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結局藜霞は上シャツのみ下パンツのみの2種着用で調理を行った。なおエプロンに関しては元々持ってきていなかった。
「ちょっと時間かかっちゃったわね」
「おかげで豪華な出来栄えとなりました」
小さめのテーブルの上には所狭しと食器が並べられており、盛りつけられた多種多様の料理は彼女が普段作る食事と比べて豪勢なものであった。
「お腹ぺこぺこだわ。早く食べましょ」
「はい、いただきます」
「なんだか落ち着くわ。ホテルじゃ味わえないこの感じ」
食事中、藜霞がふと呟く。
「いい感じ、ですか?」
「もちろんよ。ちょっと懐かしさすら感じるわ」
「わたしとこうして一緒に食べたこと、あるのかもしれませんね」
「あながち無いとも言い切れないかもね。ねえ、食べたらデュエルしましょ」
「はい、しましょう」
ーーー
食事を終えてしばらくした後、
「ねえ」
「はい」
「パズル好きなの?」
机の上のパズル雑誌を開きながら藜霞が問う。
「はい、好きです」
「そう。数字系?」
「ワード系も好きですが、理詰めで解ける数字系も好きです」
藜霞はパズル雑誌を閉じて彼女の方に向き直る。
「じゃあひとつ問題」
「?」
「1、1、9、9、この4つの数字を四則演算と括弧だけで答えが10になるようーーー」
「(1÷9+1)×9」
「ちょっと、問題の途中なんだけど」
藜霞が問題を唱えている最中に解答する彼女。
「合っていますか?」
「ええ、正解よ。ワタシが1分かかった問題を数秒で解いちゃうのね。気に入らないわ」
藜霞は唇を尖らせる。
「小学生の時、流行ってました」
「あー何かそういうの流行る時期あったわね。その頃から好きだったの?」
「はい。楽しかったです」
「そう。幼少期から積み重ねた数字がデュエルにも生かされてるってわけね」
「かもしれません。数えたことはありませんが」
「その数がいくらなのか知らないけれど」
藜霞は荷物の中からデッキを取り出すと、
「今から1増やしてあげるわ」
挑発的な笑みを浮かべながら彼女の前に置いた。
「わたしの勝ち数をですか?」
彼女もそれに応えデッキを藜霞の前に置く。
「あら、面白い冗談言うじゃない」
クスっと笑いがこぼれる藜霞。
「増やせるものなら増やしてご覧なさい」
「はい、1アップします」
「その言い方だと残機数ね」
藜霞はそうつっこむもののテレビゲームに明るくない彼女には伝わらず、首を傾げられる。
「知らないならいいわ。さ、始めましょ」
「はい」
ーーー
「《氷帝メビウス》で攻撃します」
「もう、またワタシの負けじゃないの、きー悔しいー」
「1アップです」
「次よ次、ほらシャッフルしてちょうだい」
「はい」
「あ、待って。デッキ交換してデュエルしない?」
「いいですよ」
「アナタを内側から触れてみるわ」
「おてやわらかにお願いします」
2人の夜は続いていく。
ーーー
午後11時。デュエルを十分に楽しんだ2人は就寝に備えるため、彼女は自分のベッド、藜霞はその隣の床部分に敷いた布団に入っていた。
消灯された部屋には微かに月の光が差し込んでいる。
「ねえ」
「はい」
お互いに仰向けで天井を見つめながら声を交わす。
「何か昔話して」
「むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがーーー」
「そっちじゃない。そっちはまた今度聞かせて」
藜霞によって話が中断され、静寂が訪れる。
彼女が次に口を開けたのは十秒ほど経ってからだった。
「わたしがここに引っ越してきたのは、中学3年生になった時でした」
「続けて」
「ひとり暮らしでしたが、周りの人たちが支えてくれたおかげで今日のわたしがあります」
「うん」
「めでたしめでたし」
「こら、あらすじで終わらないの」
藜霞は小声でツッコミを入れる。
「藜霞さんのお話が聞きたいです」
「ワタシの話なんて単純なものよ。家を出てプロになりました、おわり」
「感動しました」
「でしょ?アナタもワタシを感動させるべき」
「感動させる自信がないのでわたしの物語は、いずれまた」
「そう。その時まで待つことにするわ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
その挨拶を最後に2人は眠りについた。
本格的な夏を迎えつつあるこの瞬間も、彼女たちの物語は綴られていく。
【第11話 終】