幻想郷の悪魔さん 作:りっく
「大変です! 霊夢さん!」
早朝。霊夢は大声でたたき起こされた。昨日まであちこち飛び回り、夜遅くに帰ってきた霊夢は、先ほど眠りについたばかりだった。眼の下に出来たくまが疲れを物語っている。霊夢は寝巻のままで呼ぶ声のする縁側に出た。
「何よ。もしどうでもいいことだったらぶちのめすわよ」
「霊夢さん眠いと性格荒みますよね……いや、そんなこと言ってる場合じゃない、ほんとに大変なんです!」
霊夢を叩き起こした人物―鈴仙は、全速力で博麗神社へ来たのか、肩で息をしていた。
「大変大変って……何が起きたの?」
霊夢は目を擦りながら聞いた。まだ頭の中が霧で覆われたようにぼうっとしている。
「永遠亭が襲撃に遭いました」
「襲撃?」
霊夢は、眉を寄せた。おそらく、襲撃とはアリスの時のように犯人が永遠亭を襲ったということを言っているのだろう。
「見たところ、あんたは傷一つないじゃない。まさか、前みたいに敵前逃亡したりしたの?」
霊夢が嗤うと、鈴仙はきっと睨みつけた。
「私が永遠亭に帰ってきた時にはもう襲撃は終わってたんです!」
「ふうん、それなら鈴仙、あなたは襲撃の間、どこに行ってたの?」
「……薬の材料を取りに行ってたんです。夜しか開かない花なので」
「………そう。ま、あんたは犯人ではないでしょうね」
霊夢はそう言うと、頭を掻いて、神社の奥へ引っ込んだ。
「霊夢さん?」
「着替えるだけよ。とにかく永遠亭に行かないとどうしようもないわ」
肩に誰かの手が置かれ、魔理沙はびくりとした。
……しまった。完全に背後の警戒を怠っていた。あのドアが何者かに開けられたとしても、あの家の中に犯人が今もいるわけでは無く、待ち伏せしている魔理沙の後ろに回り込む可能性など考えていなかった。
魔理沙は肩に置かれた手を振り払うと、ミニ八卦路を取り出して相手に向ける。
「動くな! 少しでも動いたらマスパ……」
「ストップ、ストップ! 待って、魔理沙!」
肩を叩いた誰かは、叫んだ。いや、誰か、という表現は正しくない。彼女らは悪戯好きの妖精たち、サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアの三人だった。目の前にミニ八卦路を突き付けられ、降参とばかりに両手を上げていた。
「どういうことだ?」
魔理沙は、背後を取った者が敵でなかったことに安堵したが、なんとなくこの三人に不意を衝かれたことが苛立たしかった。
「……ほら、ルナが余計なことをいうから、怒られちゃったじゃない」
「何よ、スターだって乗り気だったくせに」
「元はと言えばサニーが夜に散歩してみようだなんて言わなければ……」
醜い責任のなすりつけ合いが始まった。魔理沙を怒らせて「一回休み」になるのが嫌なのだろう。流石に魔理沙も鬼ではないので、とりあえず全員に拳骨を一発ずつくれてやると、少し気になったことを聞いた。
「お前ら、ずっとこの辺歩いていたのか?」
「ううん、さっき丁度魔理沙を見かけたから、それでちょっと」
ちょっと、悪戯を仕掛けてみようと思ったわけか。
「まあいいや。今度やったらマジでぶっ飛ばすぞ」
「了解!」
返事だけは素晴らしかった。しばらくしたらこのやり取りも忘れてまた仕掛けてくるのだろうが。魔理沙が溜息をつくと、サニーミルクが首を傾げ、訊いた。
「でも、魔理沙の方こそ自分の家の前で何してたの?」
「ああ、それは……って」
魔理沙はその時、まだ自分の家に誰かがいるかもしれないということを思い出した。後ろにいたのがこの三人だったのなら、まだ家の中に誰かがいる可能性がある。
魔理沙は口に人差し指をあて、静かにするように指示した。
「魔理沙、何なの? さっきから……」
「静かにしろって言ってるじゃないか!」
魔理沙は小声で答える。家の中からでも会話を聞かれたかもしれない。
「心配ないわ。ルナがここの音を遮断しているもの。聞こえてるはずないわ」
「なら大丈夫か。……あー、私がここに伏せてた理由はな、家の中に誰かがいるみたいだから、それを待ち伏せてたんだ」
「誰か? なんでとっとと入ってそいつを追い出さないの?」
「それがちょっと私じゃ手を出せない奴かもしれないんだ。だから顔だけでも見とこうかと思ってな」
それを聞いた妖精たちの顔が、さっと青くなった。彼女らは1対3であってもチルノに負け、そのチルノは魔理沙に簡単に負ける。3妖精からすれば強者の位置にある魔理沙が「手を出せない」というほどの化け物が潜んでいるかもしれないのだから。
「……家の中からは何かが動く気配はないんだけど」
スターサファイアは魔理沙の家を凝視していた。スターサファイアは「動くものの気配を察知する程度の能力」の持ち主であり、少しでも身動きする者がいればすぐにぴんと来る。
「じゃ、私の家には誰もいないってことなのか?」
「うん、少なくとも今はね」
しかし、誰かが入ったのは間違いない。ひょっとすると、今日のターゲットは魔理沙だったが、なかなか帰ってこないのに業を煮やして、他を襲いにいったのかもしれない。
