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「私も自分の意見を言うようになったのですが、聞く耳持ってくれません…」
「『私たちの言う通りにすれば間違いの無い人生が送れるの。綾芽のためを思って言っているのよ』と私に言って…」
綾芽は俯きながら話す。
綾芽は1人っ子である。両親の期待を一身に背負い育ってきた。綾芽自身もそんな両親の期待に応えるべく両親の望むように振る舞い、努力してきた。
中学時代まではそれで良かった。特に疑問を抱くこともなく、そういうものだと受け入れてきた。
しかし高校生になり、ある人物と出会うことによって綾芽の心に変化が起こる。
その人物は周囲とは比べ物にならないほど強烈に自分というものを確立し、何者にも流されることのない、綾芽とはまるで正反対のような存在。
そう、彼女である。
「綾芽は、どうしたい?」
彼女と接する内に、綾芽はこれまで受け入れてきたことに対して疑問を抱くことが多くなり、そして彼女に触発されるように自分の気持ちに正直になることも多くなった。
しかしそれは綾芽の両親にとっては『子供特有の親に対する反抗』としか捉えられず、綾芽はこれまで通り理想を押し付けられるだけだった。
ここまでの綾芽の語りからの印象だと相当きつく縛られているように思えるが、実際はそれほど強くは制限されていない。放課後や休日には基本的に遊びに行くことができ、門限も夏場は18時半までとなっている。
「私は…私の人生を歩みたい。だけど決してお母さんやお父さんの指し示す人生を否定してるわけじゃないんです」
「うまく言えないけど、それしか道が無いわけじゃないと思うんです。でも両親は理解してくれなくて…」
俯いていた綾芽は顔を上げ彼女を見る。
「麗梨さん…麗梨さんなら、どうしますか?」
行き詰りそうな自分に彼女なら答えをくれる。綾芽はそう思って彼女に問うが、
「わからない。答えを出せるのは綾芽だけ」
彼女の返事はどこかそっけなかった。
「そう、ですよね…」
綾芽は下を向く。
「答えが出ないなら、そのままでもいい」
「えっ?」
が、彼女の言葉に再び顔を上げた。
「そのままでもいい、って…でもそれじゃあ」
「変わらない、って思う?」
彼女は綾芽の考えを先取りする。
「…」
綾芽は遠慮がちに頷く。
「じゃあ考え方を変えるね」
「綾芽らしく、そのまま。それも答え」
「…!」
綾芽は彼女の言葉の意味を考える。
(私らしく、それも答え…)
そして数秒考えた後、理解する。
(そっか、そういうこと…!)
「私らしく、それでいいんですよね」
綾芽の答えを聞いた彼女は優しく微笑んだ。
(麗梨さん、やっぱり麗梨さんは凄いです)
ーーー
(ふう…完封されてしまったわ。『graybloom』、流石ランク『S』ね)
琥珀は苦笑いを浮かべる。
(まあ相手がランク『S』だと、負けたところで私のランクには影響無いのだけれど)
そう思いつつも念のため自分のランクを確認する琥珀。
琥珀のランクは対戦前と同じく『B』のままだ。
(貴重な経験が出来たと考えましょう)
琥珀が一息ついたところで部屋のドアがコンコン、とノックされる。
「はい」
「お嬢様、ピアノのお時間でございます」
ドア越しから聞こえる声に、
「今行きますわ」
琥珀は返事をした。
ーーー
「麗梨さん、テーブル使いますね」
「どうぞ」
綾芽は持参した勉強道具をテーブルに広げる。
「あの、もしよければ勉強教えてもらってもいいですか?」
「わたしのわかる範囲で良ければ」
「はい…!」
綾芽はどこかすっきりした表情で勉強に臨んだ。
「じゃあ早速なんですが、この問題はーーー」
ーーー
プルルル、と着信音が響き、黒川は携帯電話を手に取る。
「おう、どうした?」
「負けたわ」
「そうか」
「リベンジ」
「いつがいいんだ?」
「なるべく早く」
「ああ、少し待て」
黒川は手帳を取り出し予定を確認する。
「そうだな、水曜の夜でどうだ?」
「うん」
「分かった、あいつに伝えておく」
「受けてくれるかしら」
「相手、という面では問題無いだろうよ」
「そう。じゃあお願い」
「ああ。あと、これは俺の個人的な意見なんだがなーーー」
ーーー
(…ふう、これで地理は大丈夫かな)
「んー…」
綾芽は筆記用具を置いて体を伸ばす。
「あ、もうお昼…」
壁に掛けられた時計を見て時間を確認する綾芽。気が付けば時刻は12時を回っていた。
「お昼ごはん、食べに行く?」
「うーん…」
彼女の提案に綾芽は少し考え、
「せっかくですが、お家に帰ります。お母さんがご飯用意して待ってるかもしれませんので…」
「わかった」
乗らないことにした。
「麗梨さん、今日はありがとうございました。心がちょっと楽になった気がします」
玄関先で綾芽はお礼を述べる。
「どういたしまして」
「それでは、また学校で」
「うん、ばいばい」
綾芽は控えめに手を振って帰路についた。