「おい、ふざけてんじゃねーよ!」
椎名は彼女の顔に向かってボールペンを投げつける。彼女は咄嗟に手で顔を守りダメージは防いだ。
「そんなもんで主導権取ろうとしたのか?」
「証拠も無いのに犯人扱いとかまじ勘弁して欲しいんですけどー?」
「そうそう、呼び出した責任も取ってもらわないとねー」
証拠が無いと判明し、彼女が不利な立場になる。しかし彼女も引き下がらない。
「でもさっきのやりとりであなたたちが盗んだという確信が持てました」
「う…だからどうした!うちらが盗ったっていう証拠が無いだろうが!」
「はい。ですから勝負しませんか?」
「はい?勝負?」
「わたしが勝てばお金を渡してもらいます」
「だから盗ったっていう証拠がーーー」
「待て」
彼女と話していた別の女子の発言を椎名が制す。
「もし負けたらどうするつもりだ?」
「そのまま持って行っても構いません。そして今後この件に関して一切追及しません」
彼女の答えに数テンポ遅れて椎名が軽く噴き出す。
「…ぷっ、何が一切追及しません、だ。アンタは今勝負を提案した、金を手にするためのな。ならリスクを背負えよ」
彼女側からすると、人のお金を盗んでおいて何を言ってるのかという話になるが、椎名の論理も全く筋が通っていないわけではない。
取り返そうにも盗んだという確たる証拠が無いため、相手から取り返すのは厳しい。それなら勝負を提案し、その勝負に勝ってお金を得る形にしようとした。取り返すという考えは捨てて。
ただし勝負なので当然負けた時のリスクは有る。これはお金を盗んだ件とは別の、それ以前の話。彼女も椎名がそう言ってくるであろうと予測していたようだ。
「そうですね。どんなリスクがお望みですか?」
「そうだな…」
椎名は視線を藍子へとずらし考える。
「じゃあウチが勝ったらお前ら2人キスしろ」
「…!」
藍子は突拍子も無い椎名の要望に驚く。
「もちろんディープの方な。で、それ動画で撮るから」
「流石椎名、すげえの思いつくなー」
椎名の後ろの女子生徒2人はニヤニヤとする。
「栗原さんを巻き込まないで下さい」
「嫌なら勝負を受けないだけだ」
椎名はまるで選択の余地は無いと言わんばかりの態度で返す。
「…」
彼女は黙って椎名を見つめたままだ。そんな彼女の傍らで何か言いたそうに成り行きを見ていた藍子が静かに口を開いた。
「…鈴瀬さん、私なら気にしないで」
「栗原さん…?」
先程から椎名の態度の気に入らなかったのか、藍子は椎名に鋭い視線を飛ばし続けている。
「栗原は覚悟決めてるみたいだけど?」
彼女は藍子の顔をひと目見ると、
「…わかりました」
覚悟を決めた。
ーーー
「で、勝負って何すんだ?」
「今考えてます。何か希望はありますか?」
「あ?じゃあすぐに決まるやつが…」
途中、椎名の脳裏にある物が浮かび上がる。
(待てよ?確か栗原の荷物探った時に…)
「おい鈴瀬、お前デュエル出来るか?」
唐突に椎名はデュエルを提案する。
「はい、できますよ」
「じゃあそれで白黒つける。10分後ウチらの部屋に来い」
「わたし、カード持ってません」
「あるだろ」
椎名は首を動かし藍子の方を差す。
「…私?」
(暇つぶしに持ってきたけど…何で知ってるの?やっぱりこの人たちが…!)
藍子の中に染まらず残っていた疑念が確信へと変わっていく。
「栗原さん、持ってるの?」
「う、うん。持ってるけど…」
「そういうことだ。遅れるなよ」
椎名たちは部屋を立ち去った。
ーーー
勝負の内容が決まって私は彼女に持ってきたカード、およそ120枚全てを見せる。10分後には椎名の部屋に入っていなければならない。
しかし、彼女は慌てることなくデッキを構成するカードを選んでいく。まるで組むデッキがあらかじめ決まってるかのように。
結局5分もかからず彼女はデッキを組み上げた。
「栗原さん、ちょっと借りるね」
彼女は私の顔をひと目見ると、立ち上がって組み上げたデッキをポケットに仕舞う。
「行ってきます」
その言葉と共に彼女は部屋の外へと歩き出す。私も立ち上がり彼女について行こうするが、
「栗原さんは部屋で待ってて」
振り返った彼女に止められる。
「でも…」
「留守にしないほうがいいと思うの」
彼女は私の目を捉える。不安でいっぱいな私の目を、一切の迷いも見当たらないその目で。
「…うん。わかった」
私は彼女の目を信じることにした。
「お留守ばん、お願いね」
彼女は改めて部屋の外へと歩き出す。
「…気を付けてね」
私は彼女に聞こえないくらいの声を出して見送った。
ーーー
「ただいま」
彼女が部屋に帰ってくる。
「おかえり…」
部屋を後にしてからだいたい20分、思ってたよりは早かった。
そして帰ってきて早々疑問をぶつける。
「勝負はどうなったの?」
その疑問に対して彼女は口角を上げて
「わたしの勝ちです。はい」
私に1000円札を差し出した。
「あ…ありがとう」
1000円札を受け取り、小さな笑みを浮かべる。
「どういたしまして」
「その、よく返してくれたね」
「勝負に勝ちましたので」
「…」
答えとしては少々ずれてるような彼女の返事に口より脳が動いた。
(案外約束は守る人…?でも盗むのは良くない。っていうか何で鈴瀬さんは椎名たちが抜き取ったってわかってたんだろう…?)
気になることは色々あるが、いちいち問うこともできず、私はひとまず彼女とお金が無事に返ってきたことに安堵した。
そして訪れる消灯時間。私も彼女も既にベッドの中だ。
「…ねえ」
彼女の方に寝返りをうち、彼女を呼びかける。
「なに」
「…ごめん。私何もできなかった。全部鈴瀬さんに任せちゃって…」
彼女に言いたかったことの1つを絞り出す。ほぼ全て彼女に任せてしまった。申し訳なさと無力感が今になって湧き上がる。
「気にしないで」
いつもの彼女の口調だけど、心なしか優しさを感じた。
「鈴瀬さんって、いつも冷静だよね」
「そうかな」
「私みたいに揺れ動かないし、流されたりしないっていうか…ちゃんと自分がくっきりとしてる」
私が彼女に対して抱いていた1番の印象を口にする。適切な表現なのかはわからないけど。
「羨ましいし、憧れちゃうな…私は鈴瀬さんのように強くないから、すぐに崩れちゃうし自分を守るのに精一杯で」
「いざ何か行動しようと思っても周りの目を気にして怖がって、結局何もできなくて…そんな自分が嫌になっちゃう」
「…」
私の愚痴にも似たような言葉を彼女はただ黙って聞くだけだった。
「あ、ごめんねこんな話して…もう寝よっか」
寝返りをうち、目をつぶる。彼女の方から「おやすみ」と小さく聞こえてきた気はするけど、自信が無かったので
(おやすみ)
心の中で呟いて、眠りへと入った。