そんなこんなで去年の夏を思い出して、実に一週間。本当に去年に比べたら拍子抜けするほど、ともすれば退屈さを感じるような夏休みだった。
そんなことを、去年のバスとは少しグレードダウンした堅い椅子を横目に、選手たちの荷物を積みいれていた。こんなこと女子にやらせられないからな。
「先輩、全員集まってます」
「…………部長には言ったか?」
「はい」
「こっちは全部荷物積みいれたから、いつでも行けるぞ」
「頑張りましょう」
と言って、一色が拳を差し出した。「おう」と答えて手の甲で一色の手の甲を弾いた。
状況は上々、選手で今にも倒れそうな体調の悪い奴はいないし、一色も問題ない。顧問は二日酔いでダウンしているが居ても居なくても問題ない。だが、今回ばかりは副顧問の厚木先生が同乗するようで、いつもよりやる気に満ち溢れている。
ちなみに、厚木先生はテニス部の顧問でサッカー部の副顧問をしている。この場合の『いつもより』はテニス部での活動でという意味だ。
冷ややかな目で顧問と副顧問を見ながら、部長の話を聞いて俺はバスに乗り込んだ。
実はバスの席順も一色に投げてみた、そこから葉山の隣にでもなれば、やったぜ俺も恋のキューピット!と少しは話も弾み進展して、あいつと葉山は付き合い俺は元の一匹オオカミに戻るだろうと思っていたのだが…………。
「なんで俺の隣に座るかね?」
「ここしか席が空いて無かったんですよ~」
絶対嘘だ。
「まあ、他に女子が居ないとは言え、敵作らない事に越したことはないですね。噂はどこから流れてくるか分かりませんから」
「…………そうなるな」
ものすごく身に染みた言葉だった。噂は実体がないからこそ広まりやすい。
「はい、だから接触するなら二人きりの所が良いんですよ。まあ、顔を売ってますし、忘れられているってことはないと思います」
「前途多難だ…………ちょっとまて、葉山に顔売っているお前の隣にいる俺はどうなるんだ?」
「お休みなさーい」
オィイイイイイイ!と心の中で叫んで、色々心がざわついたがいったん大きなため息をついたら、少し落ち着いたので、このまま眠るとしよう。
しばらく経って目が覚めた。起き抜けた頭で酩酊状態を感じていると、車窓から目的地近くの看板が見えたので、急いで目を覚まして隣でのんきに寝ている一色を(微妙に恨みを込めながら)叩き起こして、降車の準備をさせた。
「おはようございます、皆さん眠れましたか?」
「「「うーっす」」」
一色のアナウンスで続々と目を覚ましていくサッカー部員たち。俺がやったら阿鼻叫喚になってしまうだろう、いやなっちゃうのかよ。
昔教室でぼそっと独り言言ったら『え?今の誰の声?マジ怖いんだけど』と言われた位だ、そうなる未来が見えてしまう。
そして物の10分もしない時間で合宿先にたどり着いた。全員でバスの運転手にお礼を言って、合宿先を見た。去年のようにボロボロの体育館ではなく、千葉県内の合宿場。お手軽な値段で、3食風呂付、至れり尽くせりのオンパレードで去年の弾丸貧乏合宿に比べれば天国のような所だった。
「それでは各自、着替えなどの貴重品以外を自室に置いてください!私が貴重品回収します!その後グラウンドに10時半までに集合してください!」
本来なら先生やってくれと言いたいんだが、今、野座間先生は二日酔いでダウン、厚木先生は車酔いでダウン。お前ら何しに来たんだ…………因みにうちの顧問と副顧問は仲が良い、去年は予定が合わなかったらしく一緒に来ていないが、今回は酒盛りするらしくビニール袋に大量の缶チューハイのラベルが見え隠れしている荷物を今俺が運んでいる。
まあ、周りには歓楽街も何もないという意味では去年と同じで生徒の素行だけを見れば、問題はない。海岸線に近い割と田舎な所だったからでもあったが、たまには息抜きしなきゃやってられないのだろう。
社畜の闇を見ながら俺はその内に、グラウンドで準備を進めた。ボールの点検にグラウンドへの水まき、ちょっとしたグラウンド整備が終わってトレーニング器具類の搬入を終わらせた。それらすべてを終わらせた頃には全員グラウンドに集合していた。
そこから先は所が変わっただけのいつもの業務、場所が変わって少し戸惑った所と言えばトイレが入り組んでいた事ぐらいだろうか。漏らしそうな時ヤバいからマップを頭にたたき込んでおこう。
「先輩…………あのー」
「なんだ?」
「ちょっと問題があったといいますか…………」
「端的に」
「先輩今日早く寝てください、そして明日遅く起きてください」
「目を血走らせてそんな事言うな、お前俺に何するつもりだ?」
「先輩こそ私に何するつもりですか!」
「大声出すな、状況が謎すぎるんですが?」
「うぅ~」
「涙目になるなって…………」
もじもじして、俺に話かけてきたと思ったら、いきなり泣き出したという稀有な状況に俺の思考回路はショート寸前すぎる。あとお前ら俺見んなって、あれ?見られてる?少し変な汗出てきたんだけど。
「分かった、今焦って言わなくてもいい、決心着いたらゆっくり喋ってくれ」
「…………はぁ」
なんでため息ついたんだ…………。そしたらいきなり遠い目をして、こういってきた。
「今回、実は副顧問に部屋の注文頼んでいたんですよね…………」
「……………」
微かに沈黙が流れ、脳裏にはねっとりとした絶望を感じた。具体的に寒空の下で就寝する地獄。
