人間、だれしも間違いを犯す。
正確には。他人の正しいと思っている価値観が正解とするならば、人間だれしも間違いを犯している事になる。
この世の中は広い。他人の目を気にして自らの身の振りを決めるなどと、愚かしい。
そういう生き方をしようとして痛い目を見てきた俺だからこそ言える言葉。
そうやって予防線を張っている心の弱さだろうが、本当にそう思っているのだから仕方ない。
例えば、反出生主義や自主的な人類絶滅運動など、ぶっ飛んでいる思想はかなりいる。宗教でも戦争が起こる位なのだから、この程度なんてことない。上には上がある。
だから、俺はいつも心でこういう、期待するなと。それが俺の正義、それが俺の処世術。
今に期待しない、今は境界面であり、時間が定量としてあるのは過去と未来だけだ。今、目の前の人間が突然裏切ることだって、ありえない事ではないのだから。
ここまで、言っておいて、俺は俺の正義に反することをやってしまう。それにいたってはどうしようもない、考えるなと思う事こそ、今を意識せざるを得ないのだから。
今回は、そんな俺の正義に反するように、浮ついたことがあったのだ。
事の発端はその日のお昼に、家の電話がかかってきた時だ。
小町はかかってきた電話を俺より早く受け取り、出るなり甘い猫なで声で対応していた。きっと友達からかかってきたんだろう、受験が控えているとは言え、息抜きは必要だ。
それに最近は小町は遊びに行っていないからな、こういう機会があるならどんどん行くといい。いや、だって俺友達居ないのに妹の友達と遊ぶなとか言ったらヤバい奴じゃん?カッコ悪さの極み、みじめさの権化すぎる。
ここで大切なのは、お兄ちゃんは黙って聞かなかった振りをすることだ。
歯牙にもかけない振りをしながら、読んでた漫画のページを捲っていった。
「お兄ちゃん!花火大会行こうよ!」
「俺か!?」
猫なで声しといてなんでそんな結論に至る!?比企谷家の男はあれには無条件に降伏してしまうはずなのに!
あれ?という事はあの電話の相手は男ではないという事か、それならお兄ちゃんも安心だ。
「まあ、別にいいけど。金はたっぷりある。部活続きで2か月ほど全く使わなかったからな!」
「わーい。お兄ちゃん太っ腹!」
一瞬、ほんの一瞬だが「あれ?これってキャバ嬢に貢ぐ、安月給のサラリーマンの様だ」と思ってしまったのは永遠に俺の中で封印していこう。
ただし、完全にそれは当てはまって居ない訳ではなかった。諸兄らに思い出してほしい物がある。それは、林間学校の謀だ―――。
◇ ◇ ◇
夏至の候いかがお過ごしでしょうか我が父よ。
貴方の愚息は今、貴方が血涙を流してみたがっている小町の浴衣姿を見て、内心花火なんかよりエレクトリカルパレードでございます。
さて、この度は感謝の言葉を一つ、いつか私にかけてくれた言葉の中にこういう物がございましたね「美人を見たら美人局だと思え、女の涙は海よりしょっぱい、怖いものは地震雷火事親父というがこの世で移ろいやすいものは地価に秋空舵女だ」そして最後に言ったのが「それらを心得ても余裕でATフィールド貫通してくるのが女という生き物だ」この言葉、今でも私の内側に息づいています。
ありがとう我が父。そして同時に願わくば来世で、ATフィールド貫通した後の戦い方も教えてくれ…………
「裏切ったなメロス!」
「私が生き残るために必要な犠牲なのだよセリヌンティウス君」
「俺の友人が暴虐だった件について」
「お兄ちゃん友達居ないじゃん」
花火大会の会場に着いた時のパーティーは雪ノ下、由比ヶ浜、俺、小町の四人パーティーが出来上がっていた。同時に心じゃエレェ血出とるパレードが開催している、俺の中の
「残念ね、原稿を落としたなんて」
「あれ新幹線以上のスピードがねえと無理だぞ、それもそれでどうかと思うが」
「え?なんの話?」
おっと由比ヶ浜が頭に?をつけてらっしゃる。元々走れメロスは太宰治が原稿よく落とす作家で締め切りがすぐ近くに迫っている時の心情を作品にしたものだという話から来ている最高にインテリジェンスなシャレだったのだが。
「まあ、いいや行こうぜ」
「おお、お兄ちゃんが素直に」
「ジタバタしたって意味ないという経験則だ母親然り。素直とか言うなよ」
「捻くれてるなぁ」
「素直じゃないとか言うレベルを超えているわ」
やめてくれって…………。俺が捻くれてるんじゃない、世界がねじれているから相対的に捻くれたように見えてしまうんだ…………。
心の中で呟こうが彼女らには届かない。しばらくして徒歩で会場に向かうと、ソースと油の匂いと、人込みの匂いがしてきて、否応にも食欲と人間不信が加速していく。こういう所で痴漢です!とか言ったらどういう騒ぎになるんだろうか?
「そういえば、雪ノ下もよくこういう所来ようと思ったな」
「ええ、貴方を反面教師にして素直になろうと思ったからよ」
「そうそう、ヒッキーひねくれすぎてるから」
「お兄ちゃんの反面教師性能高いよ!」
「お前ら俺の事嫌いだろ?」
「そんな事無いよお兄ちゃん!」
「そんなヒッキーも好きだよ!」
「そういう所を含めて貴方なのよ」
「フォロー下手か!」
なにこれ?俺非難座談会?
