幻想郷の悪魔さん   作:りっく

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消えた魂

 

 

 

 死体の発見から二時間後、霊夢はアリスの家へとやって来ていた。

 

「う……これはなかなかひどいわね……」

 

 流石の霊夢も、床に飛び散り、こびり付いた血液を見て、顔をわずかに青ざめさせていた。床を踏むたびに、血糊が靴の裏に付着する。

 

 魔理沙は、霊夢にクローゼットの前に転がっているアリスの死体を見せた。霊夢は、うつ伏せになっているアリスの身体を抱き起こすと、仰向けに転がす。アリスの顔は血の気がすっかり失せ、土気色となってしまっていた。胸に残る刺殺痕は夥しい量の血が付いており、見るも痛々しかった。

 

「心臓を一突きね。傷の深さから考えるに、凶器はナイフとか包丁……かしら」

 

 霊夢は、冷徹にアリスの死体の様子を調べているようだった。

 

「アリスに刺さっていたナイフはこれだぜ」

 

 魔理沙は、一本のナイフを見せた。何の変哲もない、ただのナイフ。どこでも買えるような、至って普通の代物。

 

 こんなもので、アリスは殺されたのだ。

 

 無論生き返るとはいえ、友人を惨殺した犯人に対して、魔理沙ははらわたの煮えくり返るような怒りを感じていた。霊夢とは違い、魔理沙は冷静さを失っている。

 

「これは銀のナイフじゃない、といっても咲夜じゃないというのは早計かしらね。わざわざナイフを凶器に選ぶのなら、犯人はよほどナイフの扱いに長けたものかもしれないわね」

 

 霊夢が、振り返って魔理沙に問う。

 

「……………」

 

「魔理沙?」

 

 霊夢が、怪訝そうにもう一度、魔理沙の名を呼んだ。

 

「あ、いやぼうっとしてただけだ」

 

 魔理沙は、キレかけている自分を、何とかクールダウンさせていた。怒りで周りが見えなくなれば、見えるものも見えなくなる。落ち着いて、平常心で、ことに臨まねばならない。

 魔理沙は深呼吸して、感情を無理やり切り替えた。

 

「………まあそこまで絞ることはできないだろ。そんな風に思考を誘導する目的もあるかもしれないし。無難に絞っていこう」

 

 まず、死んだときには雨が降っていたはず。死体はすでに冷たく、かといって腐敗は始まっていないため殺害が行われたのは数日内であることがわかる。さらに分かりやすいことに、他の部屋にあったカレンダーがアリスが死んだ日から変わっていないようなので、事件当日は雨が降っていたと断定できるのだ。これは後でアリス自身から聞くか、永遠亭の検査で調べればいいだろう。

 

 そして、雨が降っていて地上を歩いたのなら、足跡が残っているはずだ。アリスの家周辺の地面は柔らかく、必ず足跡が残るし、それを消しても不自然な跡が残るからだ。

 時間が経っていれば分からないが、魔理沙の見立てではまだ時間はそれほど立っていない。それにもかかわらず、足跡らしきものは一切ない、つまり来訪者は飛んで、アリスの家へやって来ていたのだ。

 

 飛べる者、さらにアリスの家を知っていた者、となると自然と人数は絞れてくる。パチュリーや射命丸、霖之助……そして霊夢。容疑の候補に挙がるのは味方や知人の名前ばかりである。この中に裏切り者がいる……そうだとしたら、最悪の場合は誰が犯人の時か?

