とある映画でこんなことを言っていた。
「人生とは、一冊の本である」
映画の内容は今では思い出せないが、その言葉だけはどこか俺の人生に少なからず影響を与えていた。そんな哲学的な言葉を今の状況下で思い出すほどに困窮していた。
先ほどの言葉を考えた時、1つの作品を生み出すのは、人生そのものを一人の頭の中だけで完結させ本を作り、その役割を物語という名の本棚へと叩き込んでいく作業といっても過言では無いと思うのだ。
ただ、好きな本棚また中の本は人それぞれだ。歪な形の本棚でもいいという人や、中の本だけよければいいとか、それ以外にも物語の世界観がぶっ飛んでいてそのうえで面白いものとかだ。知っている者がいるかどうかわからないが、ベン・トーなどがそれに値する。
さて、目の前に広がる縦横無尽に子供の無邪気さで書かれたこの紙の束。これを本と本棚に例に当てはめると、広大な草原の中、成人向け同人誌が一冊置かれているに近い。
親指ほどの厚さはありそうな紙の束の3分の1は世界観の設定集に近く、もう3分の1はキャラ紹介そして最後のとどめと言わんばかりに邪気眼な世界観が繰り広げられている。
性質が悪い点として、実に世界観は練りこんでいるため3分の2の苦行を乗り越えた所で、というか乗り越えた後に物語の部分を読むと破壊力が増される。
ええい、材木座め。この怨念どうしてくれようか。
と俺は家で紙の束に向かい合っているこの状況を作りだした原因について少し思い返すことにした。
◆ ◆ ◆
その日は妙に晴天で、それに反比例するように肌寒い日。4月も終わりになりそうな時分だった。先日アホなパフェを食べつくした俺はいつも通りとはいかず、腹の中に居座る気持ち悪さの奴隷になりつつ、俺は授業を終わった直後にさっさと移動した。今までと少し変わった所といえば
鍵を一式持ってきて用具室の前で待つ、何秒間かはわからないがそこまで待たないで一色が来た。
「はぁはぁ…………いつも思うんですが、先輩ここに来るの早すぎませんか?」
「まあ、俺の教室の方が近いし。ほら、さっさと着替えてくれ」
と言って俺は一色に鍵を渡す。
「今日は葉山が早く来るかもしれん、遅く着替えて来てもいいぞ?」
「変な所に気を回さないでください、気遣いができる人間をアピールしたかったんでしょうが顔が無理ですごめんなさい」
さらりと言われた暴言に肩をすくめて返事をした。いまさらこんな暴言で傷つかないわ、後輩の部室方面へ向かう背中を見送って、俺は黙々と器具の準備をしていた。少しボールが汚れてきている、折見て掃除しなければと思うと同時に、少し用具室全体を見回した。ゴールデンウィーク中の練習の時には少し時間が空くし用具室全体の掃除もしておきたい所だ。体育の授業や使用頻度は少ないが他の部活が使ったりするから少なからず汚れてしまう、最後にやったのは去年の10月だと考えると半年は掃除整理していないことになる。
それにGW中、海浜総合との合同練習もあるし、少しは楽できるんじゃないか?それならばあとで一色に合同練習での注意事項を話しておくことにした。
用具をすべて準備し終わったとき、ようやく一色が来た。
「どっ、どうしましょう先輩…………葉山先輩と話ししちゃいました!」
「よかったな」
「って、手放しで喜べないんですよね…………」
話を聞くと、割とマネージャー内での葉山ファンは多くなってきているらしい。そんな中、自分ひとりだけ接触したとなればヘイトが上がる。周りとのいざこざはもう一色の中で割り切っているらしいが、何をするかわからない以上そこまで派手に動けない。との事だ、ああ内輪モメ最高だわ。
一切合切何の関係もない所で人間関係が崩れていく様…………これ以上は悪趣味極まりない。もうやめておこう。
「そうか。グラウンドの整備し終わったら、話したい事あるから部活棟3階に行くぞ」
「え?告白ですか?」
「違う、主にGW中の練習についてだ」
貴様の脳内お花畑を更地にしてやろうか。と脳内でお花畑をブルドーザーで破壊しているイメージが沸いたが次の瞬間白黒車の赤パトランプで返り討ちにあってしまった。
「そうなんですか?」
