やはり俺の部活動選択は間違っている   作:屑太郎

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泥塗れの敗戦

 まだ俺はボッチと言う物を図りかねないでいる。何の他でもなく自分(ボッチ)という物を。

 ボッチは時に馬鹿みたいに強くなる、というか哺乳類としての当然の行動である「群れる」事ができない()()がそのまま()()に転じてしまっている不思議な性質を持っている。

 だが、その本質は破滅的な弱さ故の弱点理解と守護対象の消失だ。

 ボッチはそのため個人の感情が行動を支配することがままある、普通の「群れ」は群れ全体が思考のブレーキを踏むが、ボッチにはそれがない。孤高と孤立と孤独が一つになってとんでもないバケモノになってしまう。

 俺はその結果、合理的な行動と思考に俺の体を爆弾のように吹っ飛ばしてしまった。まだ、それでも右足の骨折程度で済んだが。

 生きづらいとは思う。これからの先俺はどこに進んでしまうんだ、と授業が(現国以外)理解しきれてない不安感からそう思ってしまった。

 だが、そんな苦々しい不安もマックスコーヒーがその甘さで包んで飲み込ませてしまう。そんなことができるのは、やはりこれは特別な存在だからです。

 ため息を1つ、一気に手に残ったマッカンを呷った。喉を通る冷たく甘い液体を感じながら、胸元の塊を奥へ流し込んだ。それでもなお残っている手の重さが、俺に「まだあるぜ、ほら、飲めよ…………」と言っている気がする。まぁ、ただ単に飲み切れなかっただけなんだが。

 

 そう、御しきれない物が自分以外であるなら諦めもつくが、自分であった時ほど腹立たしい物はない。もちろん自分の不甲斐なさや能力的に「ない」部分もこの年になってわかりきっているはずだった。そしてそれを自分自身から裏切られる事も分かっていたはずだった。それでも自分に裏切られる喪失感は、他の何物にも代えられず両手を切り落とされたようにも感じる。

 さっき飲んだマッカンもすべて飲み切る気で飲んだ、それでも半分残っている。この程度のことなのだが、どうしても心が御しえない。

 もう一度、ため息をつきながら、猫背な体を反らせて今度は全部飲み干そうと天を仰いだ。

 

「こんにちは」

「ぶっ!?」

 

 空に女の顔があった。

 驚きで甘い液体が気管に入りこんで咳き込んで、口の中の物を噴出してしまった。まだ4分の1ぐらいは残っていた。

 少し冷静になって考えると先ほどの顔は。昨日、自己紹介された先輩だった。確か清川先輩だったか?どうしてこんなところに?

 

「失礼」

「え?なっ!?ちょっ!?」

 

 手をこまねいていると、先輩がハンカチで俺の濡れた所を拭き始めた。膝と首に流れているマックスコーヒーで白っぽいハンカチが滲んでいた。動こうとすると「動かないで怪我人君」と若干棘がある声質で俺を静止させた。

 

「よし、きれいになった。驚かせてごめんね?怪我人君、となり良い?」

「はい」

 

 色々聞きたいことがあったが、少しも頭が整理できない。脊髄反射のように俺は質問していた。

 

「怪我人君って」

「だって、君。名前聞いてもさっさと行っちゃったじゃない?ケガしているから早くいかないと遅れちゃうのかな?って思ったんだけど?君の名前は?私の名前忘れちゃったかな?」

 

 と言いながら先輩は拳2つ分間を開けて隣に座った。だんだんと詰将棋をやられている気分だった、今では松葉杖は左一本で立ち上がれるが先輩が座ったのは俺の左側に座られた。これでは立ち去ることもかなわないので、自己紹介(参りました)をした。

 

「いっ、1年E組比企谷八幡でひゅ」

「比企谷君ね、よろしく」

 

 噛んだことに後悔していると、そんなことは気にならないと言った風に触れないように返事をしてくれた。

 

「いつもここで食べてるの?」

「ええ、まあ」

「へえ、購買派なんだねぇ。私もなんだよね」

 

 気持ち悪い、それが喋った時の第一印象だった。何かを隠して他愛のない話をするのは苦手なんだ。

 そういう俺の心持ちも知らず、袋からコロッケパンを出して食べ始めた。妙に苛立って自分から話しかけた。

 

「どけばいいんですか?」

「そのままでいいよ、まだ食べ終わってないでしょ?」

「なんのために、ここに来ているんですか?」

「ふむ、なら単刀直入に言おう。サッカー部のマネージャーになってみないかい?」

 

 いきなりすぎて、どうしようもなく、頭を揺らされた気分だった。それでも、俺の口から出てくる言葉は単純明快。

 

「お断りします」

 

