高校生にとって一大イベントは、もちろん文化祭である。正直、他の物は捨てて置けという程にかなりの熱狂具合を見せる。
義務感満載のお子様ランチについてくるパセリの如く、唾棄すべき中学校時代の文化祭を思い出せば、この学校が比較的自由な校風であることも相まって、文化祭だけは動物園の様になること請け合いで、実際準備期間である今でも片鱗を見せている。
確かに、高校生最初の文化祭というのも相まっているのだろうが、いつ見ても理解に苦しむ。
俺だって、中学の時にそのノリに乗ろうとした結果、裏で「え?なに?あいつ。見ててめっちゃイタイんだけどw」と言われているのを知ってその日は枕を濡らしたことすらある。
このような事をしている最中、俺は何をしているのかと言えば…………。
「平和だねぇ…………」
「平和ですね…………」
先輩とその喧騒をはた目から見ていた。
「あの、先輩?」
「んー?どうしたの?」
「俺たちはなんでいつも使っている空き教室に居るんですか?」
そう、なぜか知らないが空き教室に居る。その経緯は簡単先輩に呼び出されたからだ。
どちらかと言えば、こういう祭りごとには、進んで首を突っ込んでいきそうなタイプだと思っていたのだが、なぜだかやる気なさげに教室に備えてある椅子の背もたれを抱えるように座っていた。
位置的に局部が見える事はないが、正面に行けば蠱惑的な布切れが見えてしまい俺の目は毒されることになるだろう。
「暇、なんだよ君」
「はぁ…………それだけですか?」
「なんだ?ここに来るという事は相応に暇だったんじゃないか?」
「ほかにクラスの出し物とか」
「君が抜けて困ることか?」
「雑用ですね」
俺がそういうと、先輩は勝ち誇ったように微笑を浮かべて、だろう?と一言呟いた。
「それなら問題ないし、比企谷君もそれを利用したじゃない」
「結果的にそうなっただけで利用する暇もなかったんですが?」
いや、貴方が呼んだからこのようにやらざるを得なかっただけで、後々怖いんですが先輩。確かに、クラスでの出し物への参加を渋るという恐怖より先輩の呼び出しを断る方が純粋に怖いからこっちに来たんだが…………。
「それで、暇な理由なんだが比企谷君、考えても見てくれたまえ、かの過酷な夏合宿を初め純粋に大会に向けての強化練習だったり、色々辛かった訳だ」
「俺の話無視ですか?」
「それでも、忙しさにかまけて必死に動いていた時をいとおしく思う事もあるし、何だったら私は夏休み、結構楽しかったんだよ?」
そう言って背もたれに顎を載せて大きくため息を一つ吐いた。
「忙しいのが楽しいって、俺にはわからないし、分かりたくもないですね」
「将来の夢、専業主夫だもんね」
先輩はからかうようにクスクスと笑った。どうにもそれが腹立たしくて、少しばかり語気を荒げた。
「とにかく、用事はなんですか?」
「暇つぶしのしゃべり相手に成ってくれない?」
「…………俺じゃ役者不足だと思いますよ」
と言って、俺は近くの椅子に腰かけた。
よく考えて欲しい、こういう所で会話をキャンセルしてみろ、社会的に抹殺されることになる。それはまずいのでじっくりと燃え盛る炎を見守るようにして先輩と小一時間喋り倒していた。
◆ ◆ ◆
…………時は放課後。実はこの一か月サッカー部の練習はほぼ無い。
というより、部員それぞれがクラスの出し物にかかり切りになってしまう可能性が多いので、集まって練習する方が効率悪いという事でなし崩し的に練習の時間が消滅している。
本当に久しぶりに千葉○レビのアニメ再放送を見れるような時間帯に帰宅できるわけなのだが、これがまた実に微妙な時期。
アニメ内で佳境を超えた後の水着回のような物しか見れず、そこに至るストーリーも分からないので俺だけ除け者にされたような気分を味わってしまう。…………あれ?リアルでも同じような。
上手く生きていくコツは知らない風景に心惹かれず、臭い物には蓋、都合の良い言葉しか耳に入れないようにすればいい。それでも、好奇心猫を殺すといわんばかりに、蓋された物に好奇心を持ってしまうのは、ロマンを求める男の性なのだろうか?。
例えば、先輩が暇だと言った理由に俺は手を伸ばしかけている。
一応、暇な理由をその場で聞いてみたのだが、先輩はこう語った。
「いやさ、私たちも三年生で、文化祭の後は受験勉強一色になるじゃない?ここ、一応進学校だし」
