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(喫茶メイドルチェ、見つけた)
大通りに面したカフェで早めの昼食を摂った彼女は鶸櫨の街を散策した後、指定された時刻より1時間早く目的地に辿り着いていた。
(ちょっと、早いけど…)
彼女は入口の扉を開ける。
チリンチリンと入店を知らせる鈴が鳴った。
それが響いた直後、従業員の1人が彼女に歩み寄り、
「お帰りなさいませ、お嬢様」
紳士のような振る舞いで彼女を出迎えた。
(えっと…)
彼女は従業員の恰好を見て一瞬固まるものの、すぐに状況を把握する。
(なるほど、メイドルチェ)
その従業員は他でもない《マドルチェ・シューバリエ》の恰好をしていた。
「お席へご案内致します」
そう言って案内する《マドルチェ・シューバリエ》だけでなく、他の従業員も『マドルチェ』モンスターの衣装に身を纏っていた。要はコスプレ喫茶というものである。
「お?もう来たのか、早いな」
席について早々、彼女の後ろから声がかかる。
「紫さん」
「やあレーリ」
彼女が振り向くと《マドルチェ・マーマメイド》の恰好をした紫がいた。
「…」
彼女は振り向いたまま紫の姿を見て固まる。
「ん?どうした?」
「ちょっと、新鮮だと思いまして」
「何だそれ。キャラじゃないって正直に言ってくれていいよ」
紫は笑いながらおどけるように言う。
「ここでも働いているんですか?」
「まあ不定期にな。似合ってねー、って思ってるだろ?」
「そんなことないですよ。似合ってます」
「お?そうか?」
「はい」
「そうかー」
その答えに紫はまんざらでもない様子だ。
「ま、それはいいとして。まだ1時間あるし、何か作ろうか?」
紫は彼女にメニューを手渡す。
「おすすめは何ですか?」
「よく注文が入るのはプリンアラモードだな」
「ではそれをお願いします」
「はいよ」
注文を承ると紫は厨房へと入って行った。
彼女は改めて店内を見回す。
お菓子の家をモチーフにしてるのだろうか、様々な種類のお菓子の模様や形を元にした物で店内中あちらこちらに散りばめられていた。
それなりに客は入っているが喫茶店ということもあり、客数に反して店内は落ち着いている。
「お待たせ、はいプリンアラモード」
注文して数分後、プリンアラモードが紫によって彼女の元へと運ばれてくる。
「ありがとうございます」
紫はそのまま彼女の対面の席に腰を下ろした。
「ふう、一休みっと」
「いいんですか?」
「いいのいいの。今は暇な方だし、2時半になったら貸し切りにするしさ」
「貸し切り?」
「うん。衆目の中、勝負なんて出来ないだろ?ましてやデュエルハウスじゃないんだし」
「…確かに」
「実は今日の勝負、アタシが審判を務めることになってんだけどさ」
「そうなんですか?」
「うん。わかってると思うけどジャッジは公平に下すからね?」
「はい、わかっております」
「ま、負けた時には借金の肩代わりくらいはしてやらんこともないな」
紫は冗談めいた口調で言う。
「それは心強いです」
「今はそれ食って勝負に備えときな」
「はい、いただきます」
ーーー
午後2時30分。彼女以外の客が退店し終わり、店内はガランと静かになった。
客の見送りが済んだところで、紫は再び彼女の前の席に座る。
「よし、これであとは相手の到着を待つだけだな」
「お疲れ様です」
紫が席に座って一息ついた後、紫の傍へと従業員の1人が近づいてくる。
「桃山さーん、ちょっと手伝って欲しいことが…」
《マドルチェ・バトラスク》の恰好をしたその従業員は紫の元まで歩く。そして客である彼女の顔を一目見ると驚きの表情を浮かべた。
「ってレイリちゃん!」
名前を呼ばれた彼女は従業員の顔を見る。
「あ…フリードのお兄さん?」
その従業員は彼女が通っているデュエルハウス、フリードの店員だった。
「そうだよ!来てたんだね。悪いんだけどこれから貸し切りだから今日はもう…」
「おいおい樋口(ヒグチ)、お客さんはもう皆帰っただろ?」
紫は挑戦的な笑みを浮かべる。今更だが従業員の名は樋口というようだ。
「え?もしかして今日の勝負って…!」
「はい、わたしです」
「そうだったんだ…ってええ!?」
樋口は半ば大げさに驚く。
「も、桃山さんちょっと」
「何だよ?」
樋口は紫を立たせ彼女から離れた位置に立ち止まり、小声で話しかけた。
「レイリちゃんがあいつと勝負するなんて聞いてませんよ!」
「言ってないからな」
「知らない仲じゃないんですし、せめて僕には教えてくれても良かったじゃないですか!」
「知ったところでどうすんだよ、止める気か?」
「当たり前でしょ!あいつとの勝負は100万200万の勝負ですよ?遊びじゃないんですよ!?」
「…」
「確かにレイリちゃんは強いけど、それはあくまで少額での話で…もし負けたらーーー」
「樋口。アンタ、フリードでしかレーリを見たことないでしょ」
「…え?」
「少なくともアタシはアンタよりレーリのことを知ってるよ。だから断言してやる」
「100万200万程度の額で揺らぐような子じゃない。アタシらよりよっぽど強いよ」
「でも…!」
「それに勝負を受けたのは他でもないレーリだからな、信じて見守ってやれ」
「っ…わかりました。桃山さんがそう言うなら」
すっきりとはいかないまでも、納得した樋口は紫と共に彼女の座る席へと戻った。
樋口は横から彼女を見下ろしながら考える。
(デュエルハウスでの勝負で得たお金で生計を立てている、いわゆるゴロと呼ばれる人種…レイリちゃんもその1人ということは知っている)
(でも、それだけなんだ。何故ゴロをやってるのか、詳しい事情については全く知らない)
(…いや、他にも知ってることはある。ゴロの中では抜けて強い。この若さであの強さなんだから、それはもう驚愕に値するレベルだ)
(だけどそれはゴロの中ではって話で、今日相手するあいつは元プロ…そもそもの次元が違う)
(高レートでも揺らがないとしても、単純に実力という点でレイリちゃんでも厳しいんじゃないかって僕は思うな…ん?)
樋口が彼女を不安そうに見ていると、入店を知らせる鈴が鳴った。
「申し訳ございませんお客様、ただいま貸し切り中でして」
従業員の1人が今入ってきた客に対応する。
「貸し切り中?もう勝負始まってるのカ?」
客の声を聞いて紫は入口の方へと目をやった。紫にとってその声は聞き覚えがある。
「おーい、ソイツは大丈夫だ、入れてやって」
そして従業員に対し招き入れるよう指示した。