部屋に残された柳沢は、負けたという事実をまだどこか受け止めきれていない様子だ。
「…」
ヘズは言葉こそ発しないものの、冷静に現実を認識している。
そのまま誰も言葉を発さず、数分が経過した。
「…落ち着いたカ?」
機を見てヘズが柳沢に問いかける。言葉通り柳沢はある程度落ち着きを取り戻しつつあった。
「ああ…なあ、ヘズ…教えてくれないか?一体何がどうなってたんだ…?」
ヘズはゆっくりと語り始める。
「ここまで9枚、墓地に見えてるカードは全て【C】デッキのカード。赤石君がそう言ったのを覚えてるだロ?」
「ああ、でも意味がよく…」
「パートナーのデッキに送り込む場合、自分もパートナーのデッキからその分カードを取らないといけなイ。手札が不足するからナ」
「だが手札は0、墓地見えてるカードは全て【C】デッキのカード…おかしいんダ、手札に加えたはずの【D】デッキのカードが無いんだからナ」
「!…ってことは」
「ああ、送り込んだのは赤石君では無く鈴瀬さんの方だったってことダ」
ここで柳沢はデュエルを振り返り1つ疑問を抱く。
「ちょ、ちょっと待て!赤石にしろ麗梨にしろ送り込むとか、そんな動きは全く無かったぞ…?」
「ああ、オレもずっと見てたからわかるが赤石君には無かったネ」
「…その言い方だと麗梨にはあったように思えるんだが」
「同じく無いと思ってタ…が、実は2秒か3秒、死角があっタ」
「!」
「思い出してみナ、手札を入れ替えようとしたターンにあったことヲ」
柳沢は慎重に記憶を辿っていく。
手札の入れ替えを画策した事、ヘズとサイン交換をした事、ヘズが彼女の墓地のカードを持ち上げて零した事、入れ替えようとして赤石に阻止された事…
「…ああっ!」
(あの時かっ…!)
そして柳沢は自身の記憶から死角を見つけた。
ーーー
同じ頃、赤石と彼女はエントランスまで戻っていた。ここに来た時よりも人は少なく、一層閑散としている。
2人に会話は無い。一応まだ戦場である、気は緩めない。
「…あ」
彼女は思い出したように立ち止まる。
「どうした?」
赤石も立ち止まり、彼女に問う。
「おしっこ、したい…」
「…あ?」
赤石は彼女の突拍子もない一言に気が抜ける。
「休憩時間が無かったから…途中から我慢してたの思い出した」
「待ってるからトイレ行ってきな、右奥にあるだろ」
「ついてきて欲しいです、心細いです」
広い会館内の右奥の方にトイレの標識が見える。通路に電気は灯っているものの周囲に全く人は見当たらず、1人で行くのは勇気がいるかもしれない。
(まあ、これは確かに1人じゃ行きづれえな)
「わかった、ついて行ってやる」
「ありがとうございます」
ーーー
「鈴瀬さんが送り込んだのは赤石君が入れ替えを阻止した時ダ」
「あの時オレたちは赤石君に気が向いてタ。しかも赤石君のデッキは伸ばした手の下にあってオレたちからは見えなかっタ。2重に死角になってたのサ」
「オレたちを出し抜いてデッキの1番下に送り込んだ後、《不意打ち又佐》を抜いたんだろうナ」
「死角になってる間にしてやられたってわけか、畜生…!」
柳沢は悔しさからか、下唇を噛んだ。
「でもさ、何でデッキの1番下に送ったんだ?」
「…それを話す前にオレの仮説を聞いてくれないカ?」
ーーー
赤石はトイレ前の壁にもたれたまま彼女を待つ。
(あ、桜に連絡しとかねえと)
1人になったからか、家で帰りを待つ妹のことを思い出す。
(もう夜10時か)
携帯電話を取り出し、桜に『もうすぐ帰る』とメールを送った。
「お待たせしました」
赤石がメールを送り終えたとほぼ同時に彼女がトイレから戻る。
「行くか」
「はい」
2人は鶸櫨会館を後にした。
ーーー
