比企谷八幡は、海岸に座っていた。彼は人を待っている。
彼は、ボッチだった。一年弱の二人ボッチの期間を経て、相当捻くれた独りぼっちに進化した人間だ。
そして、彼は二人ボッチの片割れに指定された日時と海岸で一人佇んでいた。
勿論待っているのは、彼が先輩と呼び、これまた捻くれた慕い方をした、清川アキラという人物だ。
あっけなく…………というより、先輩と連絡が取れなかったのは。そもそも、八幡自身の心の壁が阻んでいたにすぎない。
だが、今の彼には、そんなものはない。成長という名の諦めを振り払い、協力という執念を手にした彼に、先輩などというつまらないしがらみなど無いのだから。
ほどなくして、指定の日時が訪れた。
時間ぴったりに到着した足音、その方に八幡は首を向けた。
「や、久しぶり」
「久しぶりです」
その一言だけで、二人はあの頃に戻ったような気がした。
そして、その一言だけで、二人はあの頃とは決定的に違うと、二人は直感した。
「変わったね、お互いに」
「ええ…………俺、彼女出来ました」
「嘘ぉ!?」
「そこまで驚きます?」
顔を見合わせて、そして二人して涙が出るほど笑った。
ひとしきり笑って、二人は砂浜に座り込んだ。目の前にはブイが浮かんだ水平線、時間も遅く日が陸の向こうへ沈みだした。
「あの頃じゃ、考えられないかも」
「俺もです」
「うん本当、嘘みたい…………こんなに一杯話したい事あるのに、言葉、出ないや」
その言葉に八幡は沈黙と首肯で返した。
波の音が、あたりを支配した。
「ねえ、聞きたい」
「最後の言葉のことですか?」
「うん」
そう言うと、清川は両膝を抱えた。
「俺は嫌だったんですよ、サッカー部のマネージャーなんて」
「だよねぇ?」
「流されて、必死になって、そんな日々は、貴女と出会えたことは…………間違いな訳が無い。それが、あの時の気持ちで今も変わっちゃいません」
「…………そっか、ありがとう」
今更ながら、時折見せる温和な喋り方。こっちが素なのかと気が付いた。
「君は? 聞きたい事、ないの?」
「俺との一年ちょっと、先輩はどうでした?」
「サイコーだったよ、今でも夢に出るくらい。あの時は正直、君と付き合いたいとまで思っていた」
「そういえば、先輩。あの時ははぐらかされましたけど、なんで俺を誘ったんですか?」
「プッ…………ああ、だって。比企谷君、グランド見ながら『滅びろ…………』とか言ってたんだよ? でも、それで気になって好きになっちゃったのは本当」
八幡はやっぱり、この先輩おかしいと再認識した。
「でも、私は常にそう思っていたから、なんとなくシンパシー感じちゃって」
「え゛!?」
八幡は、この先輩ものすごくおかしいと再認識した。
「え、ほんとですか?」
「マジよマジ、ちょっとだけ言うと、夏休みの一件みたいなのが、ずっと続いていて、こんな世界なんて滅びちゃえなんて思って過ごしていたんだ」
「いや、それでなんでそうなる!?」
「世界に復讐する、最短最適な方法ってなんだかわかる?」
「いや、分かりません」
「それは自分以外が幸せになって自分は不幸になる事なんだよ」
八幡は、この先輩きわめておかしいと再認識した。
「私が不幸だったら、君はどうする?」
「…………助けたいって思います」
「じゃあ、私が君の目から見て私は不幸に見えた?」
おかしいとは思っていたが、不幸のような物をはねのけて過ごすような人だ。
だが俺は、あの一年間で、何か先輩についての闇みたいな物は感じ取っていたが、それを知るにはあの一年間は短すぎた。
「さて、私以外が幸せになっている状況だとしたら。私に好意を持っている人にしてみれば、何も気が付かない愚か者。私に悪意を持っている人にしてみれば、施しをした人に対しての裏切りだ。…………もうそんな生き方望むわけもないけど」
知らなかった事がボロボロと出てくる。そんな事を思いながら過ごしていたとは。
「まあ、そんな事言ってるけど、君に出会った時からそんな事すっかり忘れちゃったから、あんまり気にしなくていいよ…………いや、なんか難しい事言っているけど、精神的リストカッターアキラみたいな物だからね!? あんまり気にしないでもらえると」
「そう思うには無理がありますよ!?」
「君がそんなんだから、好きになっちゃったんだけど…………正直、あのまま付き合っていたらお互いドロドロの共依存関係になっていたと思っているよ。だから、直接の連絡手段を断った」
「それは…………なんとくわかります」
それは歪すぎる。だが、あの当時はそれで救われていたのは確かで、その上で先輩と男女の関係ととなったのなら、と考えると末恐ろしい。
付き合い立ての女は怖い。これ、教訓。
その一言から、口数が少なくなり、沈黙の後、先輩は言った。
「ねえ、確か彼女いるって言っていたけど」
「ええ、実は」
「いや、のろけはやめて」
「そっちが聞いてきたじゃないですか」
「フッ、嫉妬で気が狂いそうだ」
会話の流れをぶった切って、先輩はそう言った。
なら、俺も言いたい事をただぶつけるだけの、泥臭い言い合いでもしようか。
「先輩、やはり俺の部活動選択は間違っている」
「…………」
「でも、先輩と出会えた事は間違いじゃない」
「…………間違いだよ、賢しく愚かなだけの復讐を誓った私には、優しく強い君の心は触れるべきじゃなかったと、今でも思う」
重荷になっていたのだろう。今しがた知った自傷行為にも等しい、復讐も相まって。
そもそも、足を引っ張るとか当時ですら思っていた位だ。
「でも、私はその間違いは今の今までずっと大好きだった」
「俺も…………ですよ」
波の音がイヤに耳に残る。
そして、先輩は立ち上がった。
「いつかまた会おう、もう何年後かに、また私たちが立ち上がり続けているように」
「立ち上がるのは敗者の特権、ですよね?」
「覚えていたんだね」
「忘れる訳ないですよ」
そう言うと、先輩は満足そうな目をしてこう言った。
「やはり私の部活動選択は間違っている。けど、これ以外の道は正しくなんかなかった」
「…………先輩」
「また会う時は今日と変わらず勝者で居よう」
「また、会う時まで」
何時になるか分からない。だけど、なぜかまた会いそうな気がした。
今度は、大きな敵か、小さな味方かは分からないけど、いつか、また。
だんだん小さくなる背中を見送って、俺はそう思った。
「やはり俺の部活動選択は間違っているが」
俺は、しばらくそこにいた。波の音と、日が落ちた海の匂い、確かにあった熱を感じながら。
「誰かと出会うことに間違いなんてない」
この2人ボッチの結末は、きっと正しくなんかないと思う。でも間違ってなかったのだ。
これで、拙作「やはり俺の部活動選択は間違っている」は完結となります。
恋愛しても良いんだけど。それだとただただ少女漫画みたいな安っぽいイケメン口説き小説になりそうなので割愛させていただきました。
この後にアンケート載せておきますので、その反応次第で蛇足として話を追加しようと思っています。