幻想郷の悪魔さん 作:りっく
「だから、ここで死んでくれ、魔理沙」
言うが早いか、慧音は魔理沙に向かって万力の力をこめ、固く握った拳を振り下ろしていた。もしもそれが魔理沙の頭に直撃すれば、小鈴と同じ運命を辿るのは必至だっただろう。
しかし、それを予期していた魔理沙は自らの得物、ミニ八卦路を落ち着いて構えた。
「恋符『マスタースパーク』」
魔理沙の手元から眩い光が迸った。光と高熱が室内を満たし、それにとどまらず、光柱は壁を貫き、吹き飛ばした。
もうもうと土煙が立ち込める中、魔理沙は自身の魔法で穿たれた大穴から、外へ一歩踏み出した。
(やっぱりこうなったか………)
おとなしく捕まるわけはないと思っていたが、案の上、慧音は魔理沙を殺しにかかってきた。まさかこの決闘用の魔法で慧音が死ぬとは思えないが、先制攻撃できたのは大きい。まともに食らっていたようなので、負傷はしているだろう。
魔理沙は油断なく周りを見渡す。
慧音の家の周りには人家はほとんど無かったが、マスタースパークを撃った射線上は大きく地面が削れている。その先には、攻撃の巻き添えで3分の1ほどが崩れた寺子屋があった。
人里の中であれほどの破壊力のある魔法を撃ってしまったので、多少ではあるが被害が出てしまったらしい。
魔理沙の魔法の火力は人間の中でも随一だが、肉弾戦となると半獣の慧音に軍配が上がる。なるべくこちらに近づけず、遠距離攻撃でカタをつけてしまいたい。
しかし、なかなか慧音は姿を見せなかった。相手も弾幕を利用した戦いでは不利なことは理解しているだろう。まさか、あの攻撃にかこつけて、逃走したのだろうか。
「………どこだ?」
魔理沙の心に一瞬ではあるが、焦りが生まれた。逃げられては、面倒なことにー
「ここだよ」
魔理沙の後ろには、いつの間にか慧音が立っていた。飛びのくよりも早く、慧音の蹴りが魔理沙の胴体に炸裂した。
「うがっ!」
蹴られる瞬間、咄嗟に腕で腹を庇ったが、腕のガードごと弾き飛ばされ、魔理沙は大きく吹き飛ばされる。数メートル離れた場所に倒れこんだ時には、腕を鈍い痛みが走っていた。
「痛ってえ……」
「暴れるからだ。頭へ一撃するだけなら、小鈴のように苦しまずに行けるのにな」
言うと、慧音の姿は見えなくなった。
「ち、面倒だな……」
慧音の能力。それは、〝歴史を食べる程度の能力〟、厳密には実際に起きた出来事を変えるのではなく、存在を誤って認識させる。分かりやすくいうと幻術の類である。
慧音は、それを使って自分の姿が見えないようにして、襲い掛かかってくる。おそらく小鈴が無抵抗で殺されたのも、菓子屋が易々と慧音の侵入を許したのも、この能力のせいなのだろう。
魔理沙は立ち上がると、その場から逃げ出すように走り始めた。箒は家の中に置いてきており、飛ぶことはできない。だが、まだ追いつかれてはいないはずー
「ふん、ただの人間が私の足より速く走ることが出来るわけがないだろう」
瞬間、慧音が目の前に姿を現した。反応する間もなく、拳を魔理沙の頭に叩き込む。
「がっ!」
視界が揺れ、猛烈な痛みが走り抜ける。その時、魔理沙は体の力が抜け、そこに座り込んでしまった。
(くそっ……。今のはヤバい)
ぐわんぐわんと周囲が揺れ、猛烈な吐き気がする。逃げようと思っても、体はへたり込み、言うことをきかない。
「諦めたらどうだ、魔理沙。今の一撃で脳震盪を起こしたんだろう。ちょこまか逃げることは出来まい」
慧音は勝ち誇ったように、歩を進めてくる。その時、丁度雲で隠れていた満月が慧音を照らした。
慧音の頭から角が生え、髪の色が変わっていく。そしてその瞳には、いままでのものよりも好戦的な色が見て取れた。
慧音は満月の晩に変身すると、飛躍的に身体能力が向上するが、その代わり、温和な性格がなりを潜め、攻撃性が勝るようになるという。この状況下で魔理沙が慧音の手にかかれば、小鈴よりもひどく嬲られるのは想像に難くない。
魔理沙は懸命に体を動かそうとした。が、やはり体のコントロールが利かない。
「無理無理。どう足掻いてもまだしばらくはそのまんまだよ」
慧音がしゃがんで、未だに立てない魔理沙の顔を覗き込んだ。
「なんだかなあ……魔理沙、お前の眼にはまだ怖い、って感情が見えないんだよ。こうやって反応を見ながら殺すのはこれが初めてだからな。もっと怖がってくれないと」
慧音はそう言って、自身の鋭い爪を魔理沙の喉元に当てる。
「そうだな、命乞いすれば少しだけ生かしてやってもいいんだが。………最後に言い残すことは?」
気分が悪い。吐き気がする。
魔理沙は、最悪のコンディションで、慧音の言葉を聞いていた。何か鋭い物が喉に当てられているようだが、それが何なのかまでも分からない。しかし、その目は、慧音ではなく、空を凝視していた。