「何?最初からこの結末になることを読んでただぁ!?」
ヘズの仮説とは、彼女が3戦目の前からこの結末を読んでいたのではないかというものだ。もとい、そうなるよう仕組んだと言うべきか。
「1つずつ考えていくとそうなるのサ。【C】デッキと【D】デッキの組み合わせで勝つためにはどうすればいいカ。フィールドの最終形、相手のデッキとの兼ね合いや順番、そして…」
「どういうイカサマをしてくるか或いはすればいいか、とかナ」
「…」
柳沢は黙ってヘズの話を聞く。
「【C】デッキと【D】デッキで相手に勝とうと思えば道はおのずと限られてくル。実践的なものに絞って言えばそれこそ装備魔法で一気に叩く戦法だな、1番勝てる可能性があるのハ」
「となれば機、熟すまで温存すル。長期戦を見据えた戦略を立てル。とは言っても能動的に長期戦に持ち込む手段は無いし、短期戦になればそれまでダ。こればかりは運次第だナ」
「そして運良く長期戦になりそうな場合、次は具体的にどういうカードの組み合わせで仕留めるかを考えル。さっきのデュエルなら攻撃力の高いモンスターに《巨大化》を装備させて、という感じだナ」
「だが【D】デッキに攻撃力1000以上のモンスターはいなイ。できることなら【C】デッキのモンスターに装備させたイ。しかし【C】デッキのモンスターに装備させようと思ったら相手ターンを1ターン跨がなくてはいけなイ。そのモンスターで攻撃しようともなれば、さらに1ターン跨がなくてはいけなイ。現実的にそれは厳しイ」
「じゃあどうするカ。パートナーに送り込むか、もしくは自分のところに持ってくル。幸い、ルール上パートナーのカード使用は問題無イ。問題はいつ、どのタイミングで決行するカ。いかに相手の隙を突けるカ」
「相手に隙が無い場合はどうやって隙を作らせるカ。そのまま動けず仕舞いになることだけは避けたイ」
「ここで長期戦の流れになったことが生きてくル、相手も勝つためにイカサマをしてくる確率が高くなっタ」
「イカサマの種類だが、初見の場所で行うタッグデュエルとなれば出来ることは限られル。本命は言わずもがなパートナーとのカード交換系ダ。自分だけじゃなくてパートナーをも有利にさせることが出来るからナ」
「それ1本に絞って相手の動きに備えておけば、カードがどう移動したか把握しやすいし、阻止もしやすくなル」
今の言葉で柳沢は朧気ながらも気付く。
「おい、ってことはまさか…!」
「ああ、柳沢が考えてる通りダ」
ーーー
2人は夜の鶸櫨を歩く。夜10時を過ぎてもやはり人通りは多い。
「…しかし俺の腕の下でそんなことしてたとはなあ」
赤石は彼女の話を聞いて感心する。
「まあ良く実行したもんだよ」
「練習しておいて良かったです」
「練習?」
「久しぶりのタッグデュエルだったので、距離感を掴んでおきたかったんです。《自律行動ユニット》はうってつけでした」
「!…ああ、なるほどな」
彼女の今の発言で赤石は2回戦での彼女の真意を察した。彼女は意味も無く発動していたわけではない、後々送り込む時のため自然な形で距離感をはかっていた。3回戦での《自律行動ユニット》も同様に。彼女が実行に移せたのは2度の練習があったからと言ってもいい。
「俺は最後まで戦うっていう意思表明だと思ってた」
「わたしもそう受け止めてくれたと思ってました」
「計算ずくってわけか、流石だな」
赤石は再度感心する。
「もし俺がイカサマに気付かずスルーしたら、とか考えなかったのか?」
赤石の問いに彼女は赤石の右手を軽く握り、
「わたしは赤石先輩の、この手を信じてましたから」
笑顔を見せて答えた。
「そ…そうか」
赤石は恥ずかしさからか顔を背ける。
(…本当、敵わねえな)