「一応は要らないと思いますけど。まあ、そうですね」
「だから、そういう人が多かったのかな?文化祭に対してめちゃめちゃ消極的だったの」
「めちゃめちゃって…………俺が見た時には結構出店みたいなのは出回ってましたけど」
「最終的に私に丸投げされたから休憩所にしてやったわ!」
「ええ…………中学生の頃文化祭いくつか見ましたけどそんなの見た事無いですよ…………」
「うん、まあ言ってみたら初の試みだね」
「物は言いようですね。まあいいんじゃないですか?楽そうですし」
「あー、もう。はぐらかしとけばいいやと思ってるぅ。結構出来がいいんだからね?私プロデュースの休憩所」
「そんなに自慢げに言われても俺にどうしろと」
「ほめーて」
「え……………えっと」
「比企谷君、そういう所。別にこれぐらい重く捉えなくても良いんだよ?もっと簡単で」
「偉い」
「やったぜ。で、私プロデューサーの休憩所は完全に漫画喫茶!教室二つ使って対面ソファー8つにコーヒーサーバーとドリンクバーの設置。パイプ椅子じゃないお尻が痛くならない椅子が9個にマッサージチェアーが1台と超豪華!」
「何があったんですか!?」
「商店街でスポンサー募ったらこうなりました!リース業者にも声掛けたらコーヒーサーバーとドリンクバーもついてきたって感じだね」
こう話していたのだが。一つ聞かせてくれ。…………なんで先輩仕事丸投げされてるんだ?
先輩の一つ一つの要素を書き出していけば、完全無欠の陽気なマネージャーだ。ぶっちゃけボーイッシュが過ぎる所を除けばかなりの顔面偏差を誇るはずで、スクールカースト的に上位に食い込めるので、いじめられているという事はないだろう。
それならなぜ?と考えたが、結局、その答えが俺に返ってくることは無かった。
そして、文化祭が始まるが。俺は現在ただただ、そこに居るだけ、撤収作業以外使う所なしと言う風に、待機命令を受けている奴隷のイメージがちらほらと見えるほどにただただ過ごしている。
…………悔しいが、そう言う人間にとって先輩が作ったと豪語するその休憩室は一定の賑わいを見せながらも、そこに居るという事に何ら疑問を抱かせないでいるという点においてまさにオアシスとなっていた。ほかに三人位ここに入り浸ってるから、全員芋っぽい眼鏡のおまけつき。
「どうだい?比企谷君?」
「ドヤ顔がうざすぎます」
「ええー?まあいっか」
「確かに、いろんな意味で盛況ですね。ユニセフ的に募金始めるなんて…………」
コーヒーサーバーとドリンクバーの横には募金箱が設置されてあり、ちょこちょことお金を入れている人が居る所を見ると、募金する金額は10円以下の硬貨が多い。
これは、屋台の物は完全に100円単位で売り出している事に起因している。つまり10円が出やすく、1円や5円が校内で出にくい状態になっているのだ、そこから豪華すぎるこの施設。正直、飲み物系の屋台潰している気がする。
まあ、お祭り気分から募金の意欲がわくんだろうけど。
「うん、予想以上においしい。人員も二人でやってけるし、いい経験になったよ」
「今先輩が末恐ろしいですよ」
よくこんな七面倒な事をする。
「ねえ、暇だからこの学園祭中でゲームしない?」
「…………はぁ?」
「ルールは簡単、閉会式までに私を見つける事。あ、このシフト上がってからね」
「相当暇ですね」
「うん」
「認めないでくださいよ…………」
目をキラキラと輝かせた先輩が首肯した。もういつものことながら力が抜ける。
「見つけられなかったら私の勝ち、見つけたら比企谷君の勝ち。そして、勝った方はなんでも一つお願いごと出来て、それを可能な限り叶えなきゃいけない。どう?簡単でしょ?」
簡単ではあるが内容がクソ難しい。ぶっちゃけ先輩にそんな頼みたいことなんてない、あの、存在していてくれたら良いですから……………。
「お願いだよ~!暇だよ~!」
「もはや今使ってるじゃないですか」
「それはそれ、じゃあ教室出たら始まりね!」
そして、どこか空恐ろしい平和が、そこに訪れた。まあ、ああ言うのは無視すればいいだけの話。それに加えて、向こうは俺の行動を(たぶん)認知していないという絶好のサボリチャンス。
それなのだが、小学生の頃、公園で遊んでいたグループと遊ぼうとしたらかくれんぼを選択され、俺が隠れたら速効帰宅するというチームプレイが俺の能内でリプレイされた。
