お兄ちゃんはな、最初からお兄ちゃんじゃない、小町が生まれた時からお兄ちゃんになったんだ。とは、小町が俺が原因となってハブられていた時の言葉だった。
当時は完全に漂白さんに影響されたその言葉をドヤ顔で語って俺かっけえとなっていたものだが、不意に思い出した今とっても死にたい。
だが今日は安心、俺の天使、目に入れても痛くない我が妹小町と一緒に買い物をする日だからだ!もう、俺の存在ごと浄化されること受け合いだな!と小町に言ったら「無くなっちゃうじゃん」だってさ、分かってるぅ!
若干変なテンションになりながら、俺はいそいそと買い物する準備に取り掛かった。クローゼットを開け、まずは普通に見えそうなズボンに、普通に見えそうなシャツ、そして普通に見えそうな上着、6月は熱いからジャケットはいらない、なんだこの馬鹿みたいに長い黒コートは?あ、これ、中二の時の奴じゃねえか、思い出したら辛くなってきたわ。これカッコいいと思って町を闊歩してた気がする。
…………それと、折り畳み傘を通学鞄から今日使う鞄に移しておこう、小雨程度で済めばいいんだが。そういえばクローゼットの中に古いやつがあった気がするな、小町が忘れるかもしれないから少し探して―――駄目だ!見つかったが柄の部分にこれでもかと中二臭いデコレーションがっ!
Q、俺のクローゼットが魔窟と化しているんですけどどうしたらいいでしょうか?
Å、お前が魔物だ。
なんかもう香ばしい、懐かしいじゃなくて香ばしい、この頃は今では考えられない突き抜けてるよもう、過去に戻って自分をぶん殴りたいとはよく言うが、もはや受精卵の頃からぶん殴らなければいけないのではないだろうか?と魔導書だ!と言い張って買った無駄に分厚い本に魔方陣を書いた物を手にしながら、手の込んだ自殺を考えた。
しかし、今でもこれ着れるのか?うっわ、このドクロのチェーン懐かしっ。小学校の頃これが原因であだ名がヒキガエルから骸骨になったわ。
コート着てみたが、流石に腕の部分がキツイな、さっさと処分するに限る。折り畳み傘の装飾は一部紙粘土であることに涙したし、あと中学生の俺よ、ネクロノミコンのスペル間違ってるぞ。
「おにーちゃんま…………」
いきなり俺の部屋を開けた小町、そして俺の姿はいつぞやの中二スタイル、固まる思考、固まる小町、固まる俺、横切る飼い猫、小町の頬には一筋の涙が流れた。多くの悲しさを抱き溢れたその目は『中二病…………再発したの…………?』と弱々しく語りかけ、力強く俺に伝わった。
涙を流しながらしかしその口は多くを語らず、ゆっくりとかみしめるようにその扉を閉めた。
「待て小町!これは違うんだ!誤解なんだ!」
「何が!ゴミいちゃんが中二の時にあったものを一杯手に取ってたじゃん!」
「いや、それはクローゼット漁ってたら」
「ヘンになったんでしょ!」
ギャーギャーとドタバタしながらどうにか小町をなだめて、俺たちはららぽへ出発した。因みに、折り畳み傘はお亡くなりになった。
兄弟間のいざこざの後の微妙な空気が充満した電車内を乗り越え、たどり着いたららぽ。
「そういえば、何が見たいんだ?」
「新しいエプロン欲しくなってねー、中間テストも終わってお兄ちゃんと羽を伸ばしたかったのです!」
きちんと「お兄ちゃんと」を付けているあたり八幡的にポイント高い。あざとさポイントも急上昇だ、心の隅まで旨味のように染み込んでいく。うん、こういうので良いんだよこういうので。
「まずどこ行きたいんだ?」
「んっと、お兄ちゃんの好きな所!これ小町的にポイント高い!」
「じゃあ、三階のここなんかどうだ?エプロンは勿論、可愛い系の小物もあったはずだ」
「小町の好みを抑えてくるなんて、お兄ちゃんもなかなかやるじゃん!ポイント10点!」
「やったぜ、ならポイント下がるついでにスポーツ用品で買い物していいか?」
「下がる前提なのはお兄ちゃんらしいというか…………どうして?」
「部活連中がケガしてなテーピングが足らなくなったら困るからと、小町その靴ネットで買った奴だろ?」
「うん」
「微妙に大きかったからな、靴擦れ起こした時応急処置が出来ると思う」
「え?そんな所まで、本当にお兄ちゃんなの?」
「今まで何だと思ったんだ」
「気遣いゼロのサボリ魔」
「ほのかに危険な香りがするな。まあいいや、あとその服似合ってるぞ、小町可愛いな」
「…………小町ポイント高すぎるよお兄ちゃん!」
先輩に叩き込まれた女性とのお出かけ術、何かしら効果があるようだ…………妹にしか気軽に使えないのが難点だが。この前はうっかり雪ノ下に言っちまったから、体に染み込んでいるようではある。
