初めはなんとなくだった。
初めからなんとなく部活見学をして、葉山先輩を見て恋のような物をした。今じゃ、一色いろはが葉山先輩に抱いた気持ちを恋と呼ぶことはない。
見学して、学校内でも人気そうな葉山先輩に取り入ろうと、サッカー部に入った。そこまでは良かったんだけど、マネージャー。今は元マネージャーが問題だった。
部活見学で案内したのは部長で。その時点で少しおかしいなと思ったんだけど、マネージャーと紹介された彼女たちは、ただの応援団のような物になっていたことを知った。
名簿で見れば、多くの人数が登録されていて、私は相当の危機感を持った、だってそんなにいたら葉山先輩に顔を売れなくなっちゃうから。だから私はマネージャーで仕事が出来る分、選手にも近づけるし顔を売れる。それに私の性格上同性に敵を作りやすかったから、上級生の男を味方につけるのに急がないといけなかった。
でも、問題が一つ。マネージャーたちが誰一人として仕事を知らなかった、それこそ選手にも。
練習を見ているのに、誰一人として手伝わないマネージャーと、マネージャーの仕事を知らない選手。なのに回っている練習。いつの間にか練習道具が準備され、いつの間にかドリンクが準備されていて、よく手入れされたタオルが用意されている。
まるで幻のように仕事するマネージャーだった。
それを解決するには聞くしかないけど、マネージャーの先輩に聞いても取り付く島もなく、選手は知らなかったので。また名簿に頼ることになった。
名簿全員の名前と顔を、選手同士の会話で覚えて、名簿をチェックしていった。それで最終的に選手として毎回出ない人の名前を調べつくした。
そして最終的に行き当たったのが…………。
「読めない…………」
ヒキタニ?ヒキガヤ?苗字は二択で大丈夫だけど問題は名前の方、ヤワタ?ハチマン?もしかしたらハチワタもあるかもしれない。
もう聞くしか無くて、その内に葉山先輩に聞いてみた。
「葉山先輩~!」
「ん?どうしたんだい?新しく入ってきたマネージャーの子だよね?」
「はい!一色いろはです!少し聞きたいことがあって、今時間いいですか?」
「少しならね」
「この人なんですけど、今どこにいるんですか?」
「これが彼の名前か…………。あっ、いや。今の時間はどこにいるか分からないな」
詰んだ…………。でも、少しは出来る事があるんじゃないかと思って、部室の扉を開けてみたとある日。そこに見覚えの無い男性が一心不乱に部室の掃除をしていた。確信をもって言える、この人が幻のマネージャーだと。
男性相手なら、なおやりやすいと思った。これまで私は猫かぶってれば、向こうから寄ってきた。
だから大丈夫だと、この時までは本気で思っていた。
「あのー、先輩?」
「先輩!」
「先輩!!」
「うおっ!?」
三度目に、話しかけてようやく向こうがこっちを見てくれた。正直、全く別の人だと思うと少し怖かったけど、勇気をもって話しかけた。
「やあ、い、良い天気ですね」
「そ、そうですね?」
この先輩は、謎の先輩にグレードアップした。それに今日は曇りだし。それに、この先輩はかなり挙動不審で目が泳いでいるし、本当にマネージャーなのかと疑ってしまう。
「あの、何してるんですか?」
「部活です」
その疑いが、口に出て、普通に部活と答えられたからひとまず猫をかぶっておいた。
「やっぱり先輩が幻のマネージャーだったんですね」
「はぁ?」
「会って話してみたかったんですよぉ」
「…………はぁ」
この先輩、はあとしか言ってない。私が話していて、ここまでテンポの悪い会話は始めてだ。そんな視線を先輩が感じ取ったのか、責めるようにこう言ってきた。
「なんだよ」
「どうして先輩はそんな風にコソコソしながら仕事してるんですか?」
「してるつもりはない」