わくわくしながら待っていたあの虚無の時間を、あの枕を濡らしたあの時間を、相手にされない悲しみを、知っているからこそ、それを先輩に押し付ける事なんて出来ない。
安楽椅子から腰を上げて、俺はこの学校を探し回ることにした。その後をついていけばよかったのだろうが、気が付いた時には追跡を振り切っていた。
落ち着いて考えろ。先輩がどこに居るという事は分からない。俺の心理を突いた高度な交渉術の可能性もあるが、見つけられたら向こうも俺の願いをかなえなきゃいけない。
という事は向こうには、俺の願いをキャンセルできるほどのナニカを持っているか、絶対に見つけられないという確信を持った場所に居るという可能性がある。
「という事はいったん正攻法でやってみるしかないか…………」
ひとまず、情報収集をすることにした。近くに居た、商品の見張りをしている先輩の同級生に話を聞いてみた。不満げに、携帯を弄っていた女性の先輩に話かけてみた。
「あの、すみません」
「なに?なんか用?」
「清川先輩の事について少し聞きたいんですけど、よろしいですか?」
「…………ああ」
「清川先輩と少し待ち合わせをしているんですけど、見当たらなくてですね、どこにいるかとか心当たりありますか?」
「知らないよ」
「知ってそうな人とかいますか?」
「ふん、いる訳ないじゃん…………お前、アイツとどんな関係なの?」
「部活の先輩です」
これ以上の情報は見込めなさそうだ。聞き込みすると先輩に変な噂立ちそうだからやめておこう。
しかし、八方ふさがり感が否めないほどに情報が足りなく、あてもなく学校の中を練り歩いた。職員室や保健室まで顔を出してみたのだが、それでも存在しなかった。
見つけられなくて焦っている訳じゃない、それでも刻一刻と時間は過ぎていく。
そして、閉会式の時間もギリギリとなった時、俺は部室棟の屋上に行ってみる事にした。
実は部活でここの三階の空き教室を使っているが、それ以上を探したことや見たことが無かった。何気に初めて侵入する所であるから、心臓の鼓動が早くなっていく。
ゆっくりと、階段を上っていく、すると少し話声が聞こえてきた。
「アイツさ、マジ調子乗ってんだけど」
「分かるわー、ほんと何様だよって話。出し物全部押し付けたら休憩所になってたし」
「それな!最後の文化祭があれってありえなくない?」
「結局何もやってないじゃん!」
誰かへの嘲笑が聞こえる。自分じゃなくても誰の物への嘲る感情を見るのは辛い…………。その聞こえてくる声からして人数は3人、内容も相まって実に姦しく、俺は気が付いてしまった。
先輩は、きっと…………。
いじめとコミュニケーションの本質は「他者との感情共有」から始まる「悦楽取得」だ。
誰かの悪口を言うのと、好きなアニメを語りあうのと、悦楽取得の観点から見れば全て同じだ。コミュニケーションを取った時にそこに生じる快を貪っているに過ぎず、他者とアニメという本来存在しない偶像を上げ諂って快感を得ている。
確かに、小学校の高学年ともなると、無視や暴言などを集団化させた社会的ないじめが巧妙化してくる。
だがその本質は全く変わらず、結局の所「他者との感情共有」の為だ。
だから、彼女らはそういう手段を取っていたのだろう。感情を共有させる力を、他者を貶し貶める事でしか養えなかったのだろう。それでなければ、彼女らがそんな人間という儚いモノを依り代にして感情共有しようとは思わなかったはずだ。
だから脆い。
俺は、階段を上がった。三対の視線が俺を焼くがそれを歯牙にもかけずに、さらに上を行く。
物置となった屋上に上がる踊り場は、埃臭くて煙っぽい。目の前の扉から刺す屋上の光と、三対の視線は絶えず俺を焼いていた。
そのドアノブを捻ると、見慣れた横顔が残暑の幻影と共に目に入ってきた。そして横顔が真っすぐと俺の方を向き直り、自らの時計を指さして笑った。
「いやー、惜しかったね。時間切れ」
「下の、いや」
「うん、もちろん聞こえているよ」
あっけらかんとそういった。
「あ、でさ。私のお願いごとなんだけど」
「私が卒業するまで、マネージャーやっていいかな?」
それは、俺が決める事じゃない。先輩が決める事だ。だから、俺は「はい」と、考えも無しにそう言ってしまった。
残暑の幻影は掻き消え、眠れぬ非人間が笑みを浮かべてそこに佇んでいた――――。