「合同練習があって、そん時に相手選手の案内とかを頼みたくてな、失礼の無いようにいまさらながら礼儀とか叩き込んで置かないとって…………どうした?」
「いえ、いまだかつてないほど先輩っぽいな~と」
のんきなことを言っていて少し頭が痛くなった。バリバリと頭を掻きながら俺は言った。
「言っておくが、割と海浜総合高校はスポコンだぞ?馬鹿みたいに上下関係が強いし一瞬でもタメ語なんて言った日には目つけられるぞ」
「うわぁ、ちょっとテンション下がりましたよ…………」
「なら、来なくてもいいぞ?教わっているばっかだし、むしろ居ない方が良いまである」
最初に海浜総合の人にタメ口やった時はめっちゃ凄まれて泣くかと思った。
だが、そこまで海浜総合は強くなく、顧問の先生がめっちゃ厳しい。それに同調するかのように生徒たちも心身ともに疲弊し1年を超える頃にはすでに悪鬼羅刹の心を持っている。逆説的に誰とも同調できない俺は天使の心を持っているということになる。
「たぶんほかの連中も休むんじゃないか?」
「え…………?」
「ああ、前に女子連中集団でボイコットしてたが何のお咎めも無しだったんだが、それに味を占めたのか休日練習は来なくなった」
「それ、止めた方が良いんじゃないですか?」
「さあ?仕事邪魔する訳じゃないし、どこでだれがサボろうと知ったこっちゃない」
大体、そんなことをしたら効率が落ちる。今でさえ必死にやっても少し時間が足りなくなる時があるのにだ、やつらのことにかまけている暇はない。
基本的に早く帰りたいしな。
「私もですか?」
「続くようだったらメールアドレスが減るな」
「え~かわいい後輩じゃないですか~」
「あざとき後悔の間違いじゃないか?」
「ひどい!?」
そこで会話を切り上げ作業をこなし、一つ思いついた事がある。これ奉仕部に依頼すればよくね?と。ひと段落付いた所で俺は携帯を開いた。雪ノ下に一応連絡しておいた方が良いかと思ったのだが。
携帯のそこには3件の不在着信と、2件のメール。それで驚くことなかれドナルドさんからのメールではない、もちろん覚えのないアダルトサイトへのアクセスを通知する物でもないのだ。
「どうしたんですか?」
「不審者だ」
宛名が雪ノ下になっているのにも関わらず俺はそう言っていた。
来たメールの内容が1件目がたs。
2件目がたすてけ、と書いていたのも不審者と断定した一部の要因となるだろう。
なにがあった?プライドの高そうな雪ノ下だ、何かの罰ゲームか、なりすましの線かもしれないがこんなことを送ってくる様な奴ではない。好きなものを好きと言えないほどの跳ね返りだ、だが悪戯をするような奴でもない。
「はぁ、俺少しサボるぞ」
「え?いきなりなんですか!?」
「まあ、ちょっとな。どうせだったら一緒に来てくれ」
と言ってトンボを回収し迅速に奉仕部部室へと足を運んで行った。律儀にも一色が付いてきた。特についてくる意味はないんだけどな。
そして、ついでに昨日撮影していたカメラも回収しつつ奉仕部部室前についた。妙に静かで、異様な雰囲気を放っていた。それは後ろに控えていた一色にも伝わったようで俺の行動を固唾をのんで見守っていた。
赤点もったテストを知られたくない子供の心境に似ていた。ため息をつきながら2回ノックした後扉を開けた。
「うっす」
「「「……………」」」
空気の質感が違った。小学校4年生の頃クラスの中でいじめが発生しその全ての原因を俺に押し付けられた時のクラス同士での話合い、という名の言葉のリンチにあった時以来の空気を味わっている。
お通夜か何かかここは。何か小太りな男が希望を湛えた目でこちらを見て、その目のまま叫びながらこちらに走ってきた。
「は、はちまーん!」
「人違いです」
俺は扉を閉めた。
「ああ、間違えた。実は隣の部屋なんだ」
「先輩の名前言ってましたよね?」
「きっと平塚八幡宮の熱狂的信者なんだろう、俺とは全くこれっぽっちも関係ない」
「人生歪み切ってませんかその人」
ため息をついて再び扉を開けた。出荷前の豚と雪の女王と一般人、由比ヶ浜がいた。何にも分かっていないというかなんで由比ヶ浜がいるんだ?
