情けは人の為ならず。ということわざがある。この本来の意味は、他人にした善行は巡り巡って自分に返ってくるから、基本的に自分の為にやりなさい。という意味であるが、善行がそのまま巡ってくるという事は、少なくとも俺に至っては無いし、これまでの人生の中で差し当たって自分以外に善行を働いたなんてことは小町位しかいない。
俺の事はさておき、昨日の話し合い(弁論による押切)によって我が文実委員長を退けた雪ノ下は、完全に自分のためでなく相手の為を思った故の協力行動の否定だった。
このように生きていたのだろう。誰の手も借りないように自立と自律を一身に背負った生き方、それを望むか望まないかの違いはあれど、俺も雪ノ下も同じだ。
昔の俺であれば独りよがりな崇高と似非な共感を持って裏切りとするのだろうが、今はもうそんなことは考えない。
さて、話はそれたが今回やっている文実の活動は情けをかける側かかけられる側か、果たしてどちらなのだろうか?正直、文化祭がいらないと思っている俺にとって、基本的に情けなんて物ではなく、ただの地獄なのだが。
その一方で文実の会議はつつがなく進んでいるように見えた。有志団体によるステージ発表も、文化祭広報にクラスや部活出店の承認だって、進んでいるように見えるだけで何一つ肝心なことを決めてはいなかった。
腐っていても、こういうイベントの経験は中学でもしている。だからこのパターンは重要なことは何も決めずに時間だけが過ぎていき、土壇場になってその他諸々の重要なことやその責任さえ誰かに押し付ける。そんな日本人特有の悪徳が純度100%出ているそんなパターンだった。
まあ、ここまでどれだけヤバいかといった所で現実的にどの程度まで進んているのかを詳しく言えば、クラスの出店は無許可が多く飲食物系の必要な届け出が皆無。これに関しては、認可のスピードがかなり遅い故だ。ろくに吟味せず後回しにして許可出すときはハンコひと押し位な物だ。
次に有志団体によるステージ発表だが、後3週間を切っているにも関わらずタイムテーブルが未提出それに地域からの参加者が例年より少し多く、それを捌かなければいけないのに手付かず。
ちなみに、文化祭広報は完璧だ。雪ノ下が担当しているからというのもあれど、後は文化祭のブログを更新すればいいだけと言わんばかりの余裕具合だ。
結果現状では、広報の中身が伴っていない華美柔弱といったようになっている。
…………実にまずい。
このままいけば、後半になって慌てふためいてとんでもない仕事量が舞い込んでしまう。だが、そのことを指摘する奴も居ないのも確かだ。
そして、踊るまま今日の会議は終わった。
「比企谷君、この状況。どう思うかしら?」
「分かっていて聞いてるだろ。まずいな」
頭を抱えていると、隣からそう聞いてきた雪ノ下が居た。
「明日作業があるとは言え、バッファ取って居ないのもまずいわね」
「いや、経験測から危険域に入ってるな。少なくともこのタイミングでクラス出店の地盤が固まっていないのは不味い…………副委員長は委員長のお友達だしな」
上に立たなかったとは言え、流石にもう少し俺でさえ上手くやる…………と言っても成らなかったものが成ったものを非難するのはこれもまたお門違い。
「そう…………やはり、あの依頼受けた方が良かったかしら?」
「考えても無駄だ。今ある手札で何とかするしかない」
まあ、今のままでも最後に少し仕事が立て込む位だ。それだったら全然問題ない。処理能力はあるはずだ。
一応時間はまだある。
「とりあえず、出来る事をやるだけだ。じゃあ、これで」
「その前に、部室に寄って行ってもらえないかしら?」
「分かった。由比ヶ浜は?」
