運命とロングテイスティングを経てその次の日のこと。
俺はすっかり後輩のことなんて忘れて部活をやっていた。言い訳をさせてくれ、クッキーが悪い。
名も知らぬ後輩に罪悪感なんて抱かないからな、気が付いた時には「あっ」と一言だけ漏れた程度で済んだ。思い出した時にはもう遅く、すべての用具を出し終えていた。
あーあ、やっちまった。まあ用具出すぐらいなら少しはね?準備できた用具入れの入り口から人影が見えた。たぶん後輩だろう。
「はぁはぁ、って先輩!なんで先にやってるんですかぁ!?」
「すまん、遅かったもんでな」
「というか、制服のままでよくこんな埃っぽい所の作業できますねぇ」
脱ぐのが面倒だし、ぶっちゃけ部活でジャージはそんな着ない。制服汚れたって洗えばいいだろ、と言おうとしたら顔で『マジでか』と言っていた。そんな顔せんでもええやろ…………。
「慣れだ慣れ、次行くぞー」
「あ、待ってください!」
次は空き教室に設置したカメラを回収し映像を編集する作業に入る。基礎練習が終わるまでに終わらなければ家で残業だったりする。
「何してるんですか?」
「練習の編集、これは練習試合の時だけでいいから、元データに近いものと編集を加えた物に修正を加えたものをDVDに焼き増しして置く、今日のところはこいつの説明はしないから、練習を見ておいてくれ」
「え?あ、はい…………」
よし、人払い完了。後ろで見られながら作業とかできる気がしないからな…………。普通に考えて後ろから声をかけられていい思い出があるだろうか、いやない。大体が教室でラノベ読んでいる時にリア充どもが「ウェーイw何読んでるのwww」などと言いつつ本を勝手に奪い去るか覗き見して「マジキモイ」の一言だけを残して立ち去る。
そもそも、マジキモイとか言うのは感情に身を任せて言っただけの何も頭を使っていない思考停止している愚か者の言葉だ、そんな言葉を操る人間にどうして合わせないといけないのか。言ってみれば、感情を示すだけなら犬猫にもできることで、そんな言葉しか使っていない人間を見ると野良のケダモノにしか見えない。それ以前に人間なんだから理論的かつ合理的に考えてくれ、できないやつマジキモイ。
それ以前にも自宅のリビングでラノベ読んでいると小町にキモイといわれることは多々ある。あ、小町は別ね、人間じゃなくて天使だから。
少し作業を進めていると、ふと思い出したことがあった、というよりあの後輩が思い出さしてくれた。というかあの後輩のために昨日のクッキーの生地を家庭科室に寝かしてたんだった。なぜこんなことしてるかって?まあ、手作りクッキー渡したとなれば男子の株もグン上がり、女子は抜け駆け天誅マインドによってグーン下がり。それでなくても俺が出しても「お前クッキー差し入れたんでしょ!」「私じゃないわよ!」みたいな内輪もめが発生する可能性があるからチョー楽しい。
言葉のIQが下がったためもうあいつらのことについて考えるのをやめよう、それでなくても生産性など皆無なのに。
もうそろそろ、動画の編集が終わりそうな所で俺はそこで作業を打ち切った。あと少しだし何ならワンクリックで終わりそうなのだが、空き教室に放置しているため盗まれたらマジで困る。PCを持って次の仕事場に移動した。
普通にスポドリ作りなんだが、今回もというべきかマッスポ研究に余念はなかった。試行回数を30回を超えたあたりで、単純なマックスコーヒーとスポドリの調合は止めて今ではそれぞれの原材料から調合している。コーヒー、スポドリ(粉)練乳とそれぞれ少しずつ変えながらやっているのだが、ずいぶんと吐く。
心が折れそうな時もあったが、マックスコーヒーはすべてを解決してくれる。なぜなら甘くてクリーミーで特別な存在だからです。
あ、俺がクッキー持って行っても仕方ないじゃないか、俺が作り後輩が渡してこそ、青春に染まった胃袋への逆襲になるのだから。
スポドリを作りながらすべてのガスコンロのグリルを使い一気にクッキーを焼き上げるという作業に移った。結構つらい、全神経を集中させ焦がさぬように順繰りにグリルを見ていく、もちろんその間も自分の作業は手を止めずに。
その甲斐あってか焦げなどはなく、結構大量のクッキーが作れた。……………余ったらお持ち帰りだな。こっそり食べよう。というか今食べよう、味は…………悪くない、まずくもないしすごい旨くもないだけど少し旨いかもしれない手作りクッキーが完成した。
別にものすごくうまくなくてもいい、というか貰ったポケットティッシュに不備がある時、めちゃくちゃケチをつけるやつがいたら完全にヤバい奴だ、思考回路と自意識が被害妄想と歪んだ自己愛で満ちている異端者だ。俺から言わせれば狭量としか言えないが、そいつから俺のことを言わせればたぶん「なんでそこまで他人を…………って、そんな奴と、もっと言えば他人との会話なんてないな、うん。