 

 魔理沙は、霊夢の方を振り返った。

 

「……んー、でもまあ確かにだいたい容疑者は出せるわね、でもまだこの家に探してないものがあるかもしれないし……」

 

 霊夢は、ぶつぶつと言いながら血のべったりとついた床を調べていた。

 

「霊夢はそっちを調べててくれ。私はこっちを探してみるんだぜ」

 

 あくまでも疑っていないことを装って、適当な部屋に入った。

 

 霊夢が犯人ではないというのはまだ証明できない。できるまでは、こうして少し距離を保っておくのがベストだ。

 

 今のところ、思いつく中では最善手を選んでいる、と思う。しかしいつ自分にも敵の間の手が伸びるか分からないのだ。犯人は隣にいる霊夢かもしれないし、いつも図書室にいる思われているパチュリーかもしれないし、飛び回っている射命丸、或いは親戚の霖之助ということもありうる。

 

 ひとまず、アリスの刺し傷は正面にあったので、犯人の顔は見ているだろう。冥界でその話を聞き出せれば、この事件はそれで終わりなのだ。

 

 魔理沙は考えをまとめると、部屋の外に出ようとした。が、こつ、と何かがつま先に当たり、そちらに目を向けた。

 

 落ちていたのは、アリスの人形だった。

 主を失い、もう動かないであろう人形。アリスの血を浴びたそれは、魔理沙が入った部屋にも転がっていたのだ。

 

「………?」

 

 この人形の周りは床が綺麗だった。リビングは外から見える場所にあるので死体発見を遅らせるという意味で掃除をしたならわかるが、ここを綺麗にする意味が分からない。

 

 魔理沙が少し悩んでいると、霊夢がひょっこりとドアの隙間から顔を出した。

 

「冥界行くわよー、特に証拠も無いし、アリス本人に聞く方が早いわ」

 

「そうだな。今行く」

 

 魔理沙はそう言って、人形を掴んだ。

 

 

 

「アリスがいない!? どうして?」

 

 珍しく、霊夢が狼狽していた。それはそうだろう。何しろ、死んで冥界送りとなっていたはずのアリスが、冥界にいないのだから。

 

「それどころか、あの毒殺事件の時以来、まだだれもここに来てないわよ」

 

 幽々子が答えると、霊夢はますます混乱し、頭を捻っていた。

 

「見落としってことはないのか?」

 

「ないわ。大体私、どれが誰の魂か分かるし。アリスぐらい有名な魔法使いならとどめておくわよ」

 

 幽々子が答えると、妖夢も、

 

「そうですよ。私も、誰も来ていないことは知っていますし」

 

「………そうか」

 

 いずれにしても、死んだはずのアリスが冥界へ来ていないというのには何らかの理由があるはずだ。すぐに思いつくのは、あの死体がアリスのものではないということ。

 

 例えば、アリスの顔そっくりに別人の死体を加工し、損傷させて置いておく、という手だが、そもそもそんなことをする理由が分からない。仮にアリスが二人目の犯人だったとして、追ってから追跡の対象外になるために死を偽装したのならまだ話は分かるが、それなら普通に失踪したように見せかける方が早いし、何より冥界で死んでいないことがバレることには考えが及ぶだろう。

 

 結局、アリスの魂が冥界に来ていない理由はまだよくわからないということだ。

 

「だんだん何がなんだか分からなくなってきたわね……」

 

 霊夢も混乱しているらしく、しかめ面をしていた。

 

「犯人は私たちが冥界で情報を得るのを知ってたのかしら?」

 

「多分そうだろうな。それで、何らかの手段でそれを防いだ、ということになるかもしれないな」

 

「じゃあ、アリスの家の様子から調べなおさないといけないのね……」

 

 霊夢はうんざりといった様子でため息をついた。確かに、誰だってあの血塗れの部屋を調べるのは気が進まないのだろう。魔理沙も、少し疲れていた。

 

「とりあえず私はあちこち回ってみるけど……魔理沙はどうする?」

 

「私は永遠亭に行ってみるぜ」

 

 魔理沙は、アリスの家で拾った人形を隠し持っていた。その武器には血がべっとりとついており、ひょっとすると、これは犯人の血なのではないか、と思い、回収しておいたのだ。

 

「へえ、どうして?」

 

 霊夢は、何故か鋭く問うてきた。

 

「別に。死体を永遠亭に運ぼうと思ってね」

 

「なるほどね」

 

 霊夢は納得した様子でぽんと手を叩いた。

 

「じゃ、私は先に行ってるから」

 

 霊夢を見送りながら、魔理沙は先ほど霊夢が一瞬だけ露わにした緊張を奇妙に思っていた。

 