と言いながら、洗濯籠に多くの洗濯物を入れたまま外に出ていく。取り残されないようについて行って、私は数々の疑問を口にした。
「でも、歓迎会の時には出てませんでしたよね?」
「やむにやまれぬ事情があってな」
「ふーん、そうですか。実は私、前からというか入部した時から不思議だったんです」
「へえ」
「なんでマネージャーの他の人は何もしてないのに、部活が回っているんだろうって」
「眼の腐った妖精さんがいるからだよ」
受け答えはぶっきらぼうで、いきなり自虐を入れてきたり。本当に話がかみ合わない。それは向こうも同じだったようでしびれを切らして洗濯物を干しながら問い詰めてきた。
「それで、俺になんの用があるんだ?」
「…………なんでこんな事してるんですか?」
「二度目だ」
「はい?」
質問の仕方が言葉足らずだったのも悪いと思うが、それでも、質問の意図はくみ取ってくれた。
「やりたくない、がやらなきゃいけない。俺に話かける様な奴だ、どうせ「みんなでやればいいじゃない」っていうつもりなんだろうが『言うは易く行うは難し、だから言ってやらせるのが一番難しい』だから、そんなめんどくさいことはしないな」
「で?お前は何を言って俺を動かそうとしているんだ?」
それでも望んだ答えは返ってこなかったが、その答えはシンプル。
「私にマネージャーの仕事を教えてください!」
「なんのために?」
「え?」
疑問がこぼれた。
「なんのために覚えたいんだよ」
「え、えっと…………」
逆に私が向こうの質問の意図が分からず、しどろもどろになっているとさらに追撃してきた
「別に、マネージャーの仕事なんてなくても良いんだ。あいつら見て思う、俺じゃなくてもいいほかのだれかでなくてもいい、ってな。だからまずお前は俺に何でやりたいか教えろ」
ただ、あれだけの事をやっていて、自分の仕事が無くてもいいと豪語したことに驚いたのか、また、妙な圧力があったのかは分からないけど、猫をかぶることを忘れて本心を言ってしまった。
「私は葉山先輩目当てでマネージャーになったんです」
そこから目の前の先輩が答えるのを、当時の私は永遠にすら感じたのだと思う。
「ああ、なるほどな。まあ、いいんじゃねえの?」
「ありがとうございます!」
「明日、用具出すところから始めるから、チャイムと同時にダッシュでよろしく。今日はいいやもう終わってっから」
と言い終わった時に、グラウンドの方から大きい挨拶が聞こえてきた。
それが最初の出会いで、そこからは散々だった。
私の事を忘れて、準備し始めるし、名前を言い忘れて去ろうとするし、手の甲同士をぶつけ合わせるし、あればっかりは本当に分からなくてきょとんとしちゃったけど。
とんでもない事言って驚くし、性格がひねくれ曲がってるし、私を必要以上に避けるし、かと思ったら妙に優しいし…………。
気が付いたら私は、先輩から目を離せなくなっていた。
この心臓の高鳴りを正直、恋とは呼びたくない。私だってプライドっていう物があるんです、もう少しだけ少し貴方の背中を見てもいいですか?…………なんて、先輩に言った時には本当に気持ち悪そうな顔をするんだろう。少し見てみたくなったから先輩に言ってみた。
「先輩」
「どうした?」
「先輩の背中もう少し見ていてもいいですか?」
「何言ってんだお前」
そう言ってハエを払う様に手を振ってその手を握った。
「もう隣にいるだろ?」
言い方も行動も、何から何までぶっきらぼう。でも、その言葉で私の心臓が移り行くのを、どうにも抑えようがなかった。
「下らねえこと言ってねえでさっさと寝てくれ」
「……………はい」
「え?何?泣いてるの?ちょっと待ってこの状況完全に誤解されるから」
「デリカシーに欠けるとモテませんよ…………」
「はぁ…………お休み」
こうして私と先輩はバレる事もなく、次の朝を迎えたのだった。