「それで小松さんその場に居合わせたのね」
「はい。ずっと麗梨さんの後ろから見てました」
私は小松さんと目的の店へと向かっている。赤石君もどうかしら、と誘ってみたが昼食は妹さんが作ってくれているらしく、足早に帰って行った。意外な一面を知ったかも。
(あの2人のこと、ますます知りたくなったわね)
デュエルの顛末を小松さんから聞いた私は赤石君だけでなく、鈴瀬さんに対しても興味を持つようになった。世の中色んな人がいるものね。
「ここよね」
「そうですね」
小松さんとお話してるうちに到着したようだ。今日はいつものように通り過ぎない、ここで昼食をとる。そう、今日の昼食は全国チェーンの牛丼屋。
「入るわよ」
「はい」
不安と期待が入り混じる中、私たちは意を決して入店した。
ーーー
「いらっしゃいませー!」
入店と同時に店員の元気な声が響く。
(席への案内は無いのかしら?)
琥珀は店内を見渡してみる。休日だというのに男性客しかいないようだ。心なしか場違いだと言わんばかりの視線を感じている。
「会長、あの席空いてます」
琥珀が立ち竦む間に綾芽は空席を見つけ、綾芽の示す方へと向かう。
「え、ええ。座りましょうか」
(落ち着こう。男性客しか入れない店じゃないはず…きっと今日はたまたま女性客が居ないだけなんだわ)
琥珀は心を落ち着かす。
「ご注文、お決まりですか?」
2人が席に着くと間髪入れずに店員が注文を要求する。
(えっ、注文!?メニューはどこなの!?)
「牛丼並のサラダセットでお願いします」
混乱してる琥珀の横で、綾芽は淀みなく注文を完了させる。
「牛丼並のサラダセットですね」
「はい。会長も同じものにしますか?」
店員が琥珀の方を向いた瞬間、
「そ、そうね。では私もそれで!」
機転を利かせた綾芽に乗り、すかさず同じメニューを注文した。
「はい。並2丁ー!」
店員は厨房の方へと戻っていく。
「ふぅ、助かりましたわ。ありがとう」
「はい」
綾芽はにっこりと笑って返した。
(調べておいて良かったです)
琥珀だけでなく綾芽もこのような店は初めてだったが、ここに来る前にどういうものか予め調べておいたのが正解だったようだ。
「はい、こちら牛丼並とサラダですねー」
(もう出来たの!?早いわね)
琥珀は提供スピードに驚愕を露わにする。
「会長、お箸どうぞ」
綾芽は特に驚くこともなく、テーブルにある箸箱から箸を1膳取り出し琥珀に差し出した。
「え、ええ…ありがとう。では、いただきます」
「!…結構美味しいわね」
ひとくち食べて、琥珀は感想を述べる。値段の割には自分の口に合っていたという感じだ。
(思ったより美味しいかも)
あまり期待していなかった綾芽もそこそこの評価を下す。
味は悪くない。しかし食べ始めてわかったことだが、それとは別の部分で琥珀にとって気になる点があった。
(…気のせいかしら?食事を楽しんでいる方が少ない気がしますわ)
琥珀は店内の雰囲気からそのように感じ取る。食事というより栄養補給と言った方が適切かもしれない。店内にいる客の大半は時間に追われているのか黙々とかきこんでいた。客の入れ替わりも早い。
そういう意味でも2人はあからさまに浮いている。とはいえ向けられる視線は排除ではなく好奇のものだ。
「あまりゆっくりはできそうにないですね」
綾芽が小声で言う。
「そうね、そういうタイプの店ではないことは確かですわ」
2人は店の雰囲気に流されるように黙々と箸を進めていった。
「いらっしゃいませー!」
それから5分後、3人の客が入店し琥珀の隣から順次座っていく。
「牛丼大盛」
「俺豚丼並で」
「俺は牛丼特盛ね」
琥珀は今しがた隣に座った客たちを見る。
(私たちと同年代かしら?なんだかガラが悪そうね)
琥珀が顔を戻し、再び食事しようとした瞬間、
「お?お前もしかして橡か?」
隣の客が琥珀の顔を見て確認する。
「…え?」
