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デュエルハウス六武衆で彼女と出会う数日前のこと。
(変わってないわね。以前と全く同じだわ)
藜霞はとある家の門の前に立っていた。
表札には「橡」の文字が刻印されている。
(さて、モードチェンジ)
ヘアゴムを解き、サングラスを外す。
(さすがにちょっと、緊張)
ふう、と藜霞は息を整えると、インターホンを押した。
「どちら様でーーー」
応対した相手の声が途切れる。
藜霞が答えるまでもなく直後、
「藜霞様…!?藜霞様でございますね!?すぐお迎えにーーー」
慌てふためくような声が届けられるが、
「必要ないわ」
藜霞は冷静に返す。補足しておくと訪問者の顔が見えるタイプのインターホンであるため、返事が無くても相手は藜霞だと認識できた。
「ですが…!」
「ワタシのことは気にしないで。琥珀ちゃんはいるかしら?」
「お嬢様でしたらまだ学校かと」
「あら、ちょっと早かったわね。出直すわ」
「お、お待ち下さい!こちらでお嬢様のお帰りをお待ち頂いてはいかがでしょうか?」
藜霞は少し間を置いて答える。
「…そうね、鍵だけ開けてもらえるかしら」
「か、かしこまりました」
そして門を開けて敷地へと足を踏み入れた。
ーーー
「あちらさんも驚いただろうな、まさか何の前触れもなく訪れてくるとは思わんだろ」
「それはもうびっくりしまくりだったわ。ワタシ思わず笑いそうになっちゃって」
藜霞は楽しそうに話す。
「全く、困ったお嬢様だ」
「反省してるわ。ちょっとだけ」
「まあ、あちらさんとしても対応しやすかったんじゃねえか?昔からの変わらないお前ってことで」
「その通りよ。あえて昔ながらのワタシを演じたのね」
「嘘つけ、素だろ」
黒川は軽く笑いながらツッコミを入れた。
ーーー
生徒会の仕事を終え、私は帰途についていた。
すっかり見慣れたいつもの通学路を歩き、自宅へと向かう。
「お嬢様、お帰りなさい」
私が玄関のドアを開けるとメイドが出迎える、いつもの光景。
「ただいま」
「お帰り、琥珀ちゃん」
もう1人のメイドも出迎える。
「ただいま」
私はいつものように自分の部屋へとーーー
「…うん?」
部屋へと向かう足を止める。
琥珀ちゃん…?メイドはそんな呼び方しないはず…
振り返ってさっきの声の主を確認する。
「どうもー」
「!?」
手に持っていたかばんが床に落ち、「ドサッ」という音が響いた。
「れ、藜霞お姉様!?どうしてここに…!?」
「どうしてって、琥珀ちゃんに会いたかったからに決まってるじゃない」
口を開けて呆然としてる私に、ニッコリと微笑む藜霞お姉様。
「久しぶりね。プロになってからは初めてかしら」
「ええ…お久しぶりです…!」
まだこの状況が信じられないけれど、目の前で微笑むその人は確かにあの藜霞お姉様に間違いなくて…
「ちょうど今から30分程前に訪ねられまして…」
メイドも困惑を隠せない様子で伝えてくる。
「琥珀ちゃんがまだ帰ってないって聞いたから待たせてもらったのよ」
対して藜霞お姉様は楽しそうなご様子。
「そ、そうだったのですね…」
「お嬢様、お部屋でお話されますか?」
メイドの問いに少し遅れて答える。
「…そうですね。制服も着替えないといけませんし」
これは藜霞お姉様と私の仲を考慮したメイドなりの気遣い。
普段なら来客との応対は応接間や食堂で行うのが決まりとなっているけれど、藜霞お姉様は特別。
私にとって大切な人ですもの。
「藜霞お姉様、私のあとをついて来て下さい」
澄ました顔をしながら部屋へと向かう私。
でもその顔は…人に見せられないくらい緩んでいたと思います。
だって、藜霞お姉様と久々にお話が出来るのですから…!
「藜霞お姉様…」
部屋に戻るなり私は藜霞お姉様に抱き着きました。
「ずっと、会いたかったです…!」
私が素直になれる瞬間。気丈に振る舞う私はここに居りません。
「琥珀ちゃんったら大げさね。うん、ワタシも会いたかった」
苦笑いしながら抱き返す藜霞お姉様。
でもその声は嬉しそうでした。
「びっくりした?」
「はい、本当に夢じゃないかって思いました…でも、どうして突然訪ねて来られたのですか?もしかして何かあったりとか…?」
「あったのが、なくなったから、来れたのよ」
「?…どういう意味でしょうか?」
「言葉通りの意味よ」
藜霞お姉様の言動と行動は昔から読めないところがあります。意味や理由を尋ねてもまた別の疑問が浮かんでしまう場合も多いけれど、それでも探せば答えは見つけ出せます。
ただ私自身答えそのものよりも、求める過程でのこの振り回されてる感じが好きなのです…変わっているのでしょうか。
ここでも当の本人は十分に説明しきったような顔をしておりますが、私には何ひとつわかりません。
…いえ、違いますね。実のところ、その意味を結構把握していると思います。
他でもない藜霞お姉様のことですもの。何ひとつわからないなんてこと有り得ません。
ですがそれよりも先に大切な、2か月前から藜霞お姉様に会ったら言いたかったことをしっかりと伝えます。わからないフリをしながら。
「ごめんなさい、よくわかりません…それはそうと藜霞お姉様」
「んー?」
「ブロッサムカップ優勝おめでとうございます…!」
藜霞お姉様が成し遂げた偉業。杯を手にするまでの道のりが藜霞お姉様にとってどれほど苦難であったのか、私はよく知っております。
「あら、やっぱり知ってたのね。ありがと」
「もちろんです!これまで藜霞お姉様が出場された大会は全て見ておりました…!本当に、尊敬致します…!」
なんだか感情が溢れて上手く言葉が出てきません。そういえば藜霞お姉様が優勝を決められた時も私、感極まって涙した覚えがありますが、今溢れてくるそれはその時と同じものなのでしょうか。
「ほら、泣かないの。相変わらず泣き虫なんだから」
優しく私を抱き寄せる藜霞お姉様。
「泣くのは、藜霞お姉様の前だけです…ぐすっ」
泣き虫と言われて意地を張っているわけではありません。泣き顔を見せられる相手は家族以外では藜霞お姉様だけなのです。
「そう」
藜霞お姉様は私が泣き止むまで抱き寄せて下さいました。