最近、筋肉が付いてきた気がする。無駄に動くし、無駄に気を使わないといけない今の状況は、消費カロリーを大きく上げることに貢献し、無駄な労働を繰り返す上で筋肉の破壊と超再生を促進して一回りほど足の太さが違って見える。
駄目な兆候だ…………今では、ギプスは勿論、松葉杖が取れ軽いランニングすら出来るようになった。嬉しいというより、もはや恐怖。具体的にはこのアホのような先輩だ。
自らも過酷な仕事量をこなしつつ、全員のコンディションを把握し適切な練習量をあてがっている。というか、俺も微力ながら仕事をしながらも、体を壊さずに働けていて尚且つケガの回復を阻害しないように気を使ってくれている。
とは整体師の言葉だ。整体師はどうもマッサージ中に色々聞いてくるのだ、ああ苦行、サッカー部のマネージャーのなり立てだというのに、サッカーに興味がある訳ないだろ…………。ユナイテッド勝ったね!じゃないんだよ、俺は撮り貯めたプリキュア見てたよ、後、待合室のおじいさんはなぜ俺に相撲の話を振るんだ御嶽海知らんよ、相撲の記憶は朝青龍で止まってるよ。いつかの三種の神器で切り抜けたよ、たぶんボロボロだけど!
とまあ、マネージャーとなってから2週間が経ち、それなりに仕事が出来ている状態にまで回復してきたのだ。だが、これを先輩にあかしてみろ、あの地獄のような仕事量を俺に押し付けるに違いない。
「うん、そろそろ。本格的にマネージャーの仕事をしても良いんじゃない?」
「なんでわかるんですか?」
「前は左右で足の太さが違っていたけど治ってきているし、歩き方から癖が無くなってるの自覚してる?」
今日恐怖を味わった。人に見られていることがこんなにも恐ろしい物だったとは知らなかった。もう俺ボッチで良いかもしれない。え?なにこの先輩?左目が超高性能な義眼だったりしない?
「いえ…………」
「でも整体師さんに聞いてみてね、まずはそこからだから」
「もう、多少の無茶は効くみたいなことは言ってたので大丈夫だと思います…………」
「そう?今日から少しづつスコアカードの書き方と、主だったルールを教えていくから、今日もよろしく」
太陽の神様が過ちを犯したような、日差しが照り付けながらも風は寒い、さながら太陽と北風の童話の如き、6月の嫌に快晴が続く昼の日だった。俺は一陣の風の冷たさに身を震わせた、捩らせた身を自分で抱きながら。隣でパンを食べていた先輩の顔を見た。それに気が付いて、同じように視線を合わせた、不思議そうに眼を真ん丸にしながら「どうしたの?」と聞いて来た。
先輩と初めてまともに目を合わせた。再び先輩の顔を見れば可愛いではなく、奇麗な顔をしていた。やはり、なんでこんな人が俺なんかに接触しているのか、不思議でならない。
ふと風が止んだ気がした。
「なんで」
日差しの強さに中てられたのか、俺はそう言っていた。疑問も持っていることだけを開示しただけの無意味な呟きに、先輩は首を傾げながらこちらに居直った。穴が開くほど―――と言ってもボッチが視線に慣れていないだけで実際には数秒なのだが―――見つめられて、俺は疑問を口にした。
「なんで、俺をマネージャーに引き込もうと思ったんですか」
「え?うーん、まあ、こんなこと言うのも失礼だと思うけど、私が比企谷君を気に入ってるからかな?」
この先輩の中でも俺に対する心づもりが固まっていなかった事に少し驚いた。そして、さらに俺に疑問が沸いた。なぜこの人は、わざわざ俺に対して働きかけたのか、そうでも言わないと…………。
様々な悪意を見た。幼さ故の
だが、俺が受けた悪意はいつだって俺の外だった。俺の顔や態度を嫌い存在すら否定された事すらある、そのたびに枕を濡らしたが、どうしたって奴らの限界は俺の外側なんだ。
ただ、今回が悪意であれば、俺の中まで根こそぎ持ってかれる。
ここまで俺のパーソナルスペースに入ってきたのは家族以外に誰もいない、ずかずかと入ってくるこのエイリアンが悪意を持っているとしたのなら、小町まで被害が行くかもしれない。
「俺なんかが気に入られる訳がわかりません、何かの罰ゲームですか?」
「一目気に入り?」
「…………」
人間、最初から呆れようとすれば、最終的に怒りがやってくるのかと、妙に高ぶった頭の中そう思っていた。もうこの人の話は聞きたくないと、立ち上がろうとした瞬間。
「なにか、決定的に勘違いしてるっぽいね?私は誰に言われたからでもなく、自分の意志で君と一緒に部活がしたいと思ったんだよ?」
「そんなの、誰が証明できるっていうんですか」
急に刺し伸ばされた手を条件反射のように振り払った。この先輩は、俺をサッカー部に引き入れたような、爬虫類のような笑みを浮かべていた。
「もしかして君は、自分に向けられる感情の全てを悪性に変えてしまうのかい?」
嫌らしく、笑いながら言った。声を上げずそれでいて楽しそうに。
「なにをいって「だいっきらい」…………。」
先輩は俺から言葉を奪い、そしてその言葉から「やはり」なんて思考を奪い「そう」としか思えなくなった。
「君をサッカー部に引き入れたのは自分が楽したかったから」
先輩は笑顔だ。四つん這いになって座っている俺ににじりよった。
「君とこう話しているのは逃げられないため」
先輩は笑顔だ。距離を詰められ俺は少しのけぞった。
「私は君と一緒にいることに対して嫌悪感を持っている」
先輩は笑顔だ。視界一杯の綺麗な顔だ。
「ほら、こう言われてほっとした顔してる」