琥珀が固まっている間に、さらにもう1つ隣の席の客が顔を覗き見る。
「うわ、橡じゃねえか!」
「マジ?何で生徒会長がこんなところにいるわけ?」
隣の客はニヤつきながら問う。
(そういえば…この人たち、見覚えがあるわ。確か違うクラスの…)
琥珀は隣の客たちのことを思い出す。その客たちは琥珀が言うところの一般的な不良生徒であった。
「こんなところに居てはいけないのかしら?」
琥珀は学校にいる時と同じように毅然とした態度で返す。
「イメージ崩れるよなあ?お嬢様って感じなのに」
「庶民が食ってるものが知りたい!とかじゃねえの?」
不良生徒は冗談めかして言う。ただそれは琥珀の動機としてはあながち的外れでもない。
「何だっていいでしょう?静かに食事なさい」
「はーい。ねえねえ会長このあと時間ある?」
「ありませんわ。私は忙しいんですの」
「そう言わずにさあ、庶民の遊びに付き合ってよ」
「ですから私はーーー」
「あの、会長」
琥珀が食い下がる不良生徒に強い言葉を浴びせようとした瞬間、綾芽は琥珀を制止させるように呼ぶ。
「小松さん…!?」
琥珀は綾芽の方を向く。それを見た不良生徒たちはこの時、綾芽の存在に初めて気づいた。
「なんだ?連れがいんの…っ!お前は!?」
不良生徒の1人が綾芽の顔を見ると、大きく目を見開いた。
「こんにちは、北林さん」
綾芽はにっこりと笑顔で挨拶した。
不良生徒の1人は瑞希や彼女とデュエルした北林だった。残りの2人もその場に居合わせた生徒である。
つまり綾芽と北林含む不良生徒たちはお互い顔を知っている。顔だけでなく、その場で何が行われていたのかということも。
「…」
不良生徒たちは口を噤んだ。厄介な奴と遭遇してしまった、と言わんばかりにテンションが落ちているようだ。
「会長、気にせず食べましょう」
「え?そ、そうね」
(小松さんと何かあったのかしら?)
琥珀には不良生徒たちが何故いきなり黙ったのか理解出来なかったが、この状態は自分にとって都合が良いので食事を再開した。
(ちっ、これじゃ下手なこと出来ねえな)
不良生徒たちが黙った理由、それは赤石が彼女と交わした約束にある。
『いじめを、やめさせて』
敗北を喫した赤石はその約束を果たすためにはどうすればいいかを考えた。ただ自分が抑止力になるだけではあまり効果はない。当事者たちの意識を変えさせた方がよほど効果的だ。
そう思った赤石は行動をよく共にする不良生徒たちに協力を求めた。不良生徒たちの意識を変えることが出来れば劇的に良い変化をもたらすだろう。赤石は不良生徒たちに対してお前らが頼りだ、と真剣な眼差しで力説した。
その結果、赤石の熱意に惹かれ不良生徒たちは一様に協力に応じた。問題を起こす側から解決する側になると誓った。
が、直接的な約束を交わしてない彼らにとってその熱はほんの一時的なものに過ぎなかった。具体的に言えば2、3日ほど。問題を起こすことは無いものの大体いつも通りに戻ってしまっていた。まあ、赤石もこうなることを予想はしていなかったわけではない。流石に3日持たないとは思わなかったようだが。
とはいえ彼らも協力すると言った手前、下手なことは出来ない。なにせ彼らは赤石を慕っているのだから、少なくとも赤石の前ではそういう姿勢を見せる。不良といえどその辺りは弁えている。
要するに恐れているのだ、赤石の耳に入ることを。約束の過程を知っている綾芽が赤石に告げ口しないとも限らない。大人しくしていれば赤石には黙ってておいてやる、綾芽が見せた笑顔にはそういった意図があると不良生徒たちは解釈したのである。
(このまま静かにしていて欲しいけど…)
当の綾芽だが、不良生徒たちと違い特に深くは考えていなかった。あえて笑顔を見せれば逆におとなしくしてくれるんじゃないかと思っただけで、赤石に告げ口する気もさらさら無かった。
そして静かなまま食事の時間は流れ、琥珀と綾芽は不良生徒たちより先に店を後にした。