「かゆいところは無いー?」
彼女の長く艶やかな髪を慎重に泡立たせながら問いかける瑞希。
「ないよ」
「そっか、じゃあ流すねー」
泡に塗れた彼女の髪をシャワーで流していく。
洗い流し終えたところで交代、今度は彼女が瑞希の髪を洗う。
(あ、これすごく心地良い…)
繊細な指が織り成す丁寧な彼女の指使いに瑞希は気持ち良さそうに身を委ねる。同時にこの指使いによって彼女のこの髪があるということが感覚的に理解できた。
「流すよ」
「うん」
「次は背中ね」
「はーい」
髪を洗い流し終えると、手に石鹸を泡立たせ瑞希の背中を洗い始める。
(あー、洗ってもらうのって気持ちいいなー)
瑞希は背中に直に触れる彼女の手の感触を味わっていた。
「前も洗う?」
彼女は手を止め瑞希に問う。
「あ…い、いいよ!前は自分で洗うね」
瑞希は一瞬迷ったが、自分で洗うことを選択した。
(さすがに前は自分で洗わないとね…ちょっと恥ずかしいし)
瑞希は体を洗い終え、先程と同じように彼女と交代する。
手に石鹸を泡立たせながら瑞希が見つめるのは彼女の背中。
(髪もそうだけど、体も綺麗でいいなー。こう、ここのラインが何とも…って何を考えてるのかな私は!?)
瑞希は首を左右に振り思考を切り替えると、彼女の背中を洗っていく。
「れーりちゃん、ほんと綺麗な体してるよね」
「そうかな」
「そうだよー。ちょっぴりうらやましいかな、私は部活やってるせいかちょっと筋肉質だし」
「でも瑞希のその引き締まった体は部活のおかげだと思う」
「そうかな?」
「そうだよ。健康的でわたしは好き」
「えへへ、ありがとー」
彼女の言葉に瑞希は気を良くする。
数分後、彼女も体を洗い終え2人は湯船に浸かった。
「何とか入れたね!」
「ギリギリね」
「あはは、長くは浸かれないかも」
彼女と瑞希は狭い浴槽内で向かい合って座る。身動きが取れない程ではないがあまり自由には動けない状態だ。
「あの、れーりちゃん」
「なに」
「や、えーっと…いい湯加減だね!」
「そうね」
瑞希はどこか不自然だった。これは風呂場に入る前の時とよく似ている。
「瑞希」
「は、はい!」
「ずっと見てる、胸」
いつの間にか瑞希の視線が彼女の胸に集中していた。彼女はそれに気付き指摘する。
「え?あ…」
凝視していたわけではなく、どちらかというと無意識的にぼーっと見ていたようだ。鈍い反応がそれを物語る。
「ご、ごめん!ずっと見てた?」
「見てた」
数秒遅れて慌てて謝り、恥ずかしさからか瑞希の顔が赤くなる。
(うあー!気付かなかったよー恥ずかしい…!変に思われてないかな…?)
(…でも、やっぱりそういうこと、なのかな…?)