どっこらしょ、とおっさんみたいなことを言いながら、大量のクッキーを持っていこうとして止めた。俺が運んでいる所を(万が一にもありえなさそうだが)見られたら誰も食わないだろうし、変な噂になるかもしれないしな。ははっ、自意識オーバーフロー。
クッキーは家庭科室に置いて、スポドリだけ手に取って部活に顔を出す事にした。その途中で後輩でも見つけられるといいんだが。
「お、いた」
「…………何が『お、いた』ですかぁ!スポドリの作り方ぐらい教えてくれてもいいじゃないですか!」
「お、おう。すまん」
俺は謝りながら片手ですべてのスポドリが入ったかごを持って、もう片方の手で自分のポケットからスマホを取り出し後輩に手渡した。
「番号登録しておいてくれ、仕事教える時に連絡するから、安心してくれワン切りで済ますから。あと、登録終わったら家庭科室に行ってくれ、あとで合流する」
「え、ちょっと!」
止める声も聴かずに俺は小走りになってスポドリを持って行った。
◆ ◆ ◆
「なんでやつらは昨日の今日であれだけ一つの部屋を汚せるんだろう…………」
もしかしたら洗濯物もあるかもしれないと、部室を覗くのはほぼ日課といってもいいが、汚れていない時はなかった。だが、そのたび掃除してたら完全に俺はレ○レのおじさんになるだろう。なぜなら、彼は子供のあとを掃除して回ったらそのくせが抜けなくなってしまっただけの、悲しき漢なのだから。
そんな悲しみをこの年で背負うほど俺は出来た人間ではない。様子だけ見て逃げるように家庭科室に顔を出した。ちゃんと家庭科室に後輩は来てくれたようだ。
「うっす、登録してくれたか?」
「はい、というか人に携帯をポンと渡すのどうかと思います」
「見られて困るような物は入っていないからな」
ちなみに見られて困るような物は、俺の部屋の本棚の一番下にある微妙な土台みたいな空間に仕舞ってある。下の段の本をすべて取り出し、なおかつ天板を外して中の金庫を開けるといった工程を踏むため、まあ基本ばれない、アホほどの洞察力を持っていれば別だが。
「そういえば先輩はラインやってないんですか?」
「そんな友達は居ない」
現に雪ノ下はやってない。理由をとりあえず聞いたら「やるメリットが見つからないもの」だそうだ。想定内だ想定内、うん。「うわぁ…………」これは想定できたけど辛い、顔で笑って心で…………泣いてない泣いてない、汗だからこれ。「ちょっと引きます」そのままどこかへ行ってほしいもんだが。
「かまわない、じゃあ、それ持ってってくれるか?」
「はい、これは?」
「クッキー。笑顔振りまいて配ってくれ」
俺がやると気持ち悪くて食べてくれそうにないから、と心の中で付け加えた。そう言うと後輩はどうにも懐疑的な視線を俺に向けてきた。
「これどうしたんですか?」
「作った、味見するか?」
「いただきます…………ん!?これ本当に作ったんですか!?」
「ああ」
「とてもおいしいです…………」
「まあ焼きたてだからな、今の内に食っとけ」
餌付け餌づけ、何とかご機嫌のお伺いを立てとかないとな。数枚食べたのを見届けて俺は口を開いた。というのも、電話番号交換しただけでまだ名前を聞いていない、どういうことだ。
「そういえば、お前の名前は?」
「一色いろはです」
「そうか、そろそろ時間だ、行くぞ」
「先輩!?先輩の名前は!?」
嘘だろ知らなかったのかい。謎のマネージャーとか言ってたから完全に俺の事を調べてるもんだと思ってた。
「2年F組比企谷八幡」
無意識的に俺は握った手を一色に出した、きょとんとした顔で同じように手を前に出す。手の甲同士をぶつけ合わせた。
「『よろしく』」
「はい…………?」
一色は手の甲をまじまじと見て、首をかしげていた。
やっちまった。一色に背を向けてから汗が止めどなく出てきて、顔は真っ赤になっていた。先輩との癖がこんなところに出ちまったのか…………。
「行くぞ」
「あっ、はい」
あとの仕事は一色の覚えがいいのもあってか、今日の仕事はつつがなく終わった。
◆ ◆ ◆
家に帰りのんびりしていたところで俺にコンビ誕生するということがあるのか?とかほかにもいろいろ考えていたが、一色とはこの分だと…………ああ、よく似ている。
「お兄ちゃん、いきなりニヤニヤし始めてどうしたの?自分の部屋でやるならまだしもリビングでやらないで。気持ち悪いよ?」
「心理破壊コンビネーションで小町が天使に見える」
後輩とのコンビより、小町のワンツーフィニッシュなコンビの方が、ずっと気が楽だ。