 そこで終わりだと思っていた。だが、二年の人生経験はそこまで人を深淵に叩き落すのかと思わせるように、純粋な拒絶を目の前にした人間が、満面の笑みを浮かべていたのは初めて見た。

 そして、嗚呼。なんとも、いやらしい笑みだった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「はっ!?」

「比企谷先輩?」

 

 ぼーっとしていた。単純に暇で手持無沙汰だったからなのだが、あまりに長い時間そうなっていたようで自由ヶ丘先輩に「おやおや、余裕だねぇ」と皮肉を言われる結果になった。藤沢に心配そうな顔をされてまで、こういう所見せるわけにはいかない。

 

「すまん、今やっているのは11(イチイチ)か?」

「はい」

「分かった」

 

 ぼーっとしていた今の時間から逆算して、もうそろそろ水分補給の時間だった。一応選手の全員の様子を確認する、脱水症状が出ている奴は外見では分かりにくいが、今回の給水と休みの時間は同じで、10分ほどの休憩がある。その時に汗を拭いてでなくなったら危険信号だ、すぐに休ませて水を取らせる。見た感じ断定は出来ないが居なさそうだ。

 

「海浜19、37、28、6。総武47、15、24。……………あー、藤沢。海浜の背番号と名前一致するか?」

「大丈夫です」

「すまねえ、今言った背番号危なそうだから気を付けてくれ」

「すみません、危なそうとは?」

「熱中症だ。今言った背番、今日のコンディションが悪い、それに加えてポジションが総武の47を抜いてミッドフィルダーとサイドバックだ、このポジは試合になったら運動量が多くなるからな、気を付けておくに越したことはないぞ」

 

 実は前日雨が降った。グラウンドに大量に水撒かなくて済んだわラッキーとか思っていたが、結果的にそれが選手への仇となり、今日は全体的に湿度が高く汗が蒸散しにくい状態にある。マネージャーのようにそこまで動かなければさしたる問題はないが、選手は別だ。

 体調や様子に注視していると、自由ヶ丘先輩から話しかけられた。

 

「ちなみに海浜57も追加だ、ここ最近走り込みのタイムが振るわなかった」

「分かりました」

 

 藤沢に今言った人間を要注意人物として張らせる。と言ってもここで俺が出張ってはいけない、藤沢の力にならないからな。

 なんて考えながら休憩の時間になった。選手は休憩だが、マネージャーは違う次の種目の打ち合わせとそのための準備をしなければならない。ミニゲームならビブスは準備してあるし、疑似的にゴールに使うハードルは脇に置いてある。

 

「ヒキ君」

「なんですか?」

「君はなんでも一人で出来てしまう。美徳であり欠点となりうる所だが欠点として露呈する時学ぶか学ばないかは君次第だ」

「は、はぁ?とりあえず肝に銘じておきますが…………?」

 

 というと呆れたように自由ヶ丘先輩は笑った。しばらくして本当に楽しそうに笑っていた。

 

「うん。うん。そりゃそうだ、だから私がいる」

「いきなりなんですか?」

「でかい独り言さ」

「はあ?…………藤沢、次の準備するぞ」

「あ、わかりました!」

 

 自由ヶ丘先輩の奇行はよくわからなかったが、向こうの補助に行くのを見送って俺は動いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そうして時間が経過し今は練習試合の時間。そして俺が何を理解していないという事が、わかった。

 ここは校舎裏、そして目の前には泣いている藤沢。

 

「お」

「こら、ヒキ君」

 

 声を掛けようとして自由ヶ丘先輩に止められた。

 すでに練習試合は始まってそろそろ中盤戦と思った所にふと藤沢は居なくなっていた。それを探していたらこうなったというわけだ。

 今考えれば俺は自由ヶ丘先輩に止められなければ、無遠慮な声を掛けてしまっていただろう可能性が高い。ああ、今回限りだ、頭を垂れて俺は願った。

 

「教えてください」

「いいよ、原因は君だ。先回りしすぎて準備をして、自分の行動が本当に選手の助けになっているのか不安になってしまったんだ。さて、感想は?」

「下らないっすね」

 

 全く下らない、自分の存在価値を他人の助けになったかどうかで決めるな。まず最初に自分が自分を肯定してやらなきゃ、どれだけ他人が肯定しても空しく響くだけだ。それに、他人からの否定で自分が揺らぐほど柔に生きてるんじゃない。

 

「くくくっ。それでこそヒキ君だね、それでもなお君が原因だと私は言い続けるよ。一つ質問、覚えているか?」

「…………これも、伝統だっていうんですか?」

「まさか。でも」

「でも?」

「一度もあーちゃんのおっぱい揉んだことないんだよね」

 