「もちろん居るわ。あなたと二人きりなんて、何されるか分かったものじゃないわ」
そう言われて、俺は苦笑しながら二回了承の返事をした。
少し、他に用があるのか、雪ノ下は「先に行って」とだけ言って、また奉仕部の部室とは逆方向に小走りで駆けて行った。
一人残されて、何か胸をすくような寂しさがあったが、俺は気にしないように奉仕部の部室へ向かった。しかし、何で部室に俺を呼んだんだ?俺は部員でもないのに雪ノ下が奉仕部に誘うことがあるなんてかなり珍しい。
「お邪魔~」
「あっ、ヒッキーやっはろー」
「おう、やっはろーやっはろー」
「すごい楽しくなさそうなんだけど?どうしたの?」
「それはいつもだが、今回は文実めんどくさすぎてな」
「うん、やっぱりそのことだったんだ」
その口ぶりからして、何かは知っているようだ。まあ、それは雪ノ下が来てからにしよう。
「こちらよ」
「お、お邪魔しまーす」
「失礼するぞ八幡!」
「失礼します、あっ八幡、こんにちは」
雪ノ下に連れられて材木座と一色と天使がやってきた。おっと、戸塚と天使を間違えてしまった。
「…………何をやっているんだ?」
「先輩!えっと、お久しぶりです」
「おう。で、雪ノ下、人集めてどうしたんだ?」
「私の人脈よ」
「少ないな」
「あなたよりましよ」
「俺は無いんだ。間違えるな」
「誇ることじゃないわね」
「はいはい。漫才はそこまでですよ先輩方。話があるとしか聞いてないですけど、一体雪ノ下先輩は私と…………えっと」
「はぁ、雪ノ下、協力するにしても。まずは自己紹介からしたほうがいいんじゃないか?」
何かが頭から抜けていたことから目を反らすように遠くを見た雪ノ下を差し置いて、俺は全員に向き直ってそれぞれ紹介した。
「こいつは材木座義輝、ボッチでやべえデブだ」
「ハァチマァン!?ちょっと、貴婦人たちになんて紹介してるの!?」
「テメエの書いてる小説のスケベシーンだけ朗読してやろうかクソが」
「それだけはっ!」
「そしてこっちが総武高校に舞い降りた天使、聖光満る三千里こと、戸塚彩加だ」
「もう、八幡たら。天使とか言わないでよ。戸塚彩加ですよろしくね」
「雪ノ下先輩や由比ヶ浜先輩じゃ飽き足らずこんな可愛い女の子まで毒牙にかけているなんて!」
「僕は男だよ!八幡には、テニス部の練習を見てもらったんだ」
おや、怒った顔もかわいいんだな戸塚は。
「で、こっちが俺の後輩、一色いろはだ」
「…………」
「すまねえ、他に俺との関係を表す言葉が無かったんだ」
「いえ、びっくりしてたんです。後輩とすら思われてないんじゃないかとおも…………ってて」
「一色さんを、後輩の女の子を泣かせるなんて、最低ね比企谷君」
「現世に戻ってくるなややこしい。」
で、と強めに言って雪ノ下に何故この人たちを集めたのか説明するように促した。雪ノ下は一呼吸おいて俺たちに言い放った。
「私を助けて欲しい」
時が止まったような気がした。
思うに、情けは人の為ならずという言葉の理念は通貨スワップ協定の信用版と言っても差し支えないのではないだろうか。そこまで事務的に出来れば大万歳なのだが、協定を結ぶまでにかなりの信用やそれに類するものを得られなければ結べない所は同じだ。
人と人とが接すればそこに、意識は交換し変換される。俺で言えば、俺は俺以外の奴らに孤立させる喜びを、俺以外の奴らは俺に孤独の苦しみを交換している訳だ。
質は違えど、意識としてそれは一定で、そして雪ノ下は自身の質を変えようとしている、ああ、悲しくもあり喜ばしい青春の日々よ。
変えられない変えぬ者から変えられる変えたい者へ、この不変に意味があるのなら、存分に使うといい。
「俺は問題ない」
俺は快諾した。