 

 

 

「—で、武器についてた血は誰のものだったんだ?」

 

 魔理沙は、アリスの死体を永遠亭に届けると、人形の槍の先についていた血液が誰のものか調べるように依頼した。検査はすぐに終わり、永琳は検査室から出てきて、

 

「アリス本人の血だったわ」

 

魔理沙にとってはあまり嬉しくない答えを示した。

 

「本当にか?」

 

「ええ。念のため数回試したけど全部結果は同じ。槍にべったりついてた血はアリス自身の血よ」

 

 しかし、そうなると不可解な点が一つある。人形はあまり血で汚れておらず、武器だけが汚れていた、つまり、その武器でアリスはアリス自身を刺したことになる。これが解せない。人形は誤作動など起こすはずもなく、アリスの意志で自分を刺したとなればそれは異常だが、そこには何かの意図があったのではないか。

 

 魔理沙は、襲撃されたアリスの視点で物事を考えてみることにした。雨の降る日、自宅にいると、誰かが訪ねてくる。誰かはおそらく知人で、警戒もせずに迎え入れる。しかし、その知人が殺人鬼と化しており、油断して致命傷を負った。

 自分はもう助からない。抵抗も難しい。ではどうするか?

 

「……遺書?」

 

「……どうしたの? 永遠亭は生かすための施設であって、葬儀屋じゃないんだけど」

 

「悪い、こっちの話だ」

 

 追い詰められたアリスは、何かメッセージを残そうとしたのではないか。勿論自分の手では難しい。人形の手を―

 

「なんだ、そういうことか」

 

 魔理沙は、一人合点すると、永琳に、

 

「悪い、あの薬くれるか」

 

「良いけど……前みたいな無駄遣いはよしてね。在庫もう残り少ないし」

 

「大丈夫だ。今回はこれでいけるはずだ」

 

「ふうん……なかなかの自信ね」

 

 永琳は棚からその薬品を魔理沙に手渡した。

 

「サンキュ、ありがたく使わせてもらうぜ」

 

 

 

 

 魔理沙は夜遅く、家に帰ってきた。手にはあの薬を持っている。これは明日、アリスの家で使うつもりだった。夜は目が利かないし、いつ襲われるか分からない。比較的安全な昼に行くのが望ましいだろう。

 ぎい、と扉をあけ、家に入ろうとした瞬間、魔理沙は、ふと嫌な気配を感じて立ち止まった。

 

(………なんだか怪しいな)

 

 自分の家の扉に仕込んでおいた木の枝が折れている。魔理沙が今開けた程度では折れないはずなので、枝は魔理沙のせいで折れたのではない。何者かが帰宅前に魔理沙の家へとやって来たのだ。

 

「………」

 

 中に居るのだろうか。しかし、犯人はアリスを殺せる強さの持ち主である。真正面から戦えば、逆にこちらが負けてしまうのではないか。

 

(応援を呼ぶか)

 

 そう思ったが、味方を呼ぶまでに逃げられるかもしれない。だからといって突入もできない。それなら……

 

 魔理沙はドアをそっと閉めると、近くの茂みに隠れた。もしまだ犯人が家の中にいて待ち伏せを続行しているのなら、いつかは出てきて、その顔を拝むことができるだろう。

 

 魔理沙は伏せて、扉の前を凝視する。

 

(出てこい……出てきて、正体を……)

 

 

 

 

 そのとき、意識は完全に 扉の前へと向かっていたため、魔理沙は背後の気配に気づくことができなかった。そしてその気配を察知したその瞬間ー

 

 とん、と肩に、誰かの手が触れた。

 

 

 

 




 近頃死ぬほど暑くなってきましたね。5年前くらいは30度で結構暑いという感覚だったのに、今では普通に40度いってしまいますし。
 さて、もう犯人はなんとなく分かってきたでしょうか。逆にここまで書いてしまえば、大体の人は「ま、こいつだろうな」と思うかもしれません。まあミステリではなく、ミステリ(風)ですから!(震え声)
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