やはり俺の部活動選択は間違っている   作:屑太郎

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幻のゴール

 文化祭も終わって、通常通りの部活動が戻ってきた。先輩とも会えるし、少しマネージャーの仕事も楽しくなってきた所。

 

 今月は奇麗な秋晴れで運動するには丁度いい時期だ、夏のように大量にドリンクを用意する訳でもないから、私達としても、かなり助かっている…………。はずだったんだけど。

 

 私の先輩…………。比企谷先輩は、とても間の抜けたような顔をしながら箒で掃いていた。

 

 魂が抜けたっていう言葉が(まあ、顔立ち自体は全く変わらず目の腐ったままだけど)一番似合っている。いや、今までは少量ながら生気はあったけど少しおかしい。いや、いつもおかしかったけど!

 

 この仕事だけはサボることはあれどやる時は手を抜かなかったのに、今回はやることだけはやっているけど詰めが甘いような感じ。私が見ても他の事をやっているようにも見えなかったし、それに、意図的に手を抜いているようには見えなかった。

 

 表面上はケガや人間関係などの問題なく部活が終わった。ほどなくして皆帰って行ったけど、その後始末の時間は私と先輩の二人だけの時間だ。

 

 まあ、なんかはぐらかされそうな予感はするけど、一応、話しかけてみよう。

 

「あの先輩?」

「…………」

 

 一色は比企谷の暑くて捲って露出したふくらはぎを、答えてもらえなかった微妙に溜まったストレスを乗っけて、つま先で蹴った。

 スニーカーの先端はゴム質、高摩擦による皮膚の蹂躙は鈍痛より神経に響く。結果小さい悲鳴が出た。

 

「痛って!?なんだよっ!?」

「声かけても無視されて両手ふさがっていたので」

「今何にも持ってないよな!?」

 

 いつもの調子で受け答えしてくれた。

 

「ごめんなさい」

「…………どうしたんだ?」

「それはこっちのセリフですよ、今日おかしかったです」

 

 たぶん、きっとその後に、「おかしいのはいつもの事だろ」なんてぶっきらぼうに言うだろう。

 

「おかしいのはいつもの事だろ」

 

 なんて思っていたら本当に言った。だけど、快調な単語のやり取りはいつもよりどこか無機質に感じてしまって、不安をぶつけるように嘘で胡麻化した。

 

「はい、洗濯機のスイッチを入れ忘れてましたよ」

「マジか」

「私が付けときましたけど」

「すまん」

 

 おかしい従順すぎる。人格総入れ替えしていても可笑しくないほどに違う。いつもなら「すまん」じゃなくて「ありがとう」でついでに「葉山とでも帰れ」か「お疲れ、続き明日の朝にでもやっとくから」

 

 私にはまったく心辺りが無い、というか文化祭準備期間とかはほぼ先輩と会ってなかったし。

 

 だから【普通に】なんの気なしに疑問を口にした。

 

「どうしたんですか?」

 

 その一言だけで、先輩の表情は壊れた。

 泣きそうな、寂しそうな、怒りそうな。

 

 気持ちよさそうな。

 

 その表情は一瞬だったけど、吐きそうな位に気持ち悪い。

 いや、いつも気持ち悪いんだけどそうじゃない。いつもの気持ち悪さは私に対しての反応がちぐはぐな事から来る気持ち悪さなのに対して。

 

 だけど今の感情は違う、普通の人間が持ってはいけない感情。そんな気がした。

 

 こんな感情は、今まで見た事がない。未知な生物がそこに立っているような気持ち悪さ。

 ただ感情をいっぱいに詰めただけのロボットが故障したみたいだと、ふと思った。

 

 ……………先輩のどんな顔も見てきたつもりだったけど、この顔だけはどうにも気に入らない。

 

 いつもみたいに話しかけるだけじゃ、きっと先輩はまた無理をすると思うから、今日は少し休ませてあげよう。

 

「後はもうやっておきますよ、ほらあと少しで体育祭も控えているんですから」

「いや、やる」

 

 いつもとは違い立場が逆転していて、むず痒さを感じた。なんか、おもちゃを取り上げた子供の様だ。…………いつも私こんな事してるの?今度から上手い言い訳を考えよう。

 

「いつも先輩が私に言っている事じゃないですか、今日ぐらいお願いします」

「だけど」

「今日の先輩の顔は見てられないって言ってるんですよ。今日はお疲れ様です!」

 

 そう言うと、先輩は会話が無駄と判断したのか無言で私の持っている箒に手を伸ばそうとした。その手を叩いて、威嚇する様に目を合わせた。

 

 捨てられた腐った子犬のような眼をした先輩が「すまん、ありがとう…………」そう言って手の甲を擦りながら荷物を纏めて帰って行った。

 

 その背中が消えるまで私は見送った……………と言うより、戻ってこないように監視した。やっぱり変だ。私が何を言っても、あんなに素直に帰るはずがない。

 

「…………っ!?」

 

 背中が見えなくなるまで見続けて、曲がり角で姿が見えなくなったその時、今までため込んでいた不安が急に襲ってきて、涙を零した。

 涙の理由を求めて自問自答するけど、答えは出ない。仕事を何とかしてくれた後ろ盾が無くなることの不安?それとも、先輩が辞めた後の不安?

 

 もうしばらく考えて、もっと答えを単純に考えた

 先輩が変わったから。先輩が苦しんでいるから。先輩がどうにも生きづらそうだから。

 

 この三つ、その根底にあるのはやっぱり比企谷先輩が好きだから、不安に思うし怖くなる。

 

 そのために、先輩になにをすればいいのか、今度はゆっくり考えよう

 なんかもう、何が何でも手を伸ばさないと、先輩が消えてしまいそうで、少し怖かった。けど、闇雲に手を伸ばしても解決しないし、悪化する。

 それは耳にタコが出来る位聞かされた先輩の失敗談から、そう思った。

 

 人を助けようとするのは、本当に先が見えない幻のゴール。サッカーのように明確にゴールが分かれば良いのに。

 

 少しづつ手を伸ばしていこう。絡まったイヤホンをほどくように慎重に丁寧に、気持ち、感情、心を解いていかなきゃ。

 

 ひとまず、由比ヶ浜先輩に相談。それから始めて見る事にしよう。

 

 

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