「くたばれ、殺人鬼」
魔理沙は中指をたてると、ふっと微笑んだ。
「霊符『夢想封印』」
直後、夜空に無数の光球が現れ、降り注いだ。必殺の威力を秘めた光の塊は、複雑な軌跡を描き、地上のただ一点―慧音のいる場所に向かって殺到する。
「なっ……このスペルはっ……!」
異変に気付いた慧音が何かを言おうとしたが、光り輝く弾幕はその間すら与えず、威力を遺憾なく発揮した。
轟音。
多量の光と衝撃で、慧音の傍にいた魔理沙は一瞬気が遠くなりかけた。吹きすさぶ風が顔を叩き、金髪をはためかせる。
着弾で舞い上がった土煙がおさまると、そこには倒れ伏す慧音の姿があった。
「魔理沙、大丈夫?」
そう言って降りてきたのは霊夢だった。もちろん、今の攻撃も霊夢によるものである。
「ああ。多分腕は骨がイってるだろうけどな。遅いぜ」
「仕方ないでしょ。あんたを追いかける慧音を待ち伏せする予定だったのに、勝手に捕まってるんだから。むしろ待ち伏せする予定の場所からわざわざ助けに来た私に感謝してほしいぐらいだわ」
霊夢はそう言うと、うつ伏せに倒れる慧音の前に進み出た。慧音は霊夢を見上げ、口惜し気に呟く。
「くそっ……まさか、お前が……」
「馬鹿か、お前。犯人のところに一人で行くわけないだろ。敵の言葉を簡単に信じるなよ」
それを聞いて、慧音は不愉快そうに顔を背けた。
魔理沙は犯人の正体が慧音であることに思い至り、応援として霊夢だけでなくアリスや早苗を呼んでいたが、霊夢はやって来た二人に「私だけで十分」と追い返し、二人で作戦を決行することになったのである。
「とにかく、あんたは負けたのよ。もし知ってるなら、正邪かもう一人の犯人について吐きなさい」
それを聞いて、慧音の口元が歪むのが見えた。
「………く」
「く?」
「くくく……ははははは!」
「何がおかしいんだ?」
魔理沙が問い詰めるが、慧音は答えず、ただ笑うことしかしない。月が雲に隠れて慧音の変身が解けると、笑うのをやめ、電池が切れたように気絶した。
「何だってんだよ……」
「多分逆転薬の副作用じゃないの? でもまあ本当に正邪ともう一人の犯人については何も知らなかったのでしょうけど」
「なんでそんなことが分かるんだ?」
「ただの勘よ」
霊夢の勘、というより巫女の勘はよく当たる。魔理沙はそう言われ、納得すると慧音をまじまじと見て、言った。
「しかしこいつどうするんだ? 殺すのもどうかとは思うんだが……」
魔理沙も相手が殺人鬼とはいえ、元は善人だった慧音を手にかけるのは気が進まない。しかし、放っておけばまた殺しを始めるだろうし、適当なところに閉じ込めるのも難しいだろう。
「大丈夫。これがあるわ」
霊夢はそう言って注射器をとりだした。中には緑色の液体が入っている。
「それは?」
「永琳印の睡眠薬。これを注入すれば一カ月はひたすら眠り続ける。何をしても決して起きない優れものよ」
「まじであいつ便利だな……」
永琳は性格に若干の問題があるものの、薬師としては超一流だといえよう。魔理沙は慧音の腕を持ち上げ、霊夢に注射器を早く刺すように促す。
霊夢が針を慧音の腕に埋め、その中身が注入されると、慧音は安らかに寝息を立て始めた。
「これで紫が戻ってくるまではずっとおねんねよ」
「そんなことしなくても、逆転薬もう一回飲ませりゃ良かったんじゃ……」
「私もそれを聞いたんだけど、何度も反転すると精神にダメージがあるみたいだから、やめておいた」
「そうか」
あとは、紫がなんとかしてくれるだろう。慧音が紫の冬眠中に起きることは考えられないし、事実上、第一の犯人は居なくなった。
「ふう、一人目を捕まえたし、今日は神社で酒盛りでもしようかしら」
霊夢はそう言ってふわりと地面を離れた。
「待てよ。慧音はどうするんだ?」
「あんたが永遠亭に運んどいて。あいつらが管理することになるから」
「そりゃないぜ。私もお相伴にあずかりたいんだが」
「………仕方ないわね。あんたがそれを永遠亭に運んでいく間、宴会の準備をしとくから、行ってきなさいよ。」
「オーケイ。そうこなくっちゃ」
魔理沙は軽い足取りで、自身の箒を取りに、歩き出した。
ここでやっと一区切りがつきました。次からだんだん雲行きが怪しくなって参ります。
…………そういえば某クローズドサークルミステリーの小説で書いてあったのですが、ミステリーの十戒で、「中国人を登場させてはならない」というものがあったそうです。なんでも摩訶不思議な力を持っているからと考えられていたからだそうで…。となると、仮にもミステリー二次創作なのだから、美鈴を出してはいけなかったのかもしれませんね。まあ今後出ますが。