「これは今の内に、小町のポイントを上げるしかない!お兄ちゃんおなか減った!」
「じゃあ、サイゼだな」
「小町ポイントバブルが崩壊した!」
なんだよう、サイゼいいじゃんかよう。と恨みがましい視線を小町に送っても「やっぱりゴミいちゃんだったか」と呟かれるだけで終わった。
話を切り上げて、目的の店に行くことにした。
「ねえお兄ちゃん、エプロンの柄なんだけど象が良いかな?虎が良いかな?」
「カモメにしなさい、なんとなくだ」
「うーんじゃあ、こっちの気持ち悪い顔の人間にしよう!」
「ここまで進撃してくるか巨人よ…………」
結局猫のプリントがされているエプロンを購入することにした。
「今日ここテープ特売日じゃねーか、どうしよう無駄に多く買ってこうか?向こう一年ぐらい」
「どうしよう、お兄ちゃんが主夫になりつつある…………ッ!」
「うわ、アンダーテープも安売りしてんじゃん、これは助かる。100均にもあるけど作りが違うからなぁ」
「お兄ちゃん、もう小町には素材の違いしか分からないのです」
「便利だぞーこれ。本当はテーピングから肌を保護するために使うんだが、折りたためば靴擦れ用のクッションになるしスポンジ代わりに使ったりするな、衛生から目を背ければサイズを整えやすい脱脂綿としても使える優れものだ。つーかバラ売りでよくここまで安くなるな」
「マネージャーをやるって聞いたときは耳を疑ったけど、この分だとかなり仕事はしてるみたいで小町は安心しました」
「絶対にマネージャーなんてやるんじゃないぞ…………」
一年分の思いを込めて俺はそう言った、最終的にハードタイプとソフトタイプのテーピングとアンダーテープを1巻きずつ購入した。
「あとできれば、キッチン用品も見ておきたいかな」
「何を見たいんだ?」
「最近お菓子作りとか始めようと思ってねー」
「甘い菓子にはアリが群がるからな、注意しろよ?」
「はいはい、そんなシスコン過ぎるお兄ちゃんは小町的にポイント低いでーす」
「あと、思い出したんだが」
「なーに?」
「昔作ったとか言ったクッキー、あれカントリーマアムじゃなかったか?」
「あー!急激にお兄ちゃん小町的にポイント高くなってきちゃったなー!」
卵を半熟にできるタイマーというのをゲットした。
「そういえばいつもより人が多いけど何かやってるのかな?」
「あー、なんか4階でワンにゃんフェスタとかやってるらしいな」
「へーそうなんだ、カー君の運動不足解消できるグッズとかないかな?」
「止めとけ止めとけ、この間かぁちゃんが買ってきた猫タワーなんて、今じゃ爪とぎ部分しか使われていないだろ?」
「今朝の傘なんてクラスに笑われてからクローゼット行きになったのと同じだね」
「がふっ!見に行こうか!?」
新しい猫じゃらしと、試供品の猫のえさを貰った。小町、俺はきっとそれおいしかったらカマクラ(飼い猫)は他のえさ食わないと思うんだわ。
「あっ」
「ん?お兄ちゃん?」
「いや、ここの本屋前来た時、嫌に参考書のラインナップが良かったんだ。見とくか?」
「今やってる参考書ももうすぐ終わりそうだし丁度いいかも!いつも読んでるコーナーにはいかないでね?」
「小町を置いて行くなんて事するわけないぞ」
「目を泳がせちゃったら説得力無いよ…………」
結局入って参考書二冊とタイトル買いした一冊『万華鏡の死』だったか、中身は見てないが衝動的に買ってしまった。たぶん推理モノだと思う。欲求には勝てなかったよ…………。
かなりの間ららぽをさまよい歩き、時間の総量と共に俺のメモリーに小町の笑顔と俺の両腕に荷物が増えた。二つとも小町がいるからプライスレス、俺自身は無料だからね、維持費がかかるだけだが。
そうやってぶらぶらして、昼前だっただろうか?少し腹もすいてくる頃でそろそろご飯でも食べに行こうと小町と相談した時、すぐ近くに見知った顔を見た。
「雪ノ下?」
「!?」
酷く驚いたような顔をして此方をみた、手で小町に少し待っててと合図をして、少し挨拶しようかと俺は話をつづけた。
「あら、なんだ比企谷君だったの驚かせないで頂戴」
「出会いがしらに驚いた顔すれば、俺だって少なからず傷つくぞ?」
「出会い頭だったからよ、休日まで私のストーキングご苦労様ね」
「ちょ、お前止めろよ。周りの方々がぎょっとしてらっしゃるじゃねえかシャレにならねぇ。こちとら妹と買い物中だ」
「まだその妄想を続けてたのね…………哀れを通り越して恐怖よ」
「いや、絶対憐れんでないよねそれ、出発点から恐怖だったよね?」
いつにもまして口がキレッキレすぎるんだが?もうズタボロだよ、俺は。あとは「挨拶しに来ただけだ、じゃあな」と言えば済むだけの話だ。