瑞希は自分の気持ちを探る。
「あの、れーりちゃん」
「なに」
欲望か好奇心か、はたまた別の衝動か。
「触ってもいいかな?そ、その…胸」
「いいよ」
その正体は瑞希自身でもわからなかったが、彼女は拒まなかった。
彼女からの承諾を得て、瑞希は湯船に半分ほど浸かっている彼女の胸に手を伸ばす。
やがてその手は胸を捉えた。
(わー…柔らかい)
瑞希は感触を味わうように手を動かす。この状況でもやはり彼女は自身の胸部へと視線を落とすだけで感情は見せない。
手を動かしながら瑞希は口を開いた。
「ね、れーりちゃん変なこと訊くね?こんな風に誰かに触られたことってあったり、する?」
「直接触れたのは、瑞希で2人目」
瑞希にぶつけられた大胆な質問も彼女は躊躇わず答える。
「2人目なんだ…」
(1人目は誰なんだろう…やっぱり彼氏とかかな?そうだよね、れーりちゃんほどの子ならそういう人がいて当然だよね…でもどんな人なんだろう、気になる…かっこいい人なのかな?それとも頭が切れる人…)
瑞希は1人目の人物について考える。しかし彼女の次の言葉にそれらは吹き飛んだ。
「1人目はわたし」
「!…ふふっ、そっか。れーりちゃんらしいね」
瑞希は彼女の言葉を理解すると、笑みを零しながら答えた。
「ね、明日って体育あったっけ?」
「3時間目にあるよ」
風呂から上がった2人は就寝用の衣服に着替えてベッドに腰掛けていた。
「何で1年だけ男の先生なんだろうね。2年3年は先生も男女で分かれてるのにさ」
「人手不足って聞いた」
「人手不足かー…だとしても納得いかないなー。私あの先生苦手なんだよねー、この前も赤石さんのこと『ろくでもない奴』とか言ってたし」
「…」
「まあそれはそれとして、今日の数学難しくなかった?途中から全然ついていけなくなっちゃって…」
「むずかしかった」
「だよねー!れーりちゃんでも難しいんだから私なんかにわかるわけないっての!あーあこの先ついていけるかなー…」
「大丈夫、ついていける」
「そうだといいなー…ねえ、れーりちゃん」
「なに」
「わからないところ、また今度教えてね」
「うん」
2人は他愛もない話を続ける。そのうちにお互い眠気がきたようで、就寝準備をしてベッドに潜る。
「一緒のベッドでいいの?」
彼女の家には普段彼女が使っているベッドが1台あり、今そのベッドには彼女だけでなく瑞希も潜っていた。
「うん!一緒がいい!」
2人は向かい合った状態で会話をする。部屋の電気も消えてあとは眠るだけだ。
「れーりちゃん」
「なに」
「今日はありがとね」
「どういたしまして」
「もう寝る?」
「うん。おやすみ」
「おやすみー」
彼女は目を閉じた。瑞希は眠りに入ろうとする彼女の顔をじっと見つめる。
窓から差し込む月の明かりに照らされた彼女の寝顔はその美しい長髪も相まって神秘的な雰囲気を醸し出していた。
瑞希はそんな彼女の顔に吸い込まれるように顔を近づけていく。少しずつ確実に。
止まらない。瑞希は目を閉じその時を待つ。
やがて唇が触れた。瑞希は心臓の高鳴りを感じながらゆっくりと目を開ける。
「それ以上は、だめ」
唇が触れたのは指だった。彼女は人差し指で瑞希の唇を制していた。
人差し指を挟んだすぐ先にある彼女の唇、そして目を半分ほど開けた彼女の穏やかな顔が瑞希の視界に映った。
「衝動に委ねないで。後悔しちゃう」
瑞希は我に返る。どこか不明瞭だった脳が徐々に冴えていく。
「あ…あっ…」
しかし言葉が出てこない。何か取り繕わなければと頭で思っていても、瑞希はただ固まったように彼女を見つめていた。
そんな状態の瑞希を知ってか知らずか、彼女は瑞希を抱き寄せた。
「落ち着いて」
「れーり、ちゃん…?」
瑞希は彼女の行動に困惑するものの、彼女の体温を感じているうちに不思議と気持ちが落ち着いていくのを実感する。
「おやすみの、おまじない」
その言葉に瑞希はまるで魔法をかけられたように彼女の腕の中で眠りに落ちた。
ーーー
翌朝、瑞希は目を覚ます。起きた瞬間見慣れた家でないことに目を大きくするが、すぐに状況を把握した。
(そっか、昨日…)
体を起こし隣で寝息を立てている彼女に目を向ける。
(ふふっ、なんか不思議だよね。れーりちゃんを見てると、今日も頑張ろうって気になれるみたい)
ベッドから出て制服に着替えると、持参した荷物をかばんに詰める。時刻は現在5時40分。
「れーりちゃん、ありがとう」
かばんを持った瑞希はベッドの前にしゃがんで、まだ眠る彼女に向かって小声でお礼を述べる。
そして立ち上がると、彼女の家を後にした。
玄関のドアが閉まり、瑞希が去って数秒後、
「どういたしまして」
彼女は小さく呟いた。それが寝言だったのかは定かではない。
【第6話 終】