いくらなんでも早いな。」
内心驚きながらも、表情はいたって冷静な徐庶。少し俯き気味に顎に手を当てる。この体制の時は、頭を最大限に回転させている時の徐庶だと知っている雛里はそのまま黙って待っていた。
「という事は汜水関は捨てる事が前提か?」
「はい。恐らくですが、その後の虎牢関が防衛の本陣だと思われます。」
雛里と同じ結論に達した徐庶。恐らく汜水関は連合軍の出鼻を挫くための策が失敗した時点で破棄する予定だったのだろう。ということは、その後に控えている虎牢関。
「呂布だけでなく、張遼もいるとなるとかなり厳しくなるな。」
「私の予想では、こちらの軍が到着すると同時に奇襲があると思いましゅ……ます。」
「成程。汜水関と同じつもりでいけば、その時点で虚を突かれてしまうな。」
雛里と対策を話していると伝令と思われる男が走ってきた。その話を雛里が聞く。
「わかりました。」
チラッと徐庶を見る。無言で頷くと、雛里はその男と共に走っていった。その背を見送り、徐庶が頭をかく。
「さてさて……。面倒にならなきゃいいけどな。」
徐庶の懸念、感は大体嫌な所で当たる。
汜水関の先鋒を務めた孫策。奇襲の策を見事に打ち破った公孫瓉。奇襲の隙を突き、張遼を打ち取る目前まで迫った曹操。そうなると、総大将を務めている袁紹が自身に何も手柄がない事を懸念。対虎牢関を受け持つこととなった。そして、その袁紹が自軍の盾として義勇軍も巻き込んできた。
(どうしたものか。)
行軍する中で視線を巡らせる。少し離れたところを、夏場は目に余りよろしくなそうな金ぴかの鎧が歩いている。正直見ているだけで暑苦しい。
そんな日が数日続き、虎牢関が遠目に見えてきた。
「ここまで奇襲無しか。」
「すこし警戒しすぎじゃないですか?」
「石橋でも、渡るときには軽く叩きながらの方が良いさ。」
隣を歩く陳応の問いに徐庶は手にしていた焼いた鶏肉をかじりながら答えた。すると邢道栄が指さしながら声を上げる。
「あ!その肉いつのまに!?」
「昨日の夕方、飛んでた奴を仕留めた。なんだ、食うか?」
「いただきます!」
ちぎって渡すと、邢道栄は骨ごとバリバリとかみ砕いた。
そしてその日の昼過ぎ。虎牢関の門が目視できるあたりで足を止める。ここに陣を引くとの事だ。各々が天幕を広げ、竈を組み始める。
「……うん?今、何か音がしなかったか?」
袁紹軍のある男が組んでいた竈から顔を上げる。隣にいた兵は首を振った。気のせいかと、虎牢関へと目を向けると、門が開き始めていた。
「は……?お、おい、虎牢関が開いているぞ!」
その声に周りの兵も虎牢関へと顔を向ける。開いた門の中央には一人の女性が巨大な戟を構えていた。
「なんだぁ?たった一人か?」
ホッと胸をなでおろす男の隣で、ある兵が顔を真っ青にし、生まれたての小鹿の様に手足を震えさせていた。
「りょ……りょッ……ふッ……。」
「あ?どうしたよ。落ち着けって。」
男が兵の肩を叩く。そのままその兵は腰を抜かしてしまった。そして大声を上げる。
「りょ……呂布だああぁぁーーー!!!」
その声を合図にしたように、目の前の女性がバッと駆けだした。