ーーー月曜日、午前8時
支度を済ませ、彼女は玄関へと向かう。
(あ、デッキ)
靴を履く寸前、綾芽に言われたことを思い出す。
(わたしも、持ち歩き)
デッキを制服のふところに入れ玄関へと向かおうとする。
(………)
が、一旦立ち止まる。
彼女は異様な存在感を放つかばんを無視できなかった。
かばんの中から札束を1束取り出し、通学用のかばんにそっと忍ばせる。
(何してんだろ、わたし。土曜はあまり気にならなかったのに…)
苦労と努力の末に手に入れたものではなく、たった2回の勝負で手にした高校生には不相応な大金。
目の前にあるはずなのに、自分のお金だというのに、どこか遠い。土曜日の時はその遠さが薄かっただけなのかもしれない。
(…行こう。残りはお留守番)
流石に全部持っていく気にはならなかったようだ。
ーーー昼休み
「綾芽、放課後空いてる?」
彼女は綾芽に声をかける。
「はい、空いてます。もしかして…!?」
「うん、デュエルしよ」
「はい!」
綾芽は元気良く返事をした。
ーーー午後4時、放課後
「すみません、委員会の仕事なのに手伝って頂いて…」
「気にしないで。二人の方が早く片付くでしょ」
彼女と綾芽は資料を持って廊下を歩いていた。
(麗梨さんは優しくて気が付いてすごいなぁ…)
あとは資料を準備室に持っていけば委員会の仕事は終わりだ。
(あれ?何だろう)
準備室のある廊下に出ると、2人の男子生徒が準備室前に立っていた。
「あの、すみません。そちらの部屋に資料を片付けに来たのですが…」
綾芽は男子生徒に話しかける。
「あ?後にしろ」
男子生徒はそっけ無く返すと何事も無かったかのように、準備室前をふさぐように立ち続ける。
(…)
「委員会の仕事なので、どいてもらえませんか?」
困る綾芽を傍目に彼女が男子生徒に寄る。
「だから後にしろっつってんだろ!」
「お前3年にそんな口きいて良いと思ってんのか?」
2人の男子生徒が彼女をにらみつける。
彼女も表情を変えず目を見る。
「れ、麗梨さん、また後で来ようよ…」
綾芽は怯えながら小声で伝える。
(入れない理由が気になるけど、今は…引こう)
「…わかりました、また後で来ます。行こ」
彼女と綾芽は男子生徒を横目に廊下を歩いた。
(…!)
準備室を通り過ぎる瞬間、扉のガラス越しにある人物の顔が映る。
一瞬だけだったが、彼女はそれを見逃さなかった。
(瑞希…!?)
しかし足を緩めることなくそのまま通り過ぎる。
「…麗梨さん?」
廊下を進み曲がった直後、彼女は立ち止まる。
「綾芽、中見た?」
「中ですか?」
「準備室」
「いえ、見てません」
「…瑞希がいた」
「瑞希、って中根さん?」
「うん。…泣きそうな顔をしてた。嫌な予感がする」
「えっと…」
綾芽は少し戸惑っている。
「綾芽。協力して欲しい」
綾芽は廊下を曲がってすぐの場所に待機しながら先ほどの会話を思い出す。
『職員室で鍵貰ってくる。わたしが合図したらあの2人の気を引いて。その間に反対方向から走って開ける』
『ちょ、ちょっと待って下さい。そんなの危険です…!もし入れたとしてもどうなるか、一応先生呼んだ方が…』
『先生を呼んだら有耶無耶になっちゃう可能性がある。危険なのは承知の上。…お願い』
彼女の真剣な顔を見て綾芽も覚悟を決めた。
『…わかりました。麗梨さん、協力します』
『ありがとう。大丈夫、危なくなっても綾芽はわたしが守る』
彼女はそう言って職員室へと走って行った。
(そろそろ合図が来るかな、メールで伝えるとは聞いたけど…)
(…麗梨さん以外のお願いなら、私断ってたのかな)
綾芽は『わたしが守る』という言葉を思い出す。
(守るなんて言われたの初めてだったな…)
彼女の言葉を思い返したその直後、合図が送られてくる。
(来た…!)
from麗梨
「いつでもいいよ」
携帯電話をポケットに入れ、資料を両手に乗せる。
(…怖いけど、麗梨さんのために!)
綾芽は意を決し準備室へと歩き出した。
「おい、あの2人また来たぞ」
「あ?おいおい後でとか言いながら全然時間経ってねえじゃねぇか」
準備室の前で男子生徒は自分たちの方へと向かってくる綾芽を見る。
綾芽の足取りはどこか不安定だ。まさに今にも転びそうな。
「あっ」
綾芽の両手に乗っている資料の一部が手からこぼれ落ちる。
それと同時に綾芽は派手に前のめりに転んだ。
「いったーい!!」
資料が宙に舞い、綾芽のかけてた眼鏡が前へと飛ばされる
「ぷっ、だっせー」
男子生徒の1人が派手に転ぶ様を見て笑う。
「め、眼鏡どこー!」
綾芽は眼鏡を掴もうとするが、その手は何度も情けなく空中を踊る。
「…前だよ!もうちょっと前の右。違う!まだ前!」
もう1人の男子生徒が呆れながらも誘導する。
しかし手は変わらず何度も空振り、眼鏡が全く掴めそうにない。
「あーもう!」
誘導していた男子生徒が見かねて眼鏡を拾いに行く。
「ハハハ、どんだけ目が悪いんだよ」
もう1人の男子生徒がその光景を見て笑いながら男子生徒の方へと近寄った。
(麗梨さん、今です!)
その瞬間、廊下の反対側から彼女が準備室目がけて疾走する。
「!…なっ!てめえ!」
男子生徒は彼女に気付くも時既に遅し。彼女は迅速に扉の鍵穴に鍵を挿入すると同時に開錠し、準備室へ突入した。