「…すみません、トイレお借りします」
おもむろに彼女は立ち上がり、デッキと荷物を持ってトイレに向かった。
(やられた…道理で1戦目はあっさり過ぎると思った)
2回戦に負けたことで彼女は村田の思惑に気付いた。村田はわざと負けたのだ。ただ、わざと負けたというのは彼女の推察であり、初手が良ければ勝とうとしていたと言った方が正確である。
(攻撃的なデッキで削りにきた…1戦目勝ったわたしが守備に重点を置いたデッキを組むと踏んで)
(2戦目が始まる前に彼の思惑に気付くべきだった…そう来るかもしれないってことは頭によぎったのに)
(そのせいで3戦目は…)
2戦目村田が勝利したことにより3戦目までもつれることになる。それは彼女にとって不利な戦いになることを意味していた。
1戦目、村田は敗戦を見越してカードを1枚しか晒していなかった。ルール変更によって不足する情報が彼女を悩ませる。
(どう来るんだろう…さっきと同じようなデッキ?…それとも崩して別の戦法で来る?)
「う…」
(手が、震えて…)
絶対に負けられない戦いを前にして、不利な状況であることを自覚した彼女に恐怖が体を走る。
その恐怖は前回よりも強い。レートが高いということもあるが、それ以上に前回に比べて意識的にはっきりしているからである。
前回はまだ未知の部分が多く、状況に対して朧気であった。しかし今回は1度経験しているという点から前回よりも正常に近い。
そしてそれは視野が広がっていることをも意味する。
(………)
頭の中で2戦目を思い出す。彼女は違和感を覚えていた。1戦目にあっさり勝ったという件ではなく、別件。前回と良く似た違和感。
(まだ、わからないけど…ひょっとすると)
彼女はデッキを見返す。
(あと、残ってるカードは…)
(…また、綱渡りかな。できることなら、渡りたくないけれど…)
(勝つためには…賭けるしかないよね)
彼女は意を決し、戦場へと戻った。
「あ」
「おう、一週間ぶりだな」
彼女がトイレから戻ってくると黒川が村田の隣に立っていた。
(黒川さん…)
彼女は黒川に対し不信感を抱いていた。もとより、初めから信用などしていないが。
「このデュエルで勝敗が決まるんだってな、見届けさせてもらうぜ。青葉さん、中継頼んでもいいか?」
黒川は青葉にモニター中継を注文すると。近くの席に座った。
「かしこまりました。先程からこちらのデュエルをご覧になってるお客様方。只今より天井カメラからの映像をカウンターのモニターに出力致しますので、こちらのデュエルの様子はモニターをご覧くださいませ」
周囲の客もモニターの方に視線を向ける。
「ほお、中継できるんかこの店は」
村田は感心している。というのも大体のデュエルハウスは監視カメラはあっても、このようにデュエル中継はやっていない。主に経済的な理由で。
(あと2分…)
タイマーを見て席についた彼女はデッキから破棄するカードを淀みなく選ぶ。
「なあ、お前」
選び終えた彼女に村田が話しかける。
「なんですか?」
「そのカバン、250万しか入ってないんやってな」
「…!」
「黒川が教えてくれたわ。いやあ、ようこのレートで挑んできたなあ」
(黒川さん、どうして…)
彼女は黒川の方を見るが反応は無い。
この情報は彼女にとって何ひとつ有益をもたらさない。それどころか、彼女の底が暴かれたことで彼女にとって負けられない勝負であることが露呈してしまった。
これまでの経緯から彼女は黒川が村田に肩入れしているように思えた。
(…ひとりなのは、慣れている)
「足らん分はどう払うつもりや?あん?」
村田は高圧的な態度で問う。
「………」
彼女は黙ったままだ。
「そうやな。1日分2万で買ったるわ。端数は負けといたる、どないや?」
「…2万?」
「言わなわからんか?その1日着たやつを差し出せっちゅーことや。100万やったら50日分や」
「それは…!」
「拒否権は無いで。手持ちが足りんかったらそれに代わる対価を差し出すんがルールやろ」
「…そう、ですね」
村田の言う通り、この世界は足りなかったでは済まされない。支払うべきものを支払って勝負というものは完了する。
「…わかりました。受けます」
「よっしゃ!やる気湧いてきたで!」
提案が成立すると同時に5分が経過する。
「5分経過致しました。破棄した5枚のカードを回収致します」
「続いてお選びにならなかった残りの5枚のカードをお返し致します」
カードを混ぜ、シャッフルが済み、デッキが返され
(…絶対に、負けない)
「準備が整いました。赤スリーブの方先攻で3回戦、デュエルスタート!」
運命の3回戦が始まった。