ーーー同じ頃
黒川はとある建物の一室で通話していた。
「事情はわかったけどさ、だからってアタシにそれを頼みますか普通!?」
通話の相手は紫。
「適任だと思うがな。そこでも働いてるんだろ?」
「まーそうなんだけどさ…言っときますけど、立場上不利になるかもしれませんよ?」
「少しくらいなら構わないさ。それじゃ話は付けておく」
ーーー
「瑞希」
彼女が不意に名を呼ぶ。
「なーに?れーりちゃん」
「おなか、すいてる?」
「すいてないよ!どうして?」
「そんな気がした」
「さっき食べてきたばかりだから全然ーーー」
言葉の途中、瑞希の腹部からぐうーっと空腹を告げる音が鳴る。
瑞希は「あ…」と言って彼女から視線を逸らす。
「おなか、すいてる?」
数秒間の沈黙の後、彼女はもう1度問う。
「はい。喧嘩で食事どころじゃありませんでした」
瑞希は正直に答えた。
「ごはん、何か作る。待ってて」
「い、いいよ!1食くらい食べなくても平気だから」
「だめ。食べないと、いらいらしちゃう。体にも良くない」
瑞希はそこまでしてもらわなくてもいい、といった様子で止めるものの、彼女は振り返らず台所に立ち調理を始めた。
すぐに香ばしいにおいが漂ってくる。
「お待たせ」
彼女はおよそ10分で完成した料理をテーブルに置いた。メニューはご飯と味噌汁と鶏肉の生姜焼き。
「おいしそう…!ねえ、ほんとに食べていいの?」
「うん。そのために作った」
「れーりちゃん…!」
瑞希の目元が滲む。不安や悲しみで冷えた心に温かく優しい気持ちが満ちていく。
瑞希は涙が垂れて来ないように目元を拭うと、
「ありがたく、いただきます!」
彼女の料理を食べ始めた。
「おいしー!やっぱりれーりちゃんのごはん最高!毎日でも食べたいくらい!」
「ありがとう」
瑞希は元来よく食べる方である。空腹も相まって箸は止まらない。
「ごちそうさまでした」
「おなかいっぱいになった?」
「うん!すごくおいしかったよ!」
あっという間に平らげてしまった。瑞希は食器を台所に持って行く。
洗い物を終えて台所から戻って来た瑞希はしばらくのんびりした後、彼女に話しかける。
「あの、れーりちゃん」
「なに」
「前からね、気になってたんだけど…れーりちゃんって1人暮らしなの?」
「うん」
瑞希は気になっていた。彼女の家には何度か遊びに行ったが、家の中はいつも彼女が1人いるだけ。他に誰かと暮らしてるような気配も感じられなかった。
夜のこの時間でもやはり彼女が1人だけ。1人暮らしなのだろうと思いつつも瑞希は問う。
「そうなんだ…」
しかし瑞希はそれだけ訊いて、それ以上は質問しなかった。生活費はどうしているか等知りたいことは他にもあったが、今彼女の深いところに触れる勇気は無かった。
「あ、そうだ」
瑞希は思い出したようにかばんから何かを取り出す。
「今日はいい勝負になると思うよー?」
瑞希が自信ありげに取り出したのはデッキだ。
「それは楽しみね」
彼女もカードとデッキを取り出すと、すぐにデュエルの態勢に入った。
「《剣闘獣ヘラクレイノス》で《堕天使スペルビア》を攻撃」
「ひー!」
「《ガーディアン・エアトス》でダイレクトアタック」
「あとちょっとだったのにー!」
「どんまい」
「うー、もう1回同じデッキで勝負!」
2人の時間が流れていく。
その後、お互いにデッキを変えたりして何度か彼女に挑むも、以前と同じくほとんど返りうちに合うだけだった。
「あーやっぱり勝てない!れーりちゃん強すぎ!」
瑞希は座ったまま上体を後ろに倒すようにして寝転ぶ。
(でも前よりは戦えたかな?あんまり変わんないか…)
瑞希が寝転んでリラックスしていると、ふと彼女が立ち上がった。
「どーしたの?れーりちゃん」
「お風呂、入る」
「お風呂…!」
瑞希は慌てて体を起こす。
(私もちょっと汗かいちゃったし入りたいな。…うん、ここはせっかくだし)
「あの!一緒に入っていいかな?」
「いいけど、狭いよ?」
「大丈夫大丈夫!気にしないよ!」
「じゃあ、おいで」
彼女は風呂場の手前にある洗面所へと向かった。瑞希も彼女の後ろをついて行く。
洗面所で服を脱ぎ一糸纏わぬ姿となった彼女の横で、瑞希は彼女に視線を向けては不自然に逸らしたり、といったことを繰り返す。
「どうしたの」
「ちょっと緊張しちゃって…あはは、女の子同士なのに変だよね」
「気持ちはわかるかも」
「れーりちゃん先入ってて!私もすぐに入るから」
「うん」
瑞希に促され彼女は風呂場に入り、瑞希も少し遅れてから風呂場に入った。