「あーもう!しつけーな」
藍子は次の日、また次の日と積極的に桜に話しかけた。
「つーか何であたしなんだよ?」
(こいつ、まさかいじめから守ってもらえるとでも思ってんじゃねーだろうな)
桜は相も変わらず不機嫌そうだ。
「自分に嘘ついてないからです」
「…あ?」
予想外の回答に桜はどういう意味だと言わんばかりに藍子の顔を見る。
「みんな自分を騙して嘘ばっかり。そんな人たちと友達になんかなりたくないです」
それは桜が1人のままでいる理由とほぼ同じだった。
「1人になってしまったんじゃなく、1人になるのを選んだってのか?」
「はい。でも1人じゃ寂しいです。赤石さんと友達になりたいです」
(あたしだけかと思ってたが…)
「……」
桜は黙ったままだ。
「赤石さん?」
「…あたしは1人でも寂しくねーよ」
桜は小さな声で答える。
「それは嘘です」
その答えに藍子が即答する。
「嘘じゃねーよ!何でお前にそんなことがわかんだよ」
さっきとは対照的に大きな声を上げる。
「中学生の時、私には1人の友達がいました」
「その友達は変わってるっていうか、何というかミステリアスな雰囲気の子でした」
「1人でいても寂しさを微塵も感じさせない子で、そういう意味では赤石さんと似てたと思います」
「ある時、私はその子にききました。1人でも寂しくないの?って」
「その子は答えました。『ひとりだと感じてしまったら、さびしい』と」
「……」
「赤石さんはきっと学校以外では1人じゃないはずですし、私もその子がいるから1人じゃありません」
「でも、それでも1人だと思ってしまうんです。周りの人たちが嘘だらけの関係でも楽しそうにしていればしているほど」
藍子はどことなく悲しそうだ。
「…だからあたしと友達になろうってか?」
「否定は、しません」
「あたしは1人でも構わねーし、寂しいかどうかは別問題だ」
桜はその場から立ち上がり去ろうとする。
「赤石さん…!」
「前にも言ったが友達は募集してねー。お前も1人じゃねーならそれでいいだろ」
「…」
藍子は何も言えず去り行く桜の姿を見つめていた。
ーーーさらに次の日、昼休み
桜はいつも通り木陰で携帯電話をいじっていた。
(…今日は来ねーのか?)
昼休みも半ば、毎日のように訪れていた者の姿は無い。
(まあいい。しつけーのがいなくなってせいせいする)
手に持った紙パックのジュースをストロー越しに勢いよく飲み込む。
(なのに、何なんだこのモヤモヤ感は…!)
『ひとりだと感じてしまったら、さびしい』
ふと、そんな言葉を思い出す。
(くそ!あたしは寂しくなんか…)
ストローがズズズと音を立てる。ジュースを飲み干してしまったようだ。
(ちっ、もうカラか)
桜は自動販売機までもう1度ジュースを買いに行こうと立ち上がる。
(…あれ?)
いつもポケットに入れているはずの財布が今日は見当たらなかった。
(あ、体育の時か)
落としたかと思い一瞬慌てるが、冷静に記憶を辿ると心当たりが見つかり、
(しゃーねえ、戻るか)
桜は教室へと戻った。
(…無い)
教室に戻った桜はかばんの中を探す。が、財布は見つからない。
(落としてはいないはずだ。確かに覚えてる)
ここで桜は異変に気付く。
(やけに静かだな。というより…)
桜は周囲を見回す。
(何かおかしい)
周囲の生徒たちは桜を遠巻きに見ては、視線が合うと目をそらすといったことを繰り返す。
たまらず生徒の1人に声をかけた。
「おい、何見てんだ?」
「…」
生徒は何も答えず目をそらす。
桜はその行為にしびれを切らしたのか、今しがた目を逸らした生徒の胸倉を掴む。
「答えろ」
「おい赤石、落ち着けよ」
別の生徒が桜に促す。
「ああ?」
「気分転換に2階のトイレにでも行ってみたらどうだ?あそこ人少ないからおすすめだぜ」
「はあ?何言ってんだ?」
桜は発言の意味がわからずその生徒に問う。
「さあ?漏れそうなんだろ、急いだ方がいいと思うぜ?」
「てめえふざけてん…あっ!?」
桜はその生徒に詰め寄ろうとした瞬間、言葉の意味を理解した。
(藍子も、ちょっかい出してたあいつらもいない…まさか)
「…そうだな、行ってくるわ」
桜はその場を飛び出した。
「…なあ、赤石1人で大丈夫なのか?」
桜を促した生徒の友人らしき生徒が問う。
「あいつなら大丈夫だろ。走ればまだ間に合うだろうよ」
「さすがに財布はシャレになんねー、ってか?」
「何言ってんだ。俺はすぐに用が足せるトイレを紹介しただけだよ」
ーーー2F女子トイレ
「きゃっ!」
「もう一回言ってくれないかなあ?藍子ちゃーん?」
藍子は3人の女子生徒に壁際へと追い詰められている。
「…財布、赤石さんに返しなさい」
藍子は小声ながらも女子生徒たちをしっかり見据えて言葉にする。
「生意気に命令すんじゃねえよ!」
女子生徒の1人が片手で藍子の首を掴み壁へと押し付ける。
「うっ…!痛いっ…」
藍子は掠れ気味の声で痛みを口にする。
「お前なあ…赤石の借りを返すつもりか知らんけどさ、相手見て行動しろよな」
女子生徒は掴んだ手を下方向へと勢いをつけて離すと、藍子は尻餅をついた。
「けほっ、けほっ…」
「そうだ、お前が金くれるっつーなら返してやってもいいよ?」
別の女子生徒が藍子に提案する。
「いいなそれ。赤石の奴1000円すら持ってねえもんな」
女子生徒は桜の財布をパタパタとあおぐ。
「…」
(今、私の財布の中には2000円と少し…)
藍子は財布が入っているポケットに視線を移す。
「どうすんだ?」
「…本当に返してくれるんですか?」
「ああ、返してやるよ」
「そう、ですか」
(私のお金で赤石さんの財布を取り返せる…)
口ではそう言ったものの、藍子は動かない。
「おいおいさっさと決めろよ。ウチら気が長い方じゃねえんだからさ」
「…わかりました」
藍子はゆっくりとその場に立ち上がる。
(でも、私は嘘をつきたくない)
そして似たような場面を思い出す。
「わかったんなら金をーーー」
藍子は女子生徒の言葉を遮るように
「私のお金はあげません、赤石さんのことなんて知ったこっちゃないです」
冷静に力強く拒否した。