「ようユカリ、見に来たヨ」
客は右手を上げて振りながら紫の元へと歩み寄る。
「まだ勝負は始まってないよ、ヘズ」
客の正体は先週、ここ鶸櫨で戦った相手の1人、ヘズだった。
「おお、メイド服!ユカリ、オレのことご主人様って言ってみてヨ!」
「言わねーよ!それより、よくここに来たな」
「黒川さんから聞いてナ。これは是非見たいって思ってサ」
ヘズは彼女に視線を移す。彼女もそれに気付きヘズの顔を見た。
「1週間ぶりだナ、鈴瀬さん」
「1週間ぶりですね、ヘズさん」
「今日の勝負、楽しみにしているヨ」
「はい」
ヘズは横の空いてる席へと腰を下ろす。
「桃山さん、彼は…?」
樋口は機を見て紫に問う。
「アイツはヘズ、アタシの知り合い。あっちの国でプロやってた」
「元プロの外国人ですか…へえ、桃山さんにそんな知り合いが…」
樋口は感心したように呟いた。
「それにしても、こんな店があったなんてナ」
ヘズは楽しそうに店内を見回す。
「飾り付けも凝ってて、店員さんのマドルチェコスプレも良く出来てル。やっぱり日本の文化は良いネ」
「元はアンタとこの文化だろ…」
「もちろんユカリのメイド姿もかわいいヨ」
「そりゃどうも」
紫はぶっきらぼうに言うが、内心少し照れてるのかヘズから目を逸らす。
「ところで相手はどこにいるんダ?」
「まだ来てない。もうそろそろ来るんじゃないか?」
紫がそう予想したその瞬間、入店を知らせる鈴が鳴った。
「…って言ったら来たわ」
「お待ちしておりました」
従業員の1人が出迎える。それまで緩んでいた空気も徐々に張り詰めたものへと変わっていく。
「フフ、拙者のお相手はどちら様かな?」
「お席にご案内致します」
従業員が勝負の席へと案内している頃、紫たちはひそひそと話していた。
「来ましたね、桃山さん」
「相変わらず濃いな。やっぱり苦手か?」
「はい。生理的に絶対的な嫌悪感が湧くっていうか…」
「樋口、少しはオブラートに包んだ方がいい」
「あの客が鈴瀬さんの相手カ?」
ヘズが客を見ながら問う。
「うん、アタシやアンタと同じ元プロ」
「そうカ、面白い勝負になりそうダ」
彼女とはいうと、ただ静かにその時を待つだけだった。
「レーリ、準備はいいか?席移動するよ」
紫は対戦相手が勝負の席に着席したのを確認すると、彼女に移動を促した。
「はい」
落ち着いた足取りで彼女は勝負の席へと向かって行く。
「少し待つでござる」
客が彼女の歩みを止める。
「少女よ、さてはその姿のまま戦おうとするのではあるまいな?」
「…?」
客の意図を彼女は分かりかねる。
「拙者と一戦交えたいならば、そちもマドルチェと化してからにしていただこう」
「はあ?何言ってるんですか、この子は従業員じゃなくてあなたと同じお客さんーーー」
呆れを含んだ樋口の言葉を紫は制止する。
「では、着替えれば勝負をするということですね?」
「そういうこと」
「わかりました、ただ今より着替えさせますので少々お待ち下さい。レーリ、こっち来てくれるか?」
「はい」
「ちょ、桃山さん…!」
紫は素直に客の要望を受け入れ、彼女を店の裏の控え室へと連れて行った。
「悪いなレーリ、アイツの言うこと聞くのは癪なんだけど、そうしないと勝負してくれないからな」
紫は彼女の髪を整えながら話す。
「大丈夫ですよ。この衣装、かわいくて好きです」
彼女は身に纏った衣装を気に入ってるようだ。
「そうか、良く似合ってるよ。もうちょっと待ってな、アタシがさらにかわいく仕上げてやるから」
「はい、お願いします」
彼女は少し嬉しそうに答えた。
控え室の中で紫は彼女に例の客、対戦する相手の情報を知ってる限り伝えた。
名は柴岡(シバオカ)、年は20代後半。趣味はアイドルの追っかけ。喫茶メイドルチェには足繁く通っている上客だが、従業員に対する態度や言動に問題があり多くの従業員に嫌われている。
デュエルの実力は不明だが、元プロという肩書きからそこそこ強いものと思われる。
黒川の情報によると高レートの勝負はたまに行っている模様。今回の勝負も柴岡が黒川に依頼し、彼女という対戦相手と喫茶メイドルチェという舞台を用意してもらったようだ。
なお貸し切り料金は柴岡が負担している。ちなみに何故貸し切りにしたかというと、喫茶メイドルチェはデュエルハウスではない。故に賭博行為をしていたことが外部に漏れてしまうと大変なことになりかねないためだ。
(黒川さんも何でデュエルハウスじゃなくここにしたんだ?…ま、アイツの要望だろうとは思うけどね)
髪も整え終わり、紫は最後の仕上げに入る。
(あとはここをこうして、っと…)
「おっけー、完成」
ついに完成したようだ。一仕事終えた紫は満足そうに微笑む。
「ありがとうございます。紫さん、お疲れ様です」
彼女も小さく微笑んだ。
「そんじゃ、お披露目に行くか」
「はい」
ーーー
彼女と紫の居ない店の表は緊張した空気が漂い、従業員たちは各々作業をしながら2人の戻りを待っていた。
そんな中、ヘズが横を通りかかった《マドルチェ・シューバリエ》の従業員に話しかける。
「なあ、ここって喫茶店なんだよナ?」
「はい、そうですが…」
「レモネードを頼めるカ?」
「レモネードですか?はい、お持ちしますので少々お待ち下さい」
注文を受けた従業員は厨房へと入って行った。
「ほう、レモネードであるか」
唐突に柴岡が口を開く。
「あ?」
それを聞いたヘズは柴岡を疑問の目で見た。
「時に、そこの異人よ」
「異人?オレのことカ?」
「左様。出身はどちらであるか?」
「UK、イギリスダ」
「ではレモネードを炭酸飲料だと思っているか?」
「ああ、そうだガ…」
「なるほどなるほど、来日して日が浅いか、はたまた運が良かったか」
「どういうことダ?」
「残念だがここのレモネードは北米式なのだよ」
「お待たせしました、レモネードでございます」
柴岡が答えたと同時にレモネードがヘズの目の前に置かれる。
「…!」
(確かに炭酸ではなイ。国や地域によって違うのカ)
来日して幾数年、ヘズはこれまで上手い具合にずっと炭酸入りの方を当て続けて来た。しかし今、目の前にあるレモネードは泡を立てていない。
(こんなタイミングで異文化を感じるとハ)
「この国でもレモネードといえばこっちが主流だ、覚えておくが良い」
「ちなみに日本のラムネというのはレモネードが訛ったものである。こちらも覚えておくと良いぞ」
「なるほど、ラムネってそうなのカ」
ヘズは柴岡の知識にふんふんと頷き、レモネードを口に運んだ。
(あーあー得意気にひけらかしちゃって)
柴岡とヘズのやりとりを遠くで聞いていた樋口は、心中でそう思いつつ作業を続けていた。
(お、こっちのレモネードも悪くないナ)
そしてヘズがレモネードを飲み終わる頃、控え室から彼女と紫が姿を現した。