とりあえず、猪のごとくとびかかってきた男は材木座義輝。ふくよかな体型、指ぬきグローブ、かぐわしきマント、と中二病の要素をふんだんに扱うキャラてんこ盛り男であることしかわからない。
「何やってるんだ?」
「八幡…………我はこのラグナロクを掻い潜っているというのに、盟友たる八幡が加勢しないとはどういうことだ!」
「うるせえ」
気軽に世界を崩壊させるような戦いに巻き込まないでほしい。あと一色、由比ヶ浜の視線が痛い。
「えっと、比企谷君。その男性とは知り合いなのかしら?」
「けぷこんけぷこん、八幡とは、悪夢を共に乗り越えた戦友なのだ」
「体育でペア組んだだけだ」
体育の「ペア作って」は死滅するべきだと思う。キャッチボールなんて壁相手にやればいい、壁はすべて返してくれる、あの時の手の痛みでさえ。
「そうだったの」
「ああ、で。なんで材木座がここにいるんだ?なんだったら通訳するが」
「ああ、聞いてくれ八幡!ここは生徒の願いを叶えてくれる場所と聞く、なれば我が願いも叶えてくれるのであろう?」
「奉仕部に用事があるってさ」
「そう、用件は何かしら?」
「我が書いたライトノベルの原稿を見てほしいのだ」
「そこだけ普通なんかい」
もう頭が痛くなってきた。
「私たちは推敲すればいいという訳ね」
「いかにも」
「投稿サイトに投稿すればいいんじゃね?」
「何を言う酷評されたら死ぬぞ!」
「そもそも見ねえから大丈夫だ」
「見ないからこそたまに来る評価がそれはもう怖くて怖くて!マイページ開くたび少しドキドキしながら開いてんだぞ!そして忘れたころに感想とか評価が来るともうなんなんだこれは!とそれはもう心臓がバックバクだぞ!って掲示板サイトで言ってた!」
何か怨念のような物が…………。憑き物が落ちたように落ち着いて咳ばらいをしながらこう言った。
「それに、我には小説を見てくれるような友は居ないからな。ほとほと困っている時に平塚教諭から話を受けたというわけだ」
「さらりと悲しい事を言われた気がするのだけれど…………」
「雪ノ下。『一人は悲しくない、一人でいて孤独を感じる事が悲しいことなんだよ』」
「言いたいことはわかるわ、でも貴方には言われたくないわ」
だが、なるほど、状況は読み込めた。それにお通夜みたいになっていた理由も、大方中二ワードとテンションについていけず話もできない状態で、しかも相手は女子と来たものだ材木座はしゃべれず、女子は引くという。よく材木座がここの空間にじっと居たものだ……………そんなに知らないんだけど、というか女子にキョドりすぎ奴らなんぞ甘味を貪る化け物と考えれば良いんだ。
「そして比企谷君、その後ろの人は?」
「あ、サッカー部1年、マネージャーをやっています一色いろはです」
「2年雪ノ下雪乃よ」
「私はヒッキーと同じクラスの由比ヶ浜結衣、いろはちゃんよろしくね!」
一色に視線をやると「よくこんな人種と交流がありますね」目でこう語っていたのであきらめるように頭を振った。
「ちょうどよかったから依頼したかったんだが、また今度にするわ」
「確かに我の方が半刻ほど早かったからな、だが八幡!我の小説は42字×34行、縦書き印刷の300ページにわたる!今からの時ではこの戦いについてこれないだろう!」
「めっちゃ具体的だな」
どこかの出版社の新人賞からは確実に外れている文章量であることには突っ込まないでいた。電撃なんやろ(適当)
「で?雪ノ下受けるのか?」
「ええ、とりあえず持ってきた原稿を見せてもらえるかしら?」
「あいわかった!では我の
俺と由比ヶ浜と雪ノ下の三人にそれぞれ1部ずつ手渡した。よく持ってきてたな。「明日、同じ時間にここに来て」雪ノ下はとだけ言って、材木座もそれに満足したのか礼だけ言って帰っていった。
「全く、仕方ないな」
「貴方部員じゃないわよ」
「えっ!?ヒッキー部員じゃないの!?」
「ええ、ただ偶に顔を出す暇人よ」
「うるせい、無い時間作りまくりだっつーの」
なんで時間作っているのかって?雪ノ下に時間作っても無駄にならないから。お情けでカラオケに誘われた時にはもう舞い上がって30分ぐらいは待ってたな!結局来なかったけど!
