比企谷は席を立ち、由比ヶ浜はそれをどこか遠い目でそれを追った。
そして開いた席を見つめて、震える手で自身の携帯電話と取り出した。電話帳を開いて、ある電話番号を目で探した。
目的の名前を見つけ、2、3回深く息を吸い込んだ。電子音が鳴り待機音が鳴った。コールは1回で出て、電話口の相手は恐る恐るといった具合に由比ヶ浜の名前を呼んだ。
『はいもしもし…………由比ヶ浜先輩?』
「いろはちゃん、ごめん」
『はい?えっとどうしましたか?』
「私失敗しちゃったかも」
『由比ヶ浜先輩?先輩にでもなんかされましたか!?』
「ううん、違うの。何かしちゃったのは私」
その言葉に少し戸惑いを覚えながら、一色は続きの言葉を受け入れる準備をした。
「…………ヒッキーに、告白した」
『はぁ!?えっちょ!?どこにいますか!?』
電話口の一色は、動揺して食いついた。
その言い方は、今の由比ヶ浜には非難の声にしか聞こえなかったが。だが、由比ヶ浜は逃げない。
「○○っていう喫茶店に」
『そこで待っててください!』
そう言ってすぐさま切れる電話、由比ヶ浜は力無く耳から携帯を離した。
◇ ◇ ◇
暫く、走って電車に乗り、由比ヶ浜に会いに超特急で歩みを進めた。一色は目的の店に着くと、猛然と入っていった。少し息を切らしながら店員に待ち合わせだと伝え、由比ヶ浜を見つけると、数十分前まで比企谷が居た席に座った。
「とりあえず色々聞きたいことはありますけど、とりあえず食べ物頼んでいいですか?」
◇ ◇ ◇
「はぁ…………告白したら泣いて出て行った?」
「あと、そんな事されたら誰もヒッキーの事分からないじゃんって言ってから少し様子がおかしくなってたか…………な?」
「あー、そういう所ありますよね先輩は、そこからなんて?」
「全部自分のためだって言われたから。好きだって」
「もう、売り言葉に買い言葉ですね」
「う~、少し」
「まあ、もどかしいし気持ちは分からなくはないですけど」
由比ヶ浜には懸念があった。それは目の前の後輩が自分自身を責め立てるという事だ、実際に喧嘩腰のように叩きつけた好きという気持ちは冷静に考えてみれば、何か酷い事をしてしまったのではないかと、後ろめたさを感じていた。
そんな心配事を裏切るように、何故か朗らかに会話は続いていくことに安堵していた。
「でも、由比ヶ浜先輩は間違ってないですよ。好きって言って悪いはずがありませんし!」
「うん、でもヒッキー泣いていた……………」
「それこそ、好きだって言われて泣く理由は私達には分かりませんよ。出来るのは、先輩と話す事だけです」
それはきっと彼もしくは彼女にとって一番つらい選択だったのだろう。
決定的に彼女たちを変えた彼は、一番変えられない立場であるのはずっと昔から、同じだった。
「すごいね、いろはちゃんは」
「いえ、先輩なら…………っ」
一色は息を飲んだ、由比ヶ浜の目が決壊寸前の堤防のように多くの涙を湛えていたからだ。
一色も比企谷に毒されているとは言え人並みには空気を読める人間である。
「…………ごめんなさい」
「悪いのは私だよ」
「違いますよ、誰だって少し位すれ違う事もあります」
「違うよ、だっていろはちゃんヒッキーの事好きでしょ?」
由比ヶ浜はそれ以上に空気が読めた。だから苦しみ、だから言った。言わなければいけないと思った。
そうさせたのは、雪ノ下雪乃、比企谷八幡。重苦しい現状に不器用なりに立ち向かう姿は、由比ヶ浜にとってヒーローのように見えた。それを倣おうとすることを誰が責められるだろうか。
だから、今の由比ヶ浜にとって、その言葉を言うのは当たり前であった。
「そうですけど…………それで由比ヶ浜先輩を責めるなんてことはできませんよ」
その言葉を言い切ると、2つの涙が机の上にこぼれた。
「それに」
一色はそこで言葉を切り、一瞬の逡巡の後に決意をもってこういった。
「今、先輩に必要なのは、好意だと思いますから」