かすれた記憶の中で一色はこういっていた『先生窓口で合宿先の人に連絡とってもらって、先生に選手、マネージャーで振り分けて貰ってます!』と…………まあ、部屋の確認は俺もしたのだから俺にも落ち度はあるのだが…………。いやいや、まさかな。
「無いよな?」
「…………」
「イヤイヤ、そんなことは無いよな」
「…………」
「ドリンク…………作るか?」
「はい………」
副顧問の先生が、マネージャーの構成が男女混合である事を知らずに、マネージャーの参加人数だけで部屋を振り分けてしまった訳はないはずだ。流石に向こうだって確認するだろ。ナイナイ。いやある訳ないだろ、いやナイって――――――。
「…………あったな」
「…………あるんですよ」
堂々とファンシーな鞄の隣に武骨な中学生のハイキングの時に購入した武骨なリュックサックが置いてある。何かに不適合だとは思う部屋が完成していた。
「先輩」
「なんだね一色君」
「この状況どう思います?」
「危険、デンジャー」
「ですよね…………」
「俺外で寝るか」
そう言って、俺の鞄からタオルケットを出して回れ右、部屋を出ようとすると、一色に腕をつかまれた。
「流石にそれは忍びないです」
「選手の部屋に一緒になれば」
「丁度良く布団も部屋も開いてないんですよ、どこかの社会体育の小学生チームも同じ所なので」
「俺、先生に顔は覚えられてるから先生と一緒に寝よう。いや、今日邪魔したら相当怒り買うな」
ぶっちゃけ二人はめちゃめちゃ仲が良い、ものっそい仲が良い。中学から部活が同じでそこから大学までは同じという腐れ縁。実は俺の目からも、先輩の目からも、強くなるだけだったら副顧問の方が適任だと思うほどサッカーに対しての情熱や知識量多いのだが先輩曰く『厚木先生が言うには、自分は凝り性でイライラしやすいし口も悪いっていう事は自覚している。サッカー部の顧問になったらきっと海浜総合みたいになるだろう。という事らしい』
厚木のテニス部でのやる気の出さなさやサッカー部の関わりを見るに、厚木は自分の感情をコントロールできないなら行動で感情をコントロールさせる術を覚えた人間という事だ、出来ない事から逃げても何とかなるいい事例だ。何とか克服しようとして周囲や自分も破滅に導くことより100倍ましだ。
だが、そういう人間こそ、表面上は優しく見えるが、確実に根に持つし自分の予想外の方向から邪魔された事に対して大いに怒りを感じるはずだ。一応、次に辞めるタイミングが来るまでは波風立たないようにしておきたい…………。
「俺外で寝るから」
「一緒に寝れば解決です!」
「俺死ぬんだけど」
社会的に。
「殺しませんよ」
「世間が俺を殺すんだよ」
あと理性的な何かが。
「じゃ、じゃあ私が寝てるとき両手両足縛り付ければ良いんじゃないですか?」
「その姿見られた瞬間、特殊な性癖のお方に大変身じゃねえか…………」
「わかりました、先輩押し入れで寝てください」
俺にドラ○もんになれってか?あとこのクソ暑い中で押し入れは熱中症で死ぬぞ。
「まあ、外で寝たらそれはそれで問題のような気がしますけど?」
「んー…………大丈夫だ、明日朝1時から2時までロビーで仮眠4時から7時に外で寝れば良い。どうだ?これなら4時間の睡眠時間は確保でき、他人の目が付くようなことは少なく、外で寝ていて補導されるような時間ではない。完璧なプランだ」
「はぁ、なにこの先輩は…………」
その言葉を聞いて、俺は目を細めた。俺が一年の頃はそんな事大半だったやで…………と先輩風を吹かせる人間の気持ちを理解しながら、再度外に出ようとするが俺の腕を掴む握力がさらに多くなる。
「わかりました」
と、物分かり良い後輩に大変身してくれたおかげで、すんなりと俺はタオルケットを持ちながら出られると思ったが大間違い。そのまま腕を絡めて、なぜか反対の手は一色自身の背中に回した。
「うわっ」
一連の行動が謎すぎて傍観していれば、いきなり一色に足を払われ、俺は覆いかぶさるような体制になってしまった。あの、何やってくれてるんですかねぇ…………。
「先輩、そのタオルケットを部屋に捨てて私と同じ部屋で寝れば、悲鳴は上げません。」
純粋に脅迫すぎる。
「あのなあ」
「10、9、8…………」
「分かったわかった」
カウントダウンで悲鳴を上げるつもりだ。それにさっき背中に手をやったのはブラのホック外したんだろう…………取った事ねえよ俺。
嘆息という言葉が似あうほど大きくため息をついて、手に持ったタオルケットを部屋の奥の方に投げた。
「最初からそうすればよかったんです」
「あのなぁ…………ばれたら何も言えんぞ?」
「私が言います、彼氏ですって」
「バカの極みか」
「そっくりそのまま返しますよ」
あの天才的スケジュールのどこがバカだというのだ。よくよく考えたらバカでした。諦めて一緒に寝てしまえば、飯の時に早く食べて帰れば、誰にも見つからずに多くの睡眠時間をとれるからな。リスクの大きさが難点だが。
「よくこんなことできるな他に好きな人居るってのに」
「大切なのは割り切りですよ」
「寄り切りの間違いだろ」
相撲レベルで強引な手だ、心の中で女性利権の横綱と呼んでやろうか。
「くだらない事言ってないで、早く準備しちゃってください」
「はいはい」
あれ、顎で使われてる?
とまあ、このように今日はひと悶着あったわけだが、今日はそれ以外では平和な日だった。勝手に飯が出てくることに感謝しながら、布団の中に入って寝苦しさを感じながらもゆっくりと眠りについていくのだった…………。