「じゃあ、貴方の番ね」
「一色の言葉遣いを直す。というより、見てやってくれないかっていう相談なんだが」
「初めて聞いたんですけど!?」
「初めて言ったからな」
「報連相を著しく欠いているわね…………」
「納期前の仕様変更はよくあることだ」
「私は依頼もされてませんよ!?」
「聞こえねぇ」
我ながら傍若無人な言い分だが、一色にとって損はないだろう。
「それに雪ノ下だったら簡単な依頼だろ?」
「なぜかしら?」
「ああ、いつも人を見下している節があるからな、普段通り怒れば」
「お引き取り願えますか?」
「マジすんませんした」
流れるように土下座した。後輩からの視線が痛い、だが常にそんな感じだ問題ない。
「冗談もほどほどにしなさい」
「冗談じゃなく友達がいなかったからな、塩梅を測りかねているんだ」
「事実は小説よりも奇なりね。時として真実は劇薬になるのよ」
「不器用で真実しか語れないからな」
「歩く劇物ね、ビニール袋被って死になさい」
「とりあえずここからは出ていくが、頼めるか?」
「……………一色さん?貴方はどうかしら?貴方の自由意思よ」
「よ、よろしくお願いします!」
一色がそう言った事に少し以外だった。こうなったら止めてると思ったのだが。
「じゃあ、あと俺やってるから」
俺はこのまま仕事に戻り、帰路に就いた。その時目を殺しながら全身から生気を感じさせない感じで歩いていた一色を見て、この先のことを暗示していることに気が付けなかった。
◆ ◆ ◆
実に退屈な文章量で、読解力と想像力のトレーニング、あ、それに加えて難しい漢字のトレーニングであれば実用に耐えうるかもしれない。外国人向けにしても難易度が高いだろうし、間違った日本知識を植え付けてしまうな。剣からビームは出ません。
寝不足で充血した目で朝日を見た時は自分の義理堅さと斜光で涙が出てきた。
洗面台の前に立つと、一瞬アンデットの類だと勘違いするほど酷い顔をした俺がいて驚いた。一番の驚きは小町に目の事を聞いたら「変わってないよ?」と言われた事なのだが。ショックだった。
いつもの通りの登校ルートを元々は少し猫背だったそれがさらに丸まりながら自転車を漕いでいく。油が足りなくなってきたのかギギギッと1回漕ぐごとにペダルが悲鳴を上げていた。
寝不足でフラフラになりながら校門へ着き、駐輪場へ向かう。前によく見た人影が見えた、一色だったのだが一色も背筋の力なく猫背になり何かに生気を吸われた顔をしていた。
「よう、こってり絞られたらしいな…………」
「ストレスで化粧乗りも悪くなりましたよ~…………。で、あんな所に放置させたサディスト先輩はなんでそんなに弱ってるんですか?」
絞られ足りないのか、それとも一色の精神力の高さの現れなのか。どちらかは分からないが、減らず口が無くならない事に少し驚いた。あれだ、なめられてるんだ。なめ猫だったらとっくに免許は失効してるな。
というか、なんで弱ってるかだと?材木座の小説が原因だとは思わないんだろうな…………。
説明しようと思考を巡らせていると思い出した事がある。一匹狼は孤高だなんだ言われているが、ただ年老いて群れからハブられているだけであると。狼が群れから追放される時は、一人で生きていくことが困難になった時だ。つまり一人で生きていくことができる者が群れの中に入る権利を得るわけである。ただ、人間でも心が一般からはぐれている事はままあるのではないか?
ああ、今回の話はそういう事が俺の思考から
「はぐれ狼、材木座現る」