ーーー同日夜
<<デュエルハウス「黒蠍」>>
「急にお呼び立てして申し訳御座いませんな」
「いいですよ、アタシ今日は予定無かったですし」
黒蠍の従業員1人が急な体調不良に陥ったため、今日はフリーの紫が変わりに来ている。
紫が制服に着替えて間も無く、客が1人入店する。
「そんじゃあ始めますか」
「宜しくお願い致します」
「お?今日はねえちゃんが相手してくれるんか?」
客と紫は席につく。
「緊急の代役でね。遠慮せんと来てよ」
「はは、言われんでも手加減無しや」
紫の代役としての1日が始まった。
ーーーそして、夜も更けて
「本日はお客様方のお相手をして頂き有難う御座いました。此方、給金で御座います」
青葉は紫に給料袋を渡す。
「ありがたく頂戴致します」
紫は給料袋を受け取るとそのまま懐に入れた。
「それにしてもさすが黒蠍、客のレベルが高いですね」
「手に負えませんでしたかな?」
「まさか!手応えのある方が多くて満足してますよ」
紫は得意気に答える。
本日の紫の収支は約+1万6千円。平均的なレートでも1回の勝負で1万、2万動くこともよくあるため結構ギリギリでのプラスである。もちろん給料は含めていない。
「でも。私含めて誰もアイツには及びませんね」
「…」
「それこそこの辺りだと青葉さんくらいじゃないですか?明らかに実力が上回ってる人って」
紫はカウンターテーブルを拭いている青葉に目を向ける。
「私は引退した身で御座います故、何方であろうと勝負は致しません」
「それは残念です」
(引退される前に1度は青葉さんのデュエル見たかったなー、あープロになるのがもうちょっと早かったら)
(青葉さんのことだから復帰はしないよなー、あー)
紫は残念な気持ちを噛み締めながら、入口へと向かう。
「時間もいい感じなので失礼します。またいつでも呼んで下さい」
「お疲れ様でした。またお呼び立てする時は宜しくお願い致します」
(この仕事をしていると一度は耳にする青葉さんの伝説。『30年間無敗』)
黒蠍からの帰り道、紫は考え事をしながら歩く。
(30年間無敗なんて本人は否定してるし、にわかには信じ難い。でもあの人と接していると、あながち嘘じゃないかもしれないって思えてくる)
(あの何か得体の知れない感じ。そんな雰囲気を纏ってる人、アタシがこれまで出会ってきた人の中では青葉さんと…アイツだけ)
(あーやっぱ1度だけでもデュエルするとこ見た…あ)
途中、紫は見知った顔に遭遇し足を止める。
「やあ黒川さん」
「おお、桃山か。今日は黒蠍か?」
「うん、今帰るとこ。黒川さんは見回り中ですか?」
「そんなところだな。ついでに青葉さんと軽く話でも、とな」
「ふーん。…アイツなら心配には及びませんよ」
「この前もフリードでデュエルしたんだってな」
「まーね。ほんと、この刑事さんはどっから情報仕入れてるんだか」
黒川の情報の早さに紫は感心しつつ呆れる。
「ハハ、知りたいか?」
「…遠慮しときます」
聞かない方が良さそうな感じがしたので、紫は聞かないままにした。
「ま、あの程度のレートのデュエルで押しつぶされるような人間じゃなかったってことだ」
「額の問題かなー?なーんか元々あまりお金に興味無さそうなんですよねー」
「表に出てないだけさ。人にはそれぞれその額を越えると豹変する、閾値のようなものがある」
「ただ豹変すると言っても急に人格が変わるといったことは少ない。冷静さを欠き、判断を誤り続ければ結果的にそうなるがな」
「しかし中には越えても、全くおくびにも出さない奴がいるな。俺は数えるくらいしか見たことねえが」
基本的に人間である以上、欲望や本能には抗えない。平常時ならともかく、破滅の危機が差し迫ってる場面ではそれらを否定する選択肢はまず選べない。
が、それでもなお、それらを越える強い信念を貫き通せる人間も極稀に存在するのも事実。
「アタシは額が大きいと顔に出ちゃうタイプだわ」
「表舞台にいる時からそうだったよな」
「う…今はマシになりましたからね」
「そうだな。もうすっかり裏の住人だ」
黒川は腕時計を見て時間を確認する。
「そろそろ行くか。気を付けて帰れよ」
「はい。じゃあね」
紫は再び帰り道へと歩き出した。
ーーー翌日、昼休み
赤石はポケットから携帯電話を取り出す。
(電話…あ?黒川さんから?)
赤石は着信画面を確認すると人気の無い場所へと移動した。
「はい」
「修哉、しばらくぶりだな。調子はどうだ?」
「まあまあですよ」
「そうか。相変わらずで何よりだ」
「…用件は何ですか?」
赤石は用件の切り出しを促す。
「2つ下の後輩に負けたらしいな」
「知ってたんですか」
「ああ、桑鴇のガキ共を補導した時にな」
黒川は数テンポ置いて用件を話し始めた。
「突然で悪いが今週の土曜、鶸櫨(ヒワハゼ)会館に行けるか?」
「行けますよ。時間は?」
「20時までに着いてりゃいい。勝負は1回、勝ちで400万、マッチとライフレートは無しだ」
「詳しいルールは例の如く現地ですか?」
「ああ。俺は用があって行けんが話は通しておこう」
「わかりました。勝負が着いたらまた報告します」
(400万か。結構な額だが、勝利レートだけならまあ許容範囲か)
「待て、まだ話は終わってねえ」
「あ?」
赤石は一瞬電話を切ろうとしたが、すぐにとどまる。
「…タッグデュエル?」
「そうだ。今回はシングルじゃねえ。お前経験あるか?」
「何度かは。ですが、タッグならパートナーが必要じゃーーー」
「ああ、そのパートナーはお前が決めろ。お前と共に400万の勝負を出来る奴をな。当てはあるか?」
「あー…何人かはいますが、400万の勝負となると…」
「まあ、無理だったら土曜の昼までに連絡してくれ。それじゃあな」
黒川はそう言い残し、通話を終わらせた。
赤石はポケットに携帯電話を仕舞い、考える。
これまで赤石は1人で戦ってきた。大きな勝負では彼女以外に負けたことはない。
しかし、タッグデュエルはプライベートで数える程しか経験していない。
ある程度の変則ルールでもそれなりに対応できる柔軟さを持ち合わせてはいるが、それらは全てシングルという前提でのルールだ。
タッグデュエルも変則ルールの1つと言ってしまえばそれまでだが、パートナーが存在しなければルール以前の問題である。
赤石にとってはパートナー選びが最初の関門だった。適当に選ぶわけにはいかない。なにせ大金がかかってる。
(まあ、パートナーがいなきゃ降りだな)
故に赤石は積極的ではなかった。が、それでも一応探してみることにした。
(裏の奴らと渡りあえる実力があり、400万の勝負に動じることもなく、何よりお互いに信用出来る奴か?そんな奴いるわけ…)
赤石は1人の存在を思い出す。
(待てよ?まさか…!)
それは大勝負で唯一黒星をつけた相手。
同時に何故黒川がこのタイミングで、初めてタッグデュエルをさせようとしたのかを理解する。
(…なるほど、そういうことか)
赤石は黒川の意を汲み取り、
(なら、あいつしかいねえな)
1年の教室へと向かった。