<<駅前のファミレス>>
「好きなの頼めよ。腹減ってるだろ」
「えっと、じゃあハンバーグセットで」
ここに来るまでの道中、二人に会話は無かった。彼女は一定の間隔を保ちながらずっと後ろをついて行っただけ。
「おう、俺はコーヒーにするか」
「あの、本当におごってもらっていいんですか?」
注文を終え、彼女が少々申し訳無さそうに口を開く。
「ああ。いいデュエルを見せてもらった礼だ、遠慮すんな」
「それにお前はまだガキだろ。保護者が金を出さんでどうする」
スーツの男は冗談めいた口調で話す。
「…ありがとうございます。でも保護者には見えないです」
「ハハ、そうだな。どっちかって言えば一夜を共にするあの関係だな」
「そう見られないように『パパ』と呼びましょうか?」
「おい余計そう見られるだろうが」
(分かってて言ってんのか?こいつは…よくわからん)
「お待たせしました。コーヒーとハンバーグセットです。ごゆっくりどうぞ」
「おう、ありがとう」
「…いただきます」
注文した品が運ばれ、彼女は遅めの晩ご飯を食べ始めた。
「突然だが、俺の名は黒川(クロカワ)だ」
「わたしは鈴瀬です」
「鈴瀬か。聞いてた通り普段と随分印象が異なるな」
「やっぱり知ってたんですね」
「まあ、あるツテでな。あと敬語は使わなくていいぞ。堅苦しいのは好みじゃないんでな。でも俺のことは『さん』付けで呼んでくれよ」
「パパさん」
「それはやめろ」
「それより、色々訊きたいことがある。食べながらでいいから答えてくれ」
「スリーブの傷で判別してるってことに気が付いたのはいつだ?」
「初戦、硫酸のたまった落とし穴を使われた後、ふとデッキを見たらスリーブに結構大きな傷があったの」
「傷があるってことは使い回されてきたってことだから、もしかしたらって思ったの。彼がもしこのデュエルを何度も経験してたとしたら…」
「実際に見分けられるかじっと見てたら、遠くから素人目でもわかるくらいには傷の存在感はあった。その時に初めて『疑惑』が生まれたの」
「彼はわたしがじっと見たその行為を次のドローにかけてると誤解したようだけど」
「傷の存在だけで疑惑を抱いたのか?」
「傷を見たあとに、(前のターンそういえばためらいなくサイクロンで激流葬を当ててきたよね)って思って、それも疑惑を強くした要因になったかな」
「疑惑が確信に変わったのは?」
「2戦目の時もずっと疑惑のままだった。彼が自ら種明かしをした時に初めて確信に変わったくらいだから。ただそれが無くても結果はたぶん一緒だったと思う」
「既に決まった後だからな。しかしまあ、あのレートでよくそれに気付いただけでなく、それを利用し勝利を収めたもんだ」
「時間も無かったし、あの仕掛けしか思いつかなかった」
「サイクロンと魔法の筒の入れ換えのことだな?何故そのカードを入れ換えたんだ?」
「2000LPのデュエルで魔法の筒は反則的に強いカード。できればこれで不意を突きたいと思って入れ換えたの」
「サイクロンを選んだ理由はあるのか?」
「それは単純に、『サイクロンとわかっているカードをサイクロンで破壊するような人はまずいない』から」
「なるほどな。神の宣告だけに気をつければいいってことか」
黒川は苦笑いをする。
「3戦目の魔法の筒も狙って発動したのか?」
「3戦目はお互い対等になったから、本当に策無しで挑んだ」
「でも初手4枚にモンスターが無いという不運に見舞われた。呆然と最初のドローで引いた魔法の筒を見てたの。そしたら思いついた」
「彼とわたしが2戦目の時ガイアを召喚する際に伏せたカードが何だったかを思い出してみたら、いけるって思えた」
「わたしの中ではライフが0になる前にガイアを引ければ勝ちって思ってた。だけど、そんな単純な勝負じゃなかった」