その後、魔理沙は3妖精と別れて家の中に入った。スターサファイアの言う通り、中には誰も居なかったが、微妙に物の位置がずれていたり、引き出しの中がぐちゃぐちゃになっていたりして、誰かがやってきて、家探しをしていたということが手に取るように分かった。
「……これは」
魔理沙は、一休みしてからアリスの家へ行くつもりだったが、すぐに行動することにした。このままのんびりしていれば、いつか間違いなくやられる。今回は運が良かったが、眠っているところを襲撃されればアウト。こうなってしまったら、今すぐアリスの家へ行って犯人の正体を暴くべきだ。
魔理沙はすぐに立てかけた箒を手に取り、アリス邸へ飛び立った。
翌朝、魔理沙はアリスの家から博麗神社へ行こうとして、同じく前から飛んでくる霊夢と鈴仙に会った。
「どうしたんだぜ?」
魔理沙が訊くと、霊夢は、
「永遠亭が襲撃されたわ。死者は分からないけど……とにかく行ってみないと」
なるほど。あの日は永遠亭に向かっていたのか。しかし、犯人は魔理沙の家にもやって来ていた。わざわざ2か所にやって来たということは……。
魔理沙は昨日、アリスの家で得た証拠が確信に変わるのを感じた。
「どうする? 魔理沙も来る?」
「……ああ」
3人が到着した時、永遠亭は血の海と化していた。
そこかしこにイナバの死体が転がっており、血糊が地面を赤く染め上げている。凄惨な光景に、一行は息を呑みながら、進んでいく。
「誰も逃げなかったのかしら?」
「逃げる暇も無くやられたのかもしれません。でも、師匠と姫様は生き残っていると思います」
魔理沙はこくりと頷いた。いくら強くても、不死であるあの二人を斃すことは出来まい。何らかの手段で無力化するというのならまだしも、戦って殺すことは難しいはずだ。
3人が建物の中へ入ると、やはりむっと血の臭いがした。中でも殺戮が行われたのだろう、壁に血がべったりとついていた。その下に、小さなイナバの死体があった。
「師匠! 姫様! どこですか!」
鈴仙が叫ぶが、何も返事は返ってこない。
「……とにかく探してみましょう」
「そうだな。3人で探せばすぐ見つかるかもしれない」
こうしてそれぞれ手分けして永遠亭の中を探すことになった。
魔理沙は押し入れの中、天井裏を探したが、誰も隠れてはいない。念のため倉庫も覗いてみる。犯人が既に永琳と輝夜を無力化して別の場所に置いている可能性もないではなかったが、一応探しておく。
「………無いな」
特に収穫はなかった。隅々まで探してみても特に妙なものは見当たらず、いたずらに時間が過ぎていく。
「どうしたもんかね……」
魔理沙はひとまずもう1度、倉庫を出てぐるりと回った。その途中で、魔理沙は転がっている死体に足を引っかけ、蹴躓きそうになった。
「おっと、危ね」
魔理沙はなんとか踏みとどまり、こける前に体勢を戻した。そしてそのまま歩き去ろうとしたとき、魔理沙はふと、違和感を覚えた。
(あれ………? こんなところに死体があったか?)
さっきここを通った時には無かった。あったならこの魔理沙は足元に注意して歩いたはずだ。では、この死体は…………?
死体の顔を覗き込む。
「………鈴仙?」
見間違いだ、イナバの誰かだろう、と思ってまた顔を確認すると、間違いなく先ほどまで共に行動していた鈴仙だった。うなじに焼け焦げたような跡が残っており、それが原因で死んだ、否、殺されたのだ。まだ死体は温かく、凶行が行われたのはそれほど前ではない。
冷や汗が滝のように流れ、心臓が早鐘を打ち始める。
やはり、犯人は―
「魔理沙―、どこにいるの?」
霊夢の声が聞こえる。その声には、まるで獲物の息の根を止める前に肉食獣が出すような、余裕の響きが含まれていた。
「なるほど、倉庫の辺りね」
そう言うと、とてとてとこちらへと走ってくる音が聞こえた。
逃げなくては、と思ったが、まるで足が動かない。霊夢の声はなおも近づいてきてー
「こんなところにいたのね」
霊夢が、建物の影から姿を現した。よく見ると、その頬には血がついており、何かを引き摺っている。
永琳と輝夜の、死体だった。それらは引きずられたせいか服がズタズタに裂け、露出した肌に縦横に走る傷口は、もはや生前についたのか死後についたのかも見分けがつかなくなっていた。
「永琳と輝夜は死体として発見されました、ちゃんちゃん」
霊夢は嗤って、永琳と輝夜の死体を転がした。どちゃ、と湿った音を立て、永琳と輝夜の死体はそこにわだかまる。
「不死なんていっても、生き返る時に核となる魂を攻撃すれば、一年は復活できないらしいわね。ま、妹紅が言ってたことだし、本当でしょう」
霊夢は死体には目もくれず、魔理沙だけを見ていた。その眼差しは冷たく、もはや魔理沙を仲間ではなく、狩る獲物として認識しているようだった。
「やっぱり霊夢、お前が―」
「そうよ。ちょっと気付くのが遅かったみたいだけどね」
くすりと微笑んで、霊夢は一歩、近づいた。
第二の犯人が明らかになり、ついに予告していたカオスが始まります。書ききれるか心配ですが、それでも読んでくださると嬉しいです。