やはり俺の部活動選択は間違っている   作:屑太郎

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蘇らぬ心の翼よ

 

 それは結局、俺の中で今でも折り合いがついていない、放られた思い出。

 夏の熱気と青春の暴走が、きっと今でも喉元に刺さって、これ以上動かしたら頸動脈を傷つけてしまいそうだ。

 

 でもこれは閉じられた俺の中の何かを開くために必要なことなのだから。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 目が覚めた時は日が昇りかけた時間だった。顔に当たる日光の感覚で、もう少し寝れると確信した俺は、変な時間に目覚めた自分自身に心の中で舌打ちしながらもう一度目を瞑った。

 

「あ、おはよう。もう九時だよ」

「マジっすか!!!?」

 

 俺の部屋にいきなり入ってきた先輩に驚きながら、飛び起きてスマホの時計を確認したが、スヌーズ機能が力なく止まってしまった目覚ましが悲しそうな起動画面を映しているだけだった。

 

「まあ、今日は仕方ないよ。比企谷君、普段からいい部屋で寝てるのね」

「え?」

「きっと、朝に日光が入ってくる部屋でねてるんじゃない?それで朝焼けで目覚めてるとか?」

 

 確かにその通りで、今ベットがある部屋は起きるときに日光が当たるようにしていて、顔に当たって起きるみたいなサイクルだったのだが、最近は根を詰めすぎて生活リズムが狂ってしまっていた。それがこのような結果になった。

 

 ちなみに9時は既に練習が始まっている時間である。大切な時に大遅刻をかましてしまった事に冷や汗が今だらだら出ている。

 

「もう練習は始まってるし、少し早く起きちゃったから全部用意は済んでるよ」

「申し訳ない!」

「よろしい、今みんなランニングしているからお昼ご飯の準備しちゃおう?」

 

 急いで身支度を整えて、またご飯の用意をした。と言っても、二日目の飯はうどんしか用意していないのだが。

 だた、動いて疲れ切っている体には一番エネルギーが必要だ。つまりは炭水化物パーティーだよ!とは先輩の談。

 そんな先輩はうどんにつける汁を作って俺はいまだ熱い中、煮えたぎる鍋を前にうどんの様子を見ていた、吹きこぼれや鍋の下に焦げ付かないように水や棒を使ってかき回す10分間。サウナのような暑さがじりじりと素肌を痛めつけたが、ミスをしてしまった手前何も言えない。

 

 暑さに中てられて、その後の練習は覚えていない。もはや選手の境界線がないような気もしていしまった。

 夕焼けが目を焼いて、少し経った時間。選手たちの野太い声が練習の終了を告げた。

 

「お疲れ様です先輩」

「うん、お疲れ様。これで、今日は特にやることもないね」

「え?」

「ああ、さっき猟師のおじさんが来てイノシシと保存しているシカを仕留めたんだって」

 

 斜め上過ぎる回答が来た。田舎のヤバさを実感した。

 

「それで今日はバーべキューしよう!」

「えええええええ…………まあ、これで飯作らなくても」

「うん!今日は食べるぞぉ!」

 

 今日また多くの村の人間が来て、めちゃめちゃ宴会のような感じになってしまった。

 

 ドラム缶を半分にしたコンロが出た時にはやっぱりうちの部員は引いていたが肉が出てきた時のテンションの上がり方は半端ではなかった。

 

「っべーまじっべーわ、ジビエ肉って奴じゃん?めっちゃ高級品じゃん!」

「確かに、ちょっと楽しみだな」

「だべ隼人!これマジ旨いし!」

「それ金○やで」

 

 空気が凍りながらも、粛々と進んでいった宴会は徐々に混沌を加速させた。

 最終的には飲み潰れる村のおじさんたち、騒いでいるバーベキュー組、介抱しているおばさんたち、様子を見に来る野猿、それを爆竹で追い払う子供、鳴り響く爆音にそれを聞いて笑う村の人間、ドン引きしながらも黙々と食っている選手。

 このように宴会は混迷と混沌を極めてはいたが、肉が終われば祭りも終わると考えた男子高校生たちの食欲によって肉の貯蔵と宴会と、そしてこの一夏の合宿練習は幕を閉じた。

 