「フィールドに何も無く、手札がサイクロンと魔法の筒の時は…一瞬だけど迷った」
「よくサイクロンだけセットしたな。攻撃されたらそれで終わりの場面でその戦略にすがる必要はあったのか?」
「攻撃されないって確信は無かったけど、わたしにはそれしか見えなかった。今思えばかなり危険な綱渡りだったかな」
「綱を渡ったからこそ次のターンにチャンスが訪れたんだと思うぜ。結果論だがヂェミナイ・エルフで攻撃してればお前は勝ってた」
「…それも今思えば彼のフィールドにあったあのカードは、彼がガイア召喚のために伏せたカードだったよね。確かにヂェミナイ・エルフの召喚に激流葬を使って来なかったって考えてたら…あの時点ではそこまで頭が回らなかった」
「過ぎたことだ。勝ったなら問題あるまい」
「それも含め見ごたえのあるデュエルだった。久々に面食らったぜ」
「ありがとう…あの」
「どうした?」
「もし、負けてたらどうなってたの?」
「お前が金を払ってたんじゃねえのか」
「えっと、そういうことじゃなくて…」
「…無ければ作ればいい。1日か半年か、もしくは数十年かけてな。金意外で払うって選択肢も無いわけじゃない。それだけだ」
黒川は冷たく言い放つ。その容赦ない冷たさに彼女の背筋が凍る。どうなっていたのかは考えるだけ無駄だ。
「…どうして彼の代わりに払ってくれたの?」
「そうだな、あの高レート勝負にお前を引きずり込んだ対価みたいなもんだ。あいつのことが心配か?」
「…ちょっとは」
「あいつは黒蠍意外のハウスでも荒稼ぎしてるからな。250万くらいどうってことねえだろうよ」
「彼とはどういう関係なの?」
「詳しくは言えないが、仕事仲間みたいなもんだと思ってくれていい」
「…警察官?」
「そう見えるか?」
「…見えない。あなたもだけど」
「ハハ、そりゃいい目してんな」
「ま、俺のことは詮索しない方がいいと言っておこうか。ところで、その金は何に使うつもりだ?」
「わからない。こんな大金持ったことないから…」
「そうか。ならそれを元手にもっと稼いでみる気は無いか?」
「?」
「来週の金曜、丁度1週間後の夜にな、黒蠍に近頃調子のいい某新興企業の社長がいらっしゃる。いわゆる成金だ」
「で、その社長がその日の対戦相手を探しててな…お前さえ良ければ話つけとくが、どうだ?」
「…レートは?」
「今日と同じ…いや、少し上かもしれん。200万程度じゃ心許無いかもな」
「…」
「返事は今すぐにとは言わん。当日の昼までに連絡寄越してくれればいい。その時に改めて詳細を話す」
黒川は電話番号が書かれた紙を彼女に渡す。
「…わかった」
「付き合わせて悪かったな、そろそろ出るか?」
「あっ、待って」
「ん?どうした?」
「えっとね…」
「何だ?何かあるのか?」
「…パフェも頼んでいい?」
「あん?お、おう」
黒川の肩の力が抜ける。
(遠慮せず頼め、って言ったんだがな)
「…うまそうに食うな。甘いもの好きなのか?」
「うん、大好き」
彼女の口元は少しばかり緩くなっている。
「好きなのは結構なことだが、食いすぎると太るぞ」
「む…太ったら黒川さんのせい」
「そんときゃいいダイエット紹介してやるよ」
しばらくこの調子で軽い会話が続く。
その後、食事を終えた二人は店を出た。
<<駅の改札>>
「それじゃあな。帰り道気をつけろよ」
「うん。おごってくれて、ありがとう」
「ちっぽけな金だ。礼には及ばん」
彼女は改札をくぐり、電車に乗った。時計の針は11時ちょうどを指していた。
(全く、変わった娘だなあいつは)
(さて、俺も一仕事して帰るか)
帰り道、ふとパパと呼ばれた場面を思い出す。
(…俺に娘がいたら、ああいう風には育てないだろうな)
だがそんな娘も悪くないと思う黒川であった。
【第1話 終】