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『YOU WIN』
ノートPCの画面にエフェクト付きの文字が表示される。
「…」
今まさにそのノートPCを操作している本人だが、これといった反応もなく手を動かし続ける。部屋はわずかに夕日が差し込むだけで薄暗く、床にはマンガやゲームソフト等が無造作に積み重なっていた。
(まだ…もっと)
息をつく間も無く作業は続く。やがて画面が切り替わると、次の文字が表示された。
『DUEL START』
ーーー夜
(うーん…違うわね)
琥珀は部屋でカードの整理をしていた。時折カードの効果を読んでは、どこかしっくり来ないといったような顔をする。
あの後、琥珀は2人とそれぞれ別れて帰路についた。日が沈まないうちに帰宅するのはいつものことだ。
(記憶力には自信あったんだけど、細かな所まではあまり覚えてないものね…)
ここでいう細かな所とは、『破壊と墓地に送る』や『時と場合』等といった同じようで似て非なる効果となっているデュエル特有のテキストのことである。
デュエルを複雑で難解なものにしている要因のひとつではあるが、このような細かな違いがあるからこそデュエルは奥が深く面白いのだ、と主張する人もいるとか。
ふと時計を見ると、食事の時間が迫っていたことに気付く。カードの整理に夢中になっていたようだ。
(あ、そろそろ夕食の時間ね。食堂に向かわないと)
ーーー
綾芽はパックのオレンジジュースを飲みながらPCを操作する。
(あと1戦だけ…)
マウスポインタを動かし『START』をクリックする。
綾芽が先程からプレイしているのは『DUEL ONLINE』という名の通りのオンライン対戦型のデュエルソフトである。現状、唯一のオンラインデュエルが可能なソフトであり、プレイ人口も多いため24時間対戦相手には困らない。
今回も3秒経たないうちに綾芽の対戦相手が見つかったようだ。綾芽は対戦相手の名前を流し見る。
(…えっ!?)
もう1度名前を見る、今回はしっかりと。
(『graybloom』…!)
綾芽はその名を知っていた。いや、綾芽だけではない。この『DUEL ONLINE』のプレイヤーならば大半が知っている。
『DUEL ONLINE』の特徴としてランクというものがあり、基本的に勝率や勝数が良いほどランクが高い。
綾芽は名前の横に表示されているランクを確認する。同じ名前の別人や成りすましでないかの確認だ。
(ランクは…『S』!やっぱり本物!)
ランク『S』。世界中で何億人はいると言われてる『DUEL ONLINE』のプレイヤーだが、ランク『S』のプレイヤーは現時点でたった数人しか存在しないとされている。
『DUEL ONLINE』のランキングを見ればランク『S』プレイヤーの情報は大きく表示されるため何人いるのか、どんなプレイヤーなのかがわかるようになっている。知名度が高いのも、このランキングによるものである。
なお、1つ下のランクである『A』は数万人以上存在するといわれている。
その『A』と比較した場合の異常ともいえる人口差に、『S』のプレイヤーの正体は運営に高額課金した金持ち、或いは運営のコンピュータに干渉しているハッカー、もしくは運営側の人物そのものではないかと噂されている。ただしいずれも噂に過ぎず、真相は不明である。
ちなみに綾芽のランクは『C』だ。
(どうしよう、緊張してきた…)
毎日のようにプレイしている綾芽だが、ランク『S』のプレイヤーと対戦するのは初めてである。
(落ち着こう、大丈夫…)
綾芽は唾を飲み込み息を整える。画面が切り替わり、次の文字が表示された。
『DUEL START』
ーーー
(プレイヤー、『Ryoga』)
(ID、***…)
(デッキ、【ライトロード】)
『graybloom』は忙しなくノートPCを操作する。『DUEL ONLINE』とは別のウィンドウを開き、それに表示された文字の羅列を書き換えていく。
(…完了)
手元を一切見ることなく驚異的な速度でキーボードを叩き続け、10秒もしないうちに作業が完了したのかウィンドウを閉じた。同時に『DUEL ONLINE』からデュエル開始を知らせる音が鳴る。
(あ、始まる)
『DUEL ONLINE』のウィンドウを開きデュエルに備えた。
『DUEL START』
ーーー
先攻は『graybloom』
『スタンバイフェイズ』
『メインフェイズ1』
『カードセット』
『カードセット』
『モンスターセット』
『エンドフェイズ』
デュエルのログが画面端に更新されていく。『DUEL ONLINE』で行われたデュエルは全てこのように記録され、自分が行ったデュエルならば後から見返すことが出来る。
『ターンチェンジ』
『YOUR TURN』と画面に表示され、後攻である『Ryoga』にターンが回ってきた。
『ドローフェイズ』
『スタンバイフェイズ』
(手札は結構いいかも…)
ターンプレイヤーである『Ryoga』こと綾芽はどう攻めるか考える。
『メインフェイズ1』
メインフェイズに入った瞬間、『graybloom』はセットカードを発動した
『《マクロコスモス》発動』
(《マクロコスモス》!?…でも、破壊はできる)
『《ライトロード・マジシャン ライラ》召喚』
『《ライトロード・マジシャン ライラ》効果発動』
綾芽は考えていた攻め方を変更し《マクロコスモス》を破壊しにかかる。だが…
『《閃光を吸い込むマジック・ミラー》発動』
(!?…光属性のメタカード…!)
『graybloom』が発動したもう1枚のセットカードにより無効にされてしまう。2枚の永続罠カードにより綾芽は途端に身動きが出来なくなってしまった。
『エンドフェイズ』
『ターンチェンジ』
『ドローフェイズ』
『スタンバイフェイズ』
『メインフェイズ1』
(あの2枚の永続罠が厄介ね、今は次のドローに託すしか…)
『《A・O・J D.D.チェッカー》召喚』
『graybloom』が召喚したモンスターを見て綾芽は「うっ…」と声が漏れる。
(まさか…)
『《A・O・J コアデストロイ》反転召喚』
2体並んだモンスターを見て綾芽は確信した。
そう、『graybloom』のデッキは【A・O・J】だった。綾芽の使う【ライトロード】にとって相性が最悪といってもいい、対光属性に特化したデッキである。
それだけでも厳しい戦いを強いられるのは目に見えているが、A・O・Jモンスターだけでなく、既に発動された2枚の永続罠の存在も綾芽を大きく縛る。
『graybloom』の使うデッキは光属性モンスターや墓地利用に対するメタカードが多く入っていた。それはまるで対戦する綾芽のデッキが【ライトロード】だと知っていたかのように的確で無慈悲なデッキであった。
結局、綾芽は身動きが取れず2ターン後敗北を喫するのであった。