 結局その年は国体なんて物は手が届かないものになってしまった。

 地方紙に俺たちの学校の名が乗っただけの、俺と先輩の小さな戦いの記録だった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 蝉の声が、二人しかない教室をざわめかせるほど沈黙の中、俺ともうひとり、一色いろはに去年の事を事細かに話してやった。

 

「とまあ、こんな所だな。正直言って今回の合宿はそんなハードコアな事やらないから参考にならないぞ?」

「…………聞いた私がバカでしたし、大体話が長すぎです一か月位聞いた気がします!」

 

 辛辣過ぎやしませんか一色さん………。

 

「ですけど、まあ先輩も先輩ですごい事してますけど」

「あー、というか本当にあの部活マルチの件大丈夫だったか?」

「はい!何の問題もないですよ!」

 

 元気に笑顔でそんな事言っていたが。

 

「胡散臭すぎるんだが…………」

「そんな事言ったら先輩詐欺師ですよ?先輩の方が上です、というか犯罪者です」

「いやいや、よく考えてみろ俺はお金を受け取っただけ、そのお金の出所を知っていようが俺はただ金を受け取っただけだ」

 

 それに、合宿も近くなって、実際に金の出所が黒いという事の確証を得た。そもそもまともな金の出所であれば文句は出るはずなのだ。

 

「屁理屈過ぎませんか?」

「結局感情で解決するんだから別に理屈ついてればいいんだよ」

「ええ…………」

 

 一色は普通に困惑していたが、かまわず俺は話を続けた。

 

「ほら、小学校で『○○ちゃんがいじめられました、どうしてこうなったのか話し合いしてください』っていうだろ?あれは、少年少女たちに問題提起させてそれを解決するように促すんだ」

「確かにそういう事もありましたね」

「でも、確実に教師の求める解決方法は起こらない。なぜなら、子供たちは子供たちの残酷な法に乗っ取っていじめとなっているのだから、その子供の法に乗っ取った解決方法しか導き出せない」

「え?私のクラスではそれでいじめはなくなりましたよ?」

「表面上はな、当時はそれでよしとしたのだろうが、大体やられた方は覚えているんだよ、そういう時に限って『ヒキガエルがしゃべりかけたからさ~』『あ、分かる~ヒキガエルマジ謝った方が良いし』『『『しゃーざーい!しゃーざーい!しゃーざーい』』』みたいに何の関係もない誰かに飛び火してくるし、あいつらいつ謝罪なんて言葉覚えてきたんだ」

「先輩の話じゃないですか…………」

 

 逆に俺以外誰の話だと思ったのだろうか。

 

「まあ、話しただけそんな所だから、今回は気負って行かなくても大丈夫だと思うぞ」

「なんの参考にもなってないんですけど」

「いつかきっと、分かる時が来ると思うぞ」

 

 そう、あの時のトラウマで、心の翼が蘇らぬとしても。翼を持っていたことを、俺たちは忘れるわけにはいかないし、忘れることなど出来るはずないのだから。

 

「それじゃ、少し確認だが、予約の変更とか向こうとかから連絡されてないよな?」

「向こうからの連絡はないですね」

「そういえば、部屋割りとか一色に任せてたけど大丈夫か?」

 

 ぶっちゃけ俺は部内での人間関係は把握していないし、そういう手合いは一色の方が人間感覚として(悲しい事に)信用できる。

 流石に、バチバチに喧嘩するような部屋割りにはしないと思うが…………。

 

「はい!先生窓口で合宿先の人に連絡とってもらって、先生に選手、マネージャーで振り分けて貰ってます!」

「ならいいか」

 

 まあ、確認した所でもう変更は効かねえけど。

 

「じゃあ来週。よろしく頼むわ」

「はい!それでは、また明日!」

 

 こうして今日の夏休みの練習は終わった。過去の出来事を振り返りったのも、誰かに話したのも初めてだったかもしれない。…………まあ、その相手が一色だったというのも皮肉めいた物があるが。そこはもういいだろう。

 

 気が付かない内に高校生活二度目の夏がやってこようとしていた。

 

 

 


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