先輩は笑顔で、嫌いを、否定を投げかけている。手を伸ばされ、触れられた。それで俺の口角が上がっている事を自覚する。
………俺は喜んでいる?いや違う。悲しんでいる?いいや違う。
「君が望むならずっとこう言ってあげる」
俺は人の汚さを見て安堵していたい。
『初めまして!3年D組清川アキラ!嫌いな物は比企谷八幡…………よろしくね!』
先輩は立ち上がって拳を突き出した。反射的にそれに手を伸ばしてしまった俺の手の甲と先輩の拳の甲をぶつけ合わせた。
たまらないといった風に先輩は、笑った。
◆ ◆ ◆
世界には嫌いが溢れている。そもそも、言いたいことも言えないこんな世の中じゃ人間の好きが小さすぎるのだ、隙に毒が流れれば一瞬で広がっていき心を蝕むから。
それでも、自分の心に響く隙を見つけてそれを愛するために人間は進んでいくのだ。だがそれでも。
「ねえ八幡、次はあっちに行こ?」
「わあ、これカッコいいね」
「あっ、この腕時計昔お父さんが付けてたなぁ」
煌びやかな笑顔、そこに邪念は一切なく、生まれたての赤子のような純真さと神々の悪戯を宿していた。
一言言わさせてくれ、これは隙じゃない。
今は職業見学に行っている。卒業後の職業観を養成するためという畜生な理由を持って存在するこのイベント、大体うちは進学校なのに職業観なんぞどうするのかと問いたくなる。
いくつかの企業から選んで行くのだが、そのためには三人でグループを作らねばならないようで、まず一つつまづいた、そこに現れた大天使戸塚「僕と一緒のグループになってくれないかな?」と言われた時にはすでに首が赤べこになっていた。
だがしかし、あと一人足らないとなった時に誰もいない。ほかにボッチもいる訳ではなく、諦めてグループを決まっても居ないのに名前を書いた。
そしたらあら不思議、向こうの企業の顔をつぶさないようにと二人だけのグループが通ってしまったのだという。担任も扱いに困っただけなのだろうが。
そうして来たのは時計工場、アナログの腕時計を主に作っているらしい。主な市場が海外で国内の知名度はそこまで無いが、東南アジア地域では大体ここの企業の物を使っているらしい。やるじゃないか千葉、ディスティニーランドだけじゃないというのを見せてやれ。
少し冷静に考えると、進学校で工場に行くというのは大方プライドが許さなかったのだろう、だが、ここには社会のすべてがある、歯車的なサムシングで。さあ、これを目に焼き付けろ、今のままで居れば行きつく先はあそこにいる検査員のおっちゃんだ、結婚指輪をはめながら上司にペコペコしているあのおっちゃんになってしまうぞ、俺の目標は結婚指輪を付けてリビングでゴロゴロ生活だ。
不意に後ろから衝撃が来た。戸塚の可愛さから逃げるように考え込んでいるうちに足を止めてしまった俺にぶつかったようだ。
えっ?やっば、柔いし、落ち着く匂いするし、なにこれ?本当に戸塚は俺と同じ性別の生物なの?なんか親しみやすさと女らしさが合わさって、とんでもないことになっている。なんかもうとんでもない、いけませんわ!おいたわしや
…………否応なく俺の理性が耐久テストの実験台となっているような感覚を覚えた。ああ、守りたいこの笑顔。じゃなくて、俺じゃ守れないだろ。えっ、悲しっ。
とりあえず、落ち着くために戸塚と会話することにしよう。
「まさか2人っきりになるとは思わなかったな」
「そうだね、企業の方には少し物怖じしちゃうけど、八幡といっぱいお話しできて嬉しい…………かな?」
「まあ、マネやってた時はあまり喋れなかったからな。最近、そっちはどうなんだ?」
「最近はみんな頑張ってるね、三浦さんに結構助けられてるけど」
「まじか、あの金髪縦ドリル見に行ってやってるのか?」
「結構面倒見の良い人だったよ、テニスも上手いし」
「なんか他のテニス部員に申し訳ないな…………」
三浦はきっと他の所にも影響力があると思う。あの葉山と一緒に居ればそこそこ男子へのけん制力もあるし、下手にちょっかい出せばあの性格上、もう精神的にボッコボコだ、俺もあの一年間がなければ精神ボッコボコだったと胸を張って言える。
他の要因で下げる事が出来ないのなら、あとは自らが向上するしかない。まあ、俺にも絶対に認めたくないが、自ら努力して得る成長の喜びというのは覚えはある。そこそこ、「あれっ?楽しいかも」とか思ってたらそうなるんじゃないだろうか、あとは女子より弱いなんてみっともないと思う奴もいるだろう。努力する理由はまちまちだが、努力ができる土壌位は作れたと信じたい。
「はははっ、何それ」
「俺はいつだって仕事したくないからな!ケツ叩かれるのもされたくないし、そういった意味では嫌なことを押し付けたような気がして後ろめたいんだよ」
そんな、話をしながらつつがなく、非常に冷静を保ちながら職業見学を終えた。
もしかして、これデートだったんじゃ…………ッ!?
興奮冷めやらぬままに家に帰り、小町に「顔が気持ち悪い」と言われて、冷静とは何か今一度考えるべきだと思った。そんなににやついていたか?
「あ、お兄ちゃん来週買い物したいから付き合って、確か来週休みでしょ?」
妹よ、気持ち悪いといった次によく言えたな。勿論お供しまっせ。
「ららぽか?」
「うん、ららぽ」
既に洗濯機を買うのはほぼ決定事項だが、具体的に何を買うか決まっていないからな、ついでに探すのもいいだろう…………と考えてしまった、俺の失敗だ波乱の前の静けさが耳を刺激していたのに気が付けなかった。