「それじゃあ、ずっとここに居座っても迷惑になるわ、そろそろ行きましょう?」
「え?どこに」
「貴賓席」
「「「え?」」」
◇ ◇ ◇
我々が知っている雪ノ下雪乃という人物は、愚直なまでに真っすぐな人間だ。自分の実力で、真っ向勝負、冷静ではあるが熱くなったら冷静に猪突猛進、他人の力は借りず自分の力だけで立ち上がり孤高ではあるが孤独でもある、そんな人間だったはずだ。
確かに思い返せば、雪ノ下雪乃がそのような事をしたのは林間学校の時。うぬぼれでなければ俺の協力を仰いだのは雪ノ下だった。
よしんば、人の力を借りる所まではまだ許容範囲ではあるが、それ以上に親の力という物を借りるというのは、彼女のルールの中では完全に逸脱しているはずだ。それなのに、なぜ?
「だからあなたを反面教師にしたって言っているでしょう?」
「俺の反面教師能力強くね?」
「あなたは見ていて危機感を感じるのよ、人間として」
そんなに?と言いつつ、周りの品の良い金持ち様方がたくさんいる場所に、俺ら浴衣浴衣私服浴衣なパーティーが。俺の職業遊び人でよろしくお願いします。
そんなはたから見れば身目麗しい、若干言えば嫉妬の視線が怖いほどのパーティーではある。
因みに俺遊び人なのに喋れば喋るだけパーティーのテンションが下がっていくのは何故だろう?
「ぶっちゃけ、雪ノ下がこういう事するとか思ってなかったんだよ。親の特権だろ?」
「…………少し、思う所があったのは間違いないわ」
まあ、花火の音で聞こえないという事にしておいてくれ。
「それに、少し意趣返しをしたかったのもあるわ」
「あ、雪乃ちゃん待っ……おやおや?珍しく雪乃ちゃんからコンタクト取ってきたと思ったら、そろいもそろって」
「友達よ、林間学校で迎えに来てくれた時に出会ったでしょう?」
「ああ、あの…………。あの時はそこの男の子以外、自己紹介してなかったね、雪ノ下陽乃よよろしく」
あの、二人とも笑顔なのがめちゃくちゃ怖いんですけど。あの二人だけで大奥に出てくる権謀術数全部網羅できる位の雰囲気出てるよ!?
「わ!ゆっ、由比ヶ浜由衣です!よろしくお願いします!」
「比企谷小町です、とてもお奇麗ですね」
「あら、やだー!二人ともありがとう、普通に褒められるのも久しぶりだよもう!」
絶対嘘だ、それでなければいつも搦め手でしか褒められないかのどちらかだ。
「まあいいや、一緒に見ましょう?」
鶴の、もとい姉の一言で全員無事に貴賓席に座る事になった。誰か助けて。
席順は姉、妹、由比ヶ浜、俺、小町。…………回り込まれた!あの、完全にコレガールズトークに花咲かせていくうちに俺フェードアウト(物理)じゃないの?
行くぞ、比企谷家に代々受け継がれし秘儀!夫婦喧嘩中の居たたまれない中でどうしようか分からない中のアイコンタクトという名の兄妹会議!
(ちょっとちょっと?席順おかしくない?)
(おかしくないよ!正直考えてお兄ちゃん、私面識あるとはいえほぼ初対面だよ!?)
(そこは俺ぶんのコミュニケーション能力を生かしてだな)
(血の半分がお父さんなのにそんなことできる訳ないでしょ!?)
(冷静に考えたらそうだけど言ってやるなよ…………)
(どうせお兄ちゃんこのまま帰ろうとしたでしょ?)
(なぜそれを?)
(もうお兄ちゃん直帰の顔だよ?学校終わりに見せるそれだよ?)
どういう顔をしているのか定かではないが、とっても気持ち悪そうだという事だけは分かる。
「それで比企谷君?」
「はい!?」
「え?その反応ちょっときもいよ?ヒッキー」
「ゴメン聞いてなかった、んですけど…………?」
「ああ、いやいや。比企谷君こんなに女の子に囲まれて幸せ者だなーって思ってさ」
「そうですかね?」
ここでノーと言ったら次の瞬間は地獄だ。
「受け答えつまらないなー」
「あの男の回答にユーモアを求めるだけ無駄よ姉さん」
「悪かったな、思いのほか美人で緊張しているんだ」
「あっはっはっは!それストレートに言う!?ゴメン前言撤回やっぱり面白いね比企谷君」
なんか、一言二言喋るだけで心の裏側まで見透かされているような気がして他ならない。なぜか先輩とはまた違った異質さを感じる。
「面白いですかね?」
「うん、あれだったらお母さんにはもう一年誕生日ずらしてもらえばよかったわ」
「やめて、寒気がするわ」
「雪乃ちゃんも面白いなぁ…………まあ、私もきっとそうなったら後悔していそうだし…………」
そう言って少し影を落とすように俯いた。その言葉の意味は分かっていない、それに自意識過剰だと思うが俺に関係あるようなことだと思ってしまった。
「後悔?」
だから、その好奇心が俺にその言葉を呟かせた。花火の音に掻き消えなくて本当に助かったのか、助かってないのかわからない、ただ雪ノ下さんはその笑みをより深くさせてこういった。
「うん、高校時代は最後の一年だけだけど、天敵が居たんだ…………君の先輩だよ?」
今、心臓が跳ねたのは花火の音が響いたからだと信じたい所だが、あいにくとその妖艶な笑みに惹かれてしまった。そこから数個先輩の話を聞いていたが、それを脳が理解することを拒否するかのように花火の光と音と、ほのかに香る
気が付けば俺は帰路についていた。花火の後の高揚感だけが、俺の足を動かしていた。