 俺は藤沢にバレないように深いため息をついた。ああ、作戦開始か。

 音を殺して自由ヶ丘先輩は藤沢の後ろにたった。アホだか天才だか分からない特技だが本人は「弟と手を鳴らしたら主人の後ろから『ヌッ』っと出てくるメイドさんごっこしてたら出来るようになった!」と言っていた。

 それに続いて俺が近づいた。瞬間、刹那の速さで自由ヶ丘先輩が藤沢の胸を揉んだ。

 

「ひゃう!?」

「ハロー。じゃあね~」

 

 それから「あーちゃん!ナイスおっぱい!」とだけ言って、あとは俺と藤沢の2人だけになった。

 俺の中でフラッシュバックした光景だった。これ先輩にやられたんだよな。

 

「お疲れ」

「……………」

 

 と言っても、藤沢は何をしゃべらない。まあ俺もそうだったし、無理はない。

 

「行こうぜ、応援が残ってる」

「いや、です」

「なんでだ?」

「行っても役に立ちません。居ない方が良いです、一色さんみたいに愛想もふりまけないし、自由ヶ丘先輩のように仕事ができるわけでもないです。比企谷先輩にだって何度も助けられました…………」

 

 落ち込んでいる所悪いが、他の高校のサッカー部のマネージャーになっているようなものだから、少しばかりの不出来は当たり前だと思うんだが。もちろんこれは心の中に留めて置いた。言っても意味ないから。

 

「『なあ、サッカー部にとって、負けって何だと思う?』」

「試合に負けること…………ですか?」

「『もし仮にそうだったら、私たちは既に負けていることになってしまう』」

「『勝負の舞台にも立てず、勝利の為に雑務をこなす。これが敗北者たる私たちだ』」

 

「『ならば、私たちは今、泥塗れの敗戦の中にいる』」

 

「じゃ、じゃあ負けって何ですか!?」

「『もう何年か後に選手と私たち含めてサッカー部に入ったのは間違いだったと思うことだ』」

「…………」

「『それに、立ち上がるのは敗者の特権だ、試合に負けたところで選手は立ち上がるだけだ。だが、目先の勝負に負け続けている私たちは、立ち上がり()()()ことができる』」

「『失敗したっていい、迷惑をかけたっていい、それが私たちだ』行こう、待ってるから。」

 

 俺は藤沢に口を開けさせた。思いつきだったのだが、レモンのハチミツ漬けを食べさせた。

 

「これ、内緒な」

 

 と言って、俺は立ち去った。

 結論から言って藤沢は戻ってきた。「また、食べさせてくださいね」なんと小声でいっていた。

 おいおい、ふざけんなよ。そんな事言われたら奴らの青春の胃袋がさらに汚染されちゃうだろ。いいよ!もっと作って青春汚染させてやるから俺!

 

 そんなこんなで今まで適当に作っていたハチミツ漬けの比率をもっと凝ってみようかと考えた矢先、練習試合が終わった。特にケガもなく熱中症なんかも出なかった…………まだ夏前だがそれでも選手は疲れ切った顔でベンチに戻ってきたが。

 

「「「ありがとうございました!!」」」

 

 こうして多くの人間がそういってつつがなく合同練習が終わった。…………まだ片づけがあるのだがな!因みに海浜は既に撤収していた。数の暴力って酷い。

 そして今は試合後のミーティングが終わり、トンボをかけていた。

 

「はぁ…………毎回これ片付けなきゃいけないんですよね」

「それがお仕事だからな、疲れたならすこし休んでもいいぞ」

「嫌です、一緒に休んでください」

「無理すんな、無理すんな」

「なんで2回言ったんですか…………」

 

 当然だろ?俺に気遣う言葉をかけるってことは罠かトラップか地雷のどれかしかないから。それに、ここまで文句も言わずやってきたんだ、ねぎらいの言葉位言ったっていいだろ?

 

「俺のために働かないでくれないか?」

「もう無用宣言ですか!?」

「いや、めっちゃ働いてくれるし。たまに俺が気が付かない所もカバーしてくれているし、大助かりなんだが?」

「ならなんで?」

「よし早く終わらせてしまおう!」

「うわぁ…………」

 

 好感度が下がったような気がした。

 

「うし、トンボ掛けも終わったな」

「…………でもまだ仕事ありますよね」

「ああ、部室の掃除、クーラーボックスの処理に洗濯もあるな」

 

 うげぇ、と顔で言っている一色を置いて、俺は一声だけかけて洗濯しに行った。その洗濯の最中の出来事。

 

「先輩」

「なんだ?」

「洗濯機ないのも驚きですけど、これ手作業なの何とかできませんか?」

「ランニングコストがな…………」

「もうこれ、手が泥だらけになっちゃいますよ」

 

「ああ、泥塗れの敗戦だ」

 

「ちょっと独り言気持ち悪いですよ」

「うるせいやい」

 

 この後めちゃくちゃ洗濯した。

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