「お兄ちゃん、この人だれ?」
が、この可愛い妹は話をややこしくしてくれた。うん、やっぱり可愛い、目に入れたら痛い。
「友達」
「この人が雪ノ下さん!?」
「友達と紹介されて個人名が特定されるのは悲しさになるのね、初めて知ったわ」
俺は人間が絶対零度の視線で生物を見れる事を今知ったよ。ゴキ見てもあそこまで冷たい視線になることはないよ。
「はわわわ、私それの妹の比企谷小町です!」
「は、初めまして、雪ノ下雪乃です……………比企谷君、この子は本当に貴方の妹なのかしら?」
「当たり前だ、小町の人生唯一の汚点が俺の妹である事ぐらいの妹だ」
「あはは、えっと雪乃さんって呼ばせてもいいですか?」
「ええ、構わないわ小町さん」
「雪ノ下がリア充っぽい会話をしているだと…………」
二人の視線が突き刺さる、寒すぎて心が壊死してしまいそうだ。
「えっと、雪ノ下さん。今日はどうしてここに?」
ナイス小町、俺もそれが聞きたかった。
「友達の誕生日プレゼントを買いに来たのよ…………比企谷君、その打ち上げられたフナのように口をパクパクするのはやめなさい、不愉快だわ」
「由比ヶ浜か?」
「…………」
「…………や、ごめん!本当にごめん!俺もう今めっちゃ悲しいから!二度と言わないから!」
帰ってからデリカシーをグーグル先生で調べたのだが、繊細さ優美さといった意味になる。確かに俺に悲しくなるほど無い。
しかし、デリカシーの塊、小町にかかれば凍結した時間を戻すことなど赤子の手をひねるようなもの。
今のやり取りで、この(外見だけ)見目麗しい雪ノ下を俺と同類と判断したように振舞った。
「あー、えっと何を買ったんですか?」
「エプロンよ、お菓子作りにはまったらしくてね」
あれよあれよという間に、一緒に買い物をしに行ってしまった。…………こうして、今日という一日は終わっていった。
「小町、久しぶりに腕に筋肉痛が…………」
「足で食べれば?」
2日間取れない痛みを残していった。
◆ ◆ ◆
彼の視点から語られる今日一日はこれで終わりだ。だが、このサブタイトルは。そう『当たり前のように彼の預かり知らぬ所で妖怪大決戦は執り行われる』だ、時は遡り、ららぽでの事。
雪ノ下雪乃と比企谷兄妹が顔を合わせた時刻の事。二人の女性が対面し言葉を交わした。
「久しぶりですね、雪ノ下陽乃先輩それ以上動かないでください」
「…………ええ、本当に久しぶりねアキラちゃん」
アキラと呼ばれた女性は黒のワンピースに黒タイツ、黒い革靴を着こみまるで喪服のような出で立ちだったが、着込んだ本人のスタイルと顔から悲壮な雰囲気は見られず寧ろ快活さが見られともすればボーイッシュにすら見える、そんな不思議な空気感を持つ女性だった。
もう一人は、白を基調としフリルがひらひらとついている服を着て、動きやすいスポーティーなデニムを履いているが、快活さといった点では身から出るものではなく服装から醸し出される雰囲気がそうさせていて、単体だけで見れば深窓の麗人と言われんばかりのおしとやかさが見れるだろう。
そしてまた、二人が出会った時の表情は対照的だった、アキラは笑顔で、そして雪ノ下陽乃と呼ばれた女性は苦虫をかみつぶしたような顔を見せた。
だが陽乃は、それを一瞬で飲み込み人当たりのいい柔和な笑みを浮かべた。
「色々話したいのはやまやまだけど、大事な用事があるの、どいてくれるかしら?」
「大学の人を放ってですか?」
陽乃の内心は少し荒れていた。文にすれば妹とその周辺に居る人間を見に行きたいだけなのだが、清川アキラが知っている陽乃はそこで終わらないと。
清川の脳裏にはすでに目の前の人間が起こす不和は分かる、理解してしまう。比企谷八幡は、目の前に居る男の理想を体現しそれを喰らう者の深淵と真実に似た何かを感じ取り、そしてまたこの捕食者はそれも感じ取り、そして気に入ってしまうだろうと。
「それほど大事な「妹さんなんですね、奇麗で素敵な人じゃないですか」」
清川アキラの頭に守るなんてことはない、ただただ、陽乃を邪魔しているだけ。ただ、自分の後ろめたさが祟り、こうして雪ノ下陽乃の前に立っているだけだ。
対して、陽乃はため息を一つついて、沈黙ののちに一ついたずらっ子のような口調でこう言った
「…………あの男の子好きなんだ?」
アキラはにんまりと頬を引いた。
彼が見たら怖がりそうな笑顔で、爬虫類の笑みを目の前の彼女が見て驚いた。
「ええ、大好きですよ、私の大事な後輩ですから」
来週はハロウィン回です。ひとまず先輩と八